第6話 お兄ちゃんだから


「航平、人形のプログラム組んでるんだよね?」


 唐突に訊かれたのは、次に休憩した時だ。

 自動販売機の前で停まった俺は、なくなりかける水の補給用としてスポーツドリンクを買った。ガコンと落ちてきたペットボトルを取り出して、俺は愛海を振り向く。


「……人形?」

「病気の人のためのやつ」


 ああ、それか。

 長期入院している子や重病に苦しむ子のための、セラピーあるいは一緒に学ぶ友だち。そんな位置づけの人形だ。そこから発展してご老人の心理状態改善にも実験的に応用中。


「やってるけど……」


 俺は高一の頃から学外でそのプロジェクトに参加していた。

 別にたいそうな事業じゃない。弟が入院していた病院でそういう企画があって、声が掛かっただけだった。

 看護師さんに弟が自慢したからだ。「お兄ちゃんはロボットを動かしてるプログラマーなんだ」と。


「マナミン、なんでそんなこと知ってるんだ?」

「プロフィールに書いてたでしょ。入院患者向けにって」

「ああ、そうだった」


 なるほど。愛海が見たのは、四月にクラスで書かされた自己紹介カードか。


「……他に何も実績なかったし」


 専攻するプログラミング関係でアピールしたいこと。そんなの何を書けばいいかわからない。


「航平のつくる人形って、どんなの?」

「単純なのだよ。あるだろ、人がなでるとキュイキュイ喜ぶぬいぐるみとか。そんなレベルのもん」

「え、ずいぶんかわいいんだ」


 愛海は、ふ、と目をそらして自販機を見上げた。財布を取り出し、商品をながめている。

 かわいいと言われてもな。俺の趣味でやってることでもないんだけど。なんかちょっと傷ついた俺は言い訳した。


「だって元は病院にいる子ども用の企画なんだよ。学習タブレットと連携して院内学習の見守り役にしたり」


 対象は基本的に小児病棟なんだ。そう主張しかけて気づいた。




 愛海がこの話を持ち出したのは、俺が〈人形〉――アンドロイドに近しいものを扱っているからか。

 で、あまりに幼稚なレベルの話だったのでがっかりしたとか?


 あれ。

 てことは、やっぱり愛海はアンドロイド?


 処分されると決まって、でも抵抗したくて、原因のバグをどうにかするために俺に頼りたかった――そう考えると、つじつまが合わないこともない。

 うーん、アンドロイドである可能性上昇? 0.1%ぐらいかな。




 愛海は自販機で買った緑茶のペットボトルを首すじに当てた。冷たさを気持ちよさそうにする、そんなしぐさはまるっきり人間に見えた。


「ねえねえ、どうしてそんなプロジェクトに入ったのよ」


 軽い調子で愛海は言った。


「誰か助けたい人でもいるの? なーんて」

「あ……いや、弟がたまに世話になってる小児病棟なんだ。あいつまだ小四でさ」

「おとうと?」


 ふざけるようだった愛海の声が硬くなった。


「弟くん……病気なの」


 愛海はすごく申し訳なさそうにつぶやいた。

 悪いことを訊いたと思ってるんだろう。でももし愛海がアンドロイドだとしたら、この反応も〈学習済み〉なだけだ。

 そう考えて、すこし怖くなった。

 おまえ本当は何者なんだよ。


「……死にそうな何かとかじゃないから。ぜんたいに体が弱いんだ、とくに呼吸器系。肺炎起こして入院してた時に、俺のこと看護師さんに話したらしい」

「へえ……でも高校生なのに招聘されるなんてすごいじゃない」

「しょうへい、ってほどのもんじゃないし。実際に入院してる子どもの家族としての意見を聞きたいんだろ」


 俺はユーザーモニターのようなもの。そう思っている。

 弟とは仲が悪くはない。家にいれば遊んでやるし、入院すれば見舞いに行く。あまり親しい友だちもいない弟はなんでも俺に話すから、病院についての感想もだいたい把握してるんだ。


「ふうん。お兄ちゃんなんだね……」

「……まあ、そう」


 そのとおり。

 家族の中で、俺はいつも「お兄ちゃん」だ。

 ふと息苦しさを感じて、俺はうつむいた。




『お兄ちゃんだから、ひとりでだいじょうぶね』

『あの子の様子、見ててくれる? お兄ちゃんに任せておけば安心だわ』

『仕方ないじゃないの、お兄ちゃんなんだから我慢して』

『お兄ちゃんは元気でしょう。弟がかわいそうだと思わないの?』




 いつも言われている言葉が脳裏によみがえる。

 ――うざい。



 俺は・・お兄ちゃん・・・・・なんかじゃない・・・・・・・瀬戸航平だ・・・・・



 ふうう、と深く息をした。

 駄目だ、母親の声を思い出すと頭がグルグルする。

 俺に何かを押しつける時の、猫なで声。


「――出発しようぜ」


 ぼそっと吐き捨てて、俺は返事を待たずに自転車をこぎ出した。


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