第2話
美しい男性に声をかけられたのは、桜の木の下でのことだった。
和服姿に長めの黒髪、美しく整った和風の顔の男性が、黒い伏せ目がちの目で私を見ている。
なんで私を? そりゃ、背も高いし、大柄だし、肌の色も濃くて目立つんだけど、そんな露骨に見てくることなくない?
はらはらと散る桜の花弁を見ているのか、それとも後ろに誰かいるかと確認していると、声をかけられた。
「俺は
柔らかく聴き心地のいい声が、形の良い唇から溢れてくる。聞き惚れてぼーっとしていた私は、聞かれていることが脳に到達するまでかなり時間が必要だった。
なにこれ!? 新手の詐欺!?
「あ、御丁寧に。私は……この近くに勤めてますが」
丁寧に相手が名乗って来ているのは分かっていたが、こんな綺麗な男性が声をかけるのだ、偽名でキャッチセールスや宗教の勧誘だっておかしくはない。わざと曖昧に答えても、彼、夜臼さんは気にしていないようだった。
「妙なもんを見ぃひんかった?」
「妙なもの?」
夜臼さんの言葉に浮かんだのは、鳥籠の映像だった。
先ほど、仕事に行く前にゆっくりと桜並木を眺めて歩いていたら、乱暴な運転で遊歩道に乗り上げて道を曲がっていった車があった。スモークガラスで中が見えないはずなのに、私はその中に、鳥籠を二つ見たような気がしたのだ。
小動物を閉じ込めておくような、鳥籠の下がった車内が、スモークガラスだったのだから見えるはずがない。見間違えだと何度考えても、あのワゴン車の乱暴な運転と共に、記憶の中の鳥籠の形は鮮明になるばかり。
「見はったんやね?」
「見間違いだと思います」
見透かすような黒い目に、どきりと心臓が跳ねる。美形って間近で見るとど迫力で心臓に良くない。
何かを勘違いしたのだと私が言うのに、彼は確信を持ったような言い方をしてくる。
「見間違いや言うても、心当たりがあるんやな」
「スモークガラスの車だったので……」
「なんでもええ。俺の遠い親戚が拐われてしもたんや。助けると思うて、あんさんの妄想でも構わへんから、話してくれへんか?」
そこまで言われると、断れない。
遊歩道に乗り上げて道を曲がって行ったワゴン車のことを話せば、黒い目が見開かれる。
「良い目をしてはる」
「は、はぁ」
こんな綺麗な男性とお話をする機会などないし、身長は私の方が高くて、年も上だろうが、一応は私も女である。褒められて嬉しくないわけはないのだが、褒められた内容が気になる。
スモークガラスの中身など見えるはずがない妄想を、夜臼さんは信じているのだろうか。
出勤の時間が近付いていたので、一礼して去ろうとした私に、夜臼さんはポツリと呟いた。
「綺麗な羽根やな」
羽根。
ごく普通の地味なパンツスーツ姿の一般人が、羽根を背負っているはずがない。どこかに劇のエンディングで羽根を背負って、大階段を降りてくるショーがあった気がする。あれは非常に重いらしいし、そんなものを日常的に背負う社会人がいるはずがない。いたら注目の的を通り越して、捕まりそうだ。
聞き間違えと判断して、私は足早にその場を去った。朝から美形に声をかけられてラッキーと思ったのは少しだけ。きっとキャッチセールスか宗教の勧誘だったのだと、時間が経つにつれて、あの妙な会話を思い出す。
スモークガラスのワゴン車の中に、鳥籠が二つ見えたなど、誰が信じるのだろう。初めは妙な話でも親身になって聞く素振りを見せて、そのうちに結婚詐欺でも仕掛けられるに違いない。
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