第7話 逃走


 黙々と自転車をこぎながら俺は、ずっと愛海の視線を感じていた。

 それはたぶん、俺を気づかうまなざし。


 さっきはつい、気持ちを表に出してしまった。理由はわからなかったろうけど、苛立ちは伝わったと思う。

 親への感情なんか愛海に見せるつもりはなかったんだけどな。

 だってクラスメイトに対してそんなの重いだろ。人生の悩みとか押しつけられたら困るよ。他人のことなんだし。




 人に寄り添うのって、すごくたいへんだ。

 弟を生かすために母親が必死になってるのを見てたから、それぐらいわかってる。


 弟本人だって、すごく苦しいだろう。

 物理的に呼吸が苦しそうにしているのを見ると、俺だって胸が詰まる。俺よりずっと小さいのに、このまま死んじゃうんじゃないかと思って泣きそうになったことだってある。

 俺が学校の話をしたら、「お兄ちゃんだけ運動会も遠足もやっててズルい」と怒り出したもんな。きっとたくさん我慢してるんだ。





 ――だけどさ。俺は俺だ。

 弟の付属品じゃない、俺自身としてここにいるのに。





 うちの家族はとにかく弟を中心に回っていて。

 俺はいつも、そのはじっこにいて。


 俺のことを病院の人に自慢してくれる弟はまあ、かわいいよ。時々めんどくさいけど、尊敬される兄でいたいと思ってる。


 でも、あの家で俺ってなんなんだろう。いつだって「お兄ちゃん」じゃないか。




 家族の中の疎外感。

 友だちには悩みなんかないフリ。


 家でも学校でも、俺はずっと嘘をついてるのかもしれない。






「ごめん、コンビニ寄っていい?」


 愛海が言い出したのは、二十三時を過ぎた頃だった。

 ゆっくり走ってきたけど、もう海にだいぶ近づいたと思う。道路が平らになってきたことで、それがわかった。


「……なに、腹へった?」

「違うよ、トイレ」

「あ、はい」


 男友だち相手にそれを言うのは、ちょっと嫌だったかもしれない。俺は失礼な質問を後悔した。でもそんな答えが返ってくるなんて知らないからさあ。




 道の先にあらわれたコンビニの駐車場に自転車を停め、鍵をかける。

 たぶんこの店の看板が見えたから寄り道を提案したんだろう。てことはずっと我慢してたのか……ってそういうこと想像すんなよ俺。ヘンタイか。



 愛海はサクッと店のトイレを借りにいった。途中、通り過ぎた公園にだって公衆トイレぐらいあったはずだけど、夜中のそんなところ嫌だよな。女の子だし。怖いだろう。



 ――あれ。トイレ?

 じゃあやっぱりアンドロイドではない、のか?


 いやアンドロイドだからこそ、過剰な冷却水を排出しなきゃならないとかあるかもしれないし。

 それに食べたものとかはどうなってるんだろう。そのまま動力に変換できるシステムだったらすごいんだけど……じゃなくて。

 愛海は人間で、普通に胃腸で消化してるんだと仮定するのが自然だろ。

 俺よ、しっかりしろ。

 はい、アンドロイドである可能性低下。やっぱり0.01%!




 店内にほかの客はいなかった。

 レジの奥から出てきたおじさんの店員がチラリと俺のことを見る。

 たぶん愛海と二人で入店したことはカメラに映っていただろう。夜中の若い男女二人連れとか、怪しまれるかな。恋人みたいに思われてるかもしれない。そんなんじゃないんだけどさ。


 店員の視線を気にしながら、俺はおにぎりやサンドイッチを物色した。トイレを使わせてもらったのだから何か買い物をしなくちゃ。


「お待たせ。おべんと買うの?」


 寄ってきた愛海にひょんと隣に並ばれて、なんだかドキッとした。

 学校じゃそんなことなかったのに、いつもと違うこの状況が俺をおかしくする。


 夜。

 二人きりの逃避行。

 知らない町。


「何か買わないと悪いだろ。どうせお腹すくはずだし」

「朝ごはん用だね……でも何時間か持ち歩くじゃない? 冷蔵品はいたみそう。パンにしとこうよ」


 愛海はとても冷静な意見を言った。

 テンパってるのは俺だけみたいな気がして、くやしくなった。





「あの、お客さん」


 菓子パンと惣菜パンを二つずつ、レジに通してもらい清算したら店員さんに呼び止められた。中年の男の人。オーナーさんなのかな。


「はい?」

「いや、この時間だし、ずいぶん若いから……いちおうね、青少年保護条例ってものがあるんだけど」

「あ」


 顔色を変えた俺たちは、商品をひっつかんで逃げ出した。

 もう夜中だ。補導されてもおかしくない。


 いそいで鍵を外し、自転車にまたがる。

 店員さんは追いかけてこなかった。だけど俺たちは急き立てられる気持ちのままに道路へ飛び出す。そして海へ向かった。





 こんなところで捕まるわけにいかないんだ。

 せめて海までは行かなくちゃならない。




 ――どうして海なのかは、まだよくわかっていないけど。


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