桃の花柄のひな人形

嬾隗

ワタシはアナタのトリコ

 我が家には、曾祖母から受け継いだひな人形があった。七段飾りや雛段飾りと呼ばれるような大きい物ではなく、男雛と女雛を一段だけでかざる所謂いわゆる「親王飾り」と呼ばれる物だった。官女や五人囃子、随身たちや嫁入道具などがないのは少し寂しいと思っていたが、桃の花柄の着物を着ている物は友達の誰も持っていなかった。何より、大好きな祖母と一緒に童謡を唄いながら遊んだとても大切な想い出があり、ずっと大切にしたいと思っていた。


 三月三日が近付いたある日のこと。夕飯時、母が『あのひな人形は捨てた』と言い出した。


「え!? なんで!? あれはひいおばあちゃんからもらったひな人形でしょ!?」

「だってもう古いし。そもそもおばあちゃんひいおばあちゃんお母さんおばあちゃんも死んじゃったし。大切にとっておいたってクローゼットの肥やしよ」

「だからってッ!!」


 祖母は年末に他界してしまっていた。曾祖母もとっくに他界している。母は祖母のことが嫌いだったし、家の中に祖母の痕跡が残ることが嫌だったのだろう。


「だからって!! 私にくれればよかったじゃん!!」

「もう捨てたもの。どうせアンタの部屋掃除したときに捨てるからいつだって変わらないわよ」

「……ッ! もういい!!」


 リビングを飛び出し、二階の自室へと向かう。途中、階段に何かが落ちているのを見て、足を止める。


「えッ」


 確かに、母はひな人形を捨てたと言った。しかし、目の前にあるのはなんだ。男雛と女雛だ。桃の花柄のひな人形だ。


「なんで……」

「ちょっと待ちなさい! ……え、確かに捨てたはず」


 どうやらここに置いたのは母ではないようだ。では誰が? 父は単身赴任中で家にいない。他に家族はいない。


「明日燃えるゴミの日だし捨てるわよ」

「え、ちょっと」


 結局、母に回収され、捨てられることになってしまった。







 次の日、家に帰ると、頭を抱えている母の姿があった。


「ただいま。どうしたの?」

「……おかえり。ひな人形なんだけど……」


 話を聞くと、今朝確かにゴミ袋に入れて集積所に置いてきたらしい。しかし母がパートから帰ってきたら、テーブルの上にあったようだ。


「なんか怖い……」

「……やっぱり雛流しをやるしか……」

「雛流し?」


 母によると、地域によってはひな人形を川や海に流し、厄落としをするようだ。これをやればもう戻ってこないだろう、とのこと。


「もう人形これに未練はないでしょ?」

「さすがに何度も戻ってくる人形はね……」







 三月三日当日、近所の川に行き、洗面器に入れたひな人形を流した。


「こ、これで大丈夫?」

「多分……」


 手順もよくわからず、とりあえず使っていない洗面器に入れて流したが、これでうまくいくのだろうか……。


 不安を感じながらも家に帰り、自室に入ると。


「な、なんで……」


 机の上に横並びになった桃の花柄のひな人形。帰ってきている。私はパニックになり、自室を飛び出した。



 『ダ イ ス キ』





   完

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桃の花柄のひな人形 嬾隗 @genm9610

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