11 天秤Ⅱ
あたしには5つ離れた弟がいる。
あたしに似てとてもきれいな男の子だ。
小学生にしては自立しているし、あたしと違って頭もいい。
色々なことを察して、考えて、よくできた弟だ。
鈍くさいとこもあるが、そこがまたチャーミングポイントだ。
あたしは弟、悠のことが好きだった。
好きと言っても家族愛だけじゃない。
男女としての好きだ。
そういう好きっていうのは間違いだ。
かなり前から知っていたし、気づいていた。
歳の差もそうだが、姉弟の関係が問題を深刻にした。
あたしが中学生だった頃だ。
周りのみんなが付き合ったり、別れたり、それなりの恋愛をしていた。
対してあたしは、同級生や先輩なんかで好きな奴なんていなかった。
そんな奴らより、段々と成長してきた悠にずっと目が奪われていた。
告白は何度もされたが、好きでもない奴からの告白なんか反吐が出るくらい不快だった。
面倒くさいし、それだけで話題になる環境が嫌だった。
そんな、普通の人ができるような恋愛という娯楽を弟に奪われたあたしは段々と人生の道を逸れていった。
当然それだけが理由ではなかったが、バカで勉強ができないこともあって順調に落ちぶれていった。
中学生半ばで、髪も金髪に染め、夜はそういう友人たちと毎日のように遊び歩いていた。
あまり家にはいたくなかったからだ。
髪を親に無断で染めて、かなりキレられたし、正直気まずかった。
悠だけはかっこいいと褒めてくれたけど……。
家にいたくない理由として悠の顔も見たくないというのもあった。
悠を見たら好きって気持ちが溢れて止まらないのに、それでも悠に伸ばせない、悠に似た自分の手が嫌いだった。
悠をみたら、気持ち悪い自分を、落ちぶれた惨めな自分を自覚するから嫌だった。
去年は少しだけ勉強をまじめにした。
ギリギリ市で一番頭が悪い高校には受かった時は、久しぶりに両親の笑顔を見た気がした。
高校に行って新しい出会いもあり、未だに新しい友人たちと遊びまわっているが、あたしはもう恋愛に興味をなくしていた。
その穴埋めをするかのようにやんちゃばっかりして、気を紛らわしているのだ。
今日は、いつもつるんでる奴らみんなが用事があるとかで、放課後の予定がパーになっていた。
しけてんなぁと思いながらも、今日は早めに家に帰ろうと決めた。
このあいだ悠にせがまれて、しかたなく買ったゲームの感想でも聞いてやることにしよう。
自分の考えに反して、やっぱり悠に近づきたくて、気が付くとなにか共通の話題や理由を探していた。
そうだ、あたしの分も同じゲーム買って帰るか。
あんな子供だましのゲームなんかには興味はないが。
一応、一応な。
悠があたしを頼るなんてのは久しぶりだったから、少しハイになっているのかもしれない。
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玄関をそっと開けて、家に入る。
両親はまだ仕事だろうけど、あんま顔合わせたくないしな。
階段を上がり、あたしの部屋の手前にある悠の部屋のドアの前で足を止めた。
ん?悠の部屋の中で、話し声が聞こえた。
友人でも呼んでんのか?
ドアに耳をそばたてる。
「で、どうなんだよ?悠は黒澤さんのことが好きなんだよな?」
は?
あたしの心の中で何かが崩れた気がした。
想定していたこと、実際に悠が誰かと恋をして、付き合う。
想定していたことだけど、目を背けていたことでもあった。
それ以上は聞くべきではないと、理性の壁があたしを守る。
ドアから耳をはなした。
一気に立ち眩みがした。
頭に浮かぶ、悠と一緒に笑いあう誰か。
何もできない。
あたしは、その場所にいないんだと。
足が震えてその場を動けなくなった。
ぐるぐると、同じような、どうしようもない討論を頭の中で繰り返した。
すると、急に悠の部屋のドアが開く。
中から出てきた、悠の友達とぶつかりそうになった。
「悠のお姉さん。お邪魔してます!」
「お、おう。そうか、帰りか?」
「はい」
「気ぃ付けてかえれよ……」
上の空で、そいつと軽いコミュニケーションをとる。
「はい。じゃ、じゃあな悠」
「うん、また明日」
悠、お前は……。
とりあえず、頭を冷やそう。
「おい悠、見送りだけでもしてこいよ」
「う、うん」
悠は、玄関に向かった友人を追いかけていった。
その後ろ姿を、なぜか目で追いかけた。
さっきそういう景色を、頭の中で見た気がしたから。
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悠を見下ろしてあたしは問う。
「悠、おまえ好きな奴いるのか?」
もはや、悠の回答は何でもよかった。
その覚悟を決めた。
あたしの愛と理性を乗せた天秤が、壊れる音がしていた。
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