誓いのキスに背を向けて
須藤淳
第1話
「私、結婚するよー?」
桜井美月は、カフェの向かい側で笑顔で言った。
藤崎麻衣は、持っていたアイスコーヒーのストローを噛みながら、わざと驚いたふりをする。
「へぇ、そうなんだ。おめでとー」
「ありがとう。ちゃんと結婚式、来てよね」
「……行かないよ」
一瞬、美月の表情がこわばった。でも、すぐに作り笑いを浮かべる。
「なんで? 親友なのに」
「だからだよ。私はそういう場、苦手だし」
「嘘つき」
美月は静かに言った。
麻衣は何も答えず、アイスコーヒーの氷をカラカラと回す。
嘘だ。
行きたくないんじゃない。
行ったら、私はきっと耐えられない。
それに、私は彼女の何でもない。ただの友達。ただの――。
「わかった。でも、待ってるから」
美月は最後にそう言って、カップを持ち上げた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
結婚式当日。
招待状を机の上に放ったままにしていたのに、麻衣は気づけば式場の前に立っていた。
「何やってんだ、私……」
ため息をついて、その場を去ろうとした。
しかし、中から厳かな音楽と歓声が聞こえてくる。
もう、挙式も終盤だろう。
――せめて、最後に。
麻衣は、自分の感情を誤魔化すように、そっと会場へ入った。
ちょうど、誓いのキスの瞬間だった。
祭壇の前、新郎と純白のドレスに包まれた美月が向かい合っている。
目を奪われた。
まるで、絵画の中の女神みたいだった。
柔らかなシフォンが幾重にも重なったドレスは、まっさらな白。
美月の動きに合わせて揺れるその布は、雲の上を漂う天使の羽のようだった。
袖にあしらわれた繊細なレースが、指先まで優雅な曲線を描いている。
首元のパールのネックレスが、まるで美月の肌そのものが光を帯びているかのように見えた。
こんなに綺麗な人が、ほんの数時間後には、隣に立つ男の妻になる。
――そんなの、知っていたはずなのに。
美月は昔から綺麗だった。
でも、今日の彼女は、麻衣の知っている美月ではなかった。
麻衣だけが知っている、美月じゃなかった。
口紅の色が、いつもと違う。
ほんのりローズがかった艶やかな唇。
まつげはしっかりとカールされ、頬にはほのかな血色が足されている。
遠い存在になったことを、改めて突きつけられる姿だった。
新郎がベールをそっと持ち上げる。
純白の布がするりと滑り落ち、美月の素顔があらわになる。
美しい。こんなにも、こんなにも。
それなのに、もう麻衣の知っている美月ではない。
その瞬間、美月の視線がふと揺れ、会場の後方を見つめた。
麻衣と、目が合った。
美月の表情が、一瞬にして崩れる。
瞳が震え、そのまま涙がこぼれ落ちた。
(なんで泣くんだよ……)
胸が締めつけられる。
そんな顔しないでよ。
そんな目で見るくらいなら、どうして、私を選んでくれなかったの…?
麻衣の指が、無意識に震えた。
美月は、ベールの端を少しだけずらし、麻衣を見つめたまま、新郎との口づけを受けた。
――涙を流しながら。
会場は祝福の拍手で包まれる。
けれど、麻衣の耳には何も届かなかった。
(私も、美月も、ずっと気づいてたよね……)
それでも、何も言えなかった。
美月は、涙を拭いながら新郎に微笑んだ。
そして、もう一度、麻衣を見つめた。
美月の最後の笑顔を見て、麻衣は無言で会場を後にした。
外の風が、麻衣の頬を撫でる。
空を見上げると、青すぎるほどの快晴だった。
まるで、何事もなかったかのように。
麻衣はポケットからスマホを取り出し、美月とのメッセージ画面を開いた。
「結婚式には行けない」と送った画面のまま残っている。
(行かないって言ったくせに、私ってほんと馬鹿だな)
そう思いながら、麻衣は新しいメッセージを打った。
「おめでとう」
たった五文字。
それなのに、送信ボタンを押すまでに、ひどく時間がかかった。
ボタンを押し、スマホをポケットにしまう。
風が少しだけ強く吹き、 麻衣はそっと目を閉じた。
美月の涙の意味も、最後の視線の意味も、二人だけの秘密だ。
それでも、美月はあの人を選んだ。
なら、私ができることは、ただ一つ。
普段、まったく信心深くもないのに、こんな時だけ頼っては怒られるかもしれないと少し不安になりつつ、 両手を組み、静かに祈る。
(神様、お願いです。どうか私の大切な親友が、この世で一番幸せでいてくれますように――)
誓いのキスに背を向けて 須藤淳 @nyotyutyotye
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