12 アガペーⅠ
「悠、おまえ好きな奴いるのか?」
姉さんが僕に聞いた。
姉さんは僕の目をまっすぐに見ていた。
たぶん、真剣な質問なんだろう。
姉さんの表情からそう察せた。
さっきの、彼方との会話を聞かれていたのか。
彼方には言い淀んだけれど、前例のある姉さんの包容力につい口を滑らす。
姉さんのその真剣な表情に答えを引き出された。
「うん」
いるか、いないかの質問だと、意外にも言葉に詰まらなかった。
多分、好きなんだろう、どちらか、それとも、どちらも……。
自分でもよくわかっていなかったけれど、言ってしまった。
僕には好きな人がいる、と。
姉さんには別に隠す必要がないと思った。
応援とまではいかなくても、人生の先輩として、最も頼れる身内として、打ち明けてみたかった。
そういった好奇心。
誰よりも信頼する姉さんに……。
「そうか……」
姉さんは、悲しそうな顔をした。
夕日に照らされたその表情がひどく感傷的だった。
僕はこの光景を、姉さんの表情を、二度と忘れないのだろう。
姉さんは僕の腕を掴んだ。
姉さんからは、今まで向けられたことのない強い力だった。
「ね、姉さん!?」
「来い」
なんでそんな悲しそうなんだよ、姉さん。
そのまま、姉さんのなすがままに姉さんの部屋に連れられた。
「ど、どうしたの、姉さん!」
「悠……」
姉さんが僕の目を覗く。
泣きそうな目だった。
あんなに強かな姉さんのこんな表情は初めて見た。
まだ掴まれたままの左腕がきりきりと痛む。
「急にどうしたの?姉さん、僕が何かしたの?」
「ち、違う。違うんだ!」
「じゃ、じゃあどうして……」
姉さんの呼吸が荒くなっている。
「あたしが、悪いんだよ」
「ぜんぶ、ぜんぶ、あたしのせいだからな……」
そう言って、姉さんは僕を引き寄せ、ベッドに押し倒した。
急な動きに戸惑ったのも束の間。
襲ってきた、初めての感覚、味、感情。
姉さんにキスをされた。
僕のファーストキスは姉さんの涙の味だった。
唇が離れた、僕の腕も解放された。
姉さんは、ボロボロと涙を流していた。
「ご、ごめん……ごめんなぁ、悠……」
諦観の表情だった。
何もかも諦めてしまったかのような表情。
「ごめん、ごめん、ごめんな……」
何度も何度も謝る姉さんに僕は。
「姉さん、大丈夫だよ」
「あ」
姉さんの泣いている顔を見ると、僕の内側からすらすらと言葉が出た。
「……姉さんが初めて髪を染めて帰ってきた時あったでしょ?」
「こっぴどくお母さんとお父さんに叱られてさ、でも姉さんはそれでも強がって、ぜんぜん自分の意見を曲げないでさ。そういう姉さんの自分を曲げないところって僕、すっごい好きなんだよ……」
「ああ」
「それでも、姉さん、叱られた後、自分の部屋で泣いてたでしょ?今みたいに。……知ってたよ。でも、僕にはそれでも、姉さんがかっこよくて、お母さんとお父さんや……僕にそんなとこ見せないぞって、そんなところもいじらしくて」
「あああ」
「姉さんが受験のときはさ、お母さんに勉強しなさい!ってしょっちゅう怒られてるのを見てたけど……家族みんなが寝ているときに、夜遅くまで勉強してたでしょ?トイレ行くときに姉さんの部屋の明かりついてたから知っているよ」
「そんな、努力を見せないのもかっこよくて」
「それに、このあいだだってそうだ。僕がゲームを姉さんに買ってほしいって頼んだでしょ?実は悩んだんだよ、お父さんに頼んじゃおうかなって。でもね……姉さんに頼んだんだよ」
「だって、最近姉さんとあんまり話せてなかったから。寂しかったんだ……。姉さんと、久しぶりに、話したかったから、甘えたかったから……姉さんに頼んだんだ。僕の、かっこいい姉さんに」
「だから、姉さんは間違えてないよ?さ、さっきの、だって、何か理由があるんでしょ?キ、キスは、初めてだったけど、姉さんだから……嫌じゃないんだよ?」
「う、うぅぁああ」
姉さんは僕の腰に抱き着いて大人げなくわんわんと泣いた。
言ったら、怒っちゃうかもしれないけど、まるで僕に世話の焼ける妹ができたみたいだった。
僕は姉さんが泣き止むまで、頭を撫で続けた。
これであっているのかは分からなかったけれど。
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