第7話 〈支配の権能〉
僕たちがバスの鍵を手に入れて外へ出ようとしている時だった。
廊下の奥から大量の足音が聞こえてくるかと思えば、大勢の生徒たちがこちらへ向かって走ってきていた。
パッと見て十数人。
黒髪眼鏡のゲームに出てくるような服装の少年が先頭に立って遅れてくる人たちに声かけをしている。
頑張れ、あとちょっとだ、とか。
その黒髪眼鏡の少年はこちらを見かけるとニヤリと口角を吊り上げた。
「そこの人たち! 待ってくれ! 僕たちも連れて行ってくれ!」
少年の言葉に返事をする前に、ツクリくんが苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべる。
「やめておきましょう。あいつは見捨てた方がマシです」
ツクリくんの目は本気だった。彼の拒絶の態度は全身から放たれており、生半可なものではない。
しかし敵というわけでもないのだから、こちらとしても受け入れないわけにもいかない。
だからツクリくんにはこう伝える。
「大丈夫。この状況でいきなり手を出すやつは馬鹿だから、それはないよ」
「……後悔しますよ。ボクはたしかに忠告しましたからね」
「ツクリくん、心配してくれてありがとうね」
「はえっ!? いや、その……」
「ユーリ、その顔をされると俺たち男は黙らざるを得ない。お前はもうちょっと自分の顔を考えた方が良い」
「どういうことだよ。僕になにか不備があるってのかよ、このやろー」
「違うよ、ユ-リちゃん。ヒイロ君は照れ屋さんだから素直に可愛いねって言えないだけよ」
「それはそれで腹立つなあ!」
僕は男なんだから可愛いと言われても嬉しいわけがないのだ。
言われるなら格好いいがいい。
いや、でも昔から格好いいと言われたことはないな。
はあ……。
などとやりとりをしていると、黒髪眼鏡の少年がこちらまでたどり着く。
彼は指揮棒のような魔法杖をベルトに差し込んで、こちらに笑顔で手を差し出す。
「待っていて頂いてありがとうございます。僕は
「どうも、よろしくスゴウ君。僕らはバスを使う予定だけど、君たちは足はあるのかな?」
どこか面白くなさそうなスゴウ君だったが、彼はこちらがバスを使えると知ると途端に笑顔になった。
……こちらを利用するつもりなのだろう。ただ乗りされること自体は構わない。
さすがに武力行使をしてバスを奪うことはしないだろうし……いいか。
「僕たちは足こそありませんが、ここに居る非ユーザーの全員がゴブリンを倒して〈7CQ〉にアクセスすることができます。道中、お守りいたしますよ」
「オレは反対だ。人を乗せすぎると行き先を決めるのにモメる。アンタたちはアンタたちで車を探して欲しい」
ヒイロはきっぱりと反対意見を唱える。
理由も僕たちにとっては重要なものなので理解はできる。
だが……
「困りましたね。ではツクリ君、君のお友達に、バスに入れてもらえるようにお願いしてくれないかな? ……ね?」
……うーん、こいつあまり良くないやつだな。
これから先の時代には適応して勢力を拡大してボスになれそうではある。
ね? と彼が言った直後には後ろに控えている生徒や大人も腰に備えた武器に手をやったあたり、チームワークが俺たちの比ではない。
まともにやり合うのは避けたいところだけれども……。
ツクリ君はネイルガンを向けようとして、スゴウ君がひと睨み。
それだけでツクリ君は戦意を喪失したようで、ガクンとうなだれた。
情けないとは思わない。ツクリ君は普段から『上下関係』を教え込まれているのだろう。どういう手段でかは想像したくないけれど。
人の牙を抜く術に長けたリーダー。
そんなやつとバスに相乗りしたくはない。さっきからチラチラ見てくるし、気持ち悪いんだよね。
けれど断ってしまえば武力行使も辞さないといったところ。
ため息を吐きたくなるところを堪える。
僕は我慢に我慢を重ねて、スゴウ君の手を取った。
「道中の守りはよろしく。ただし行き先はこちらが決めさせて貰うよ」
「ええ。それで構いませんよ」
そういってスゴウ君は背後にハンドサインを出して戦闘準備を完了させる。
この指揮の能力は凄いの一言に尽きる。サッと命じてサッと伝わるわけだから。
「周囲の露払いはこちらがやります。早めにバスを手に入れましょう」
「ええ。そうですね」
玄関方面に進んで道を邪魔するゴブリンたちを退治していくスゴウ君の仲間たち。
これによってこちらは楽にバスを手に入れることができた。
バスの中に人をどんどん詰め込んで、そうしてようやく発進する。
「バスは運転したことないのよね~。オートマしか分からないけど頑張ってみるわー」
道路を走るバスの中は静かである。
それにスゴウ君の仲間たちからじろじろと見られているようで気持ちが悪い。
この人たち、なにかが気になるな……。
河川敷を走るバス。その中で突如、スゴウ君が立ち上がり、僕が座っている最後部にやってくる。
「ユーリさん。僕たちは団結するための強いリーダーが必要だ。そう、リーダーを決める選挙をしましょう」
「僕らは同じグループじゃないよ。それを決めるなら君たちのグループだけでやってくれ」
こちらがすげなく返すとスゴウ君のまぶたが小刻みに震え始めた。
武力に物を言わせれば折れると思ったのだろうか。
たしかにこいつらは厄介だが、こちらの自由を奪ってまで我慢する相手じゃないんだよね!
スゴウ君……いや、スゴウは大きく息を吐いたあと、こちらの目の前に立って、じっとこちらを見つめてくる。
なんだよ、うっとうしいなあ。
「仕方ない。――〈ユーリ、僕の奴隷になれ〉」
ふざけるな、と言い返そうとした瞬間、なにかが流れ込んでくる感覚。
いま自分は大きな流れのなかにいて、それに身を委ねてしまえばこの上ない至福の喜びを味わえるという直感。
あいつの仲間がやけに統率が取れていたのも、まさかこの力のせいか――!?
あいつ?
あいつではなくて……スゴウ……様……?
そうだ、スゴウ様だ。
どうして反抗しようとしていたのだろう。
従ってしまえば楽になれるというのに――
嫌だ、呑まれたくない……。
助けて、誰か……。
『限定式、解除。ユニークスキル〈龍神の加護〉を取得しました。相手ユニークスキル〈支配の権能〉をレジストします』
機械音じみた女性の声が頭に響いた瞬間、〈支配〉が砕ける感覚を覚える。
映像がフラッシュバックするように現実へと意識が戻る。
手には杖が握られて、スゴウの術式を砕いた後があった。
「貴様……! どうやって僕の支配を……!」
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……!」
背筋に怖気が走る。
全身に悪寒が走る。
僕は先ほどまで
身の毛がよだつ事実に僕は自分の身体を抱きしめて震えるばかりだ。
「お前っ、なにしてる!」
ヒイロは立ち上がり、スゴウの首根っこを掴んで横に叩きつける。
ぎゃあ! というスゴウの悲鳴を無視してヒイロはこちらにかけつけて、僕を抱えた。
「悪ぃ、バスはやるからお前たちだけでなんとかやってくれ。……死に晒せ外道ども!」
河川敷でバスは停まり、カチカチと歯を打ち鳴らす僕を抱えてバスから脱出する。
すると、元々思うところがあったツクリくんはおろか、教師であるオサカベさんまでバスから脱出していく。
「ヒイロさん、自分はついていくっすよ!」
「さすがに洗脳されるのは嫌だから~ごめんね~?」
僕をかかえたまま走って行くヒイロと、それについていくツクリくんとオサカベさん。
「ふざけるな! 僕をコケにしておいてそのままで済むと思う……クソッ! 覚えてろよ……!」
捨て台詞を吐いて支配した兵士を差し向けようとするスゴウ。
だが外のモンスターが集まってきたことを察知するや否や、兵士をバスに戻して別の人間に運転させたようだった。
TS龍人娘はモンスターあふれる世界をひっくり返す 芦屋貴緒 @saysyonen
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