第3話

完全に今朝の出来事を疑い始めていた私が、昼休みに呼び出された時に、夜臼さんが警官と一緒だったことに驚いた。


「この周辺で事件が起きておりまして、こちらの事務員さんが不審な車を見られたとか」


 職場どころか名前も教えていないのに、なんでこの法律事務所が分かったの!?

 相手が美形とはいえ、個人情報を軽々しく渡すほど、私の危機管理能力は落ちていない。空恐ろしく夜臼さんを見れば、親しげに手を振られた。

 思わず振り返しちゃったけど、このひと、めちゃくちゃ怪しくないですか!?

 警察には協力しないわけにはいかないので、鳥籠の幻影のことは外して、ワゴン車の特徴を答える。


「遊歩道に乗り上げて曲がっていたので気になったのですが、黒いスモークガラスで車内の見えないワゴン車でした」


 車には詳しくないので、それ以上の情報もなく、ナンバープレートも見ていないと答えてから、ワゴン車について思い出したことがあった。乱暴な運転だったので、驚いて脇に避けたときに、車の前のランプが片方、割れて付いていなかったのだ。


「事故を起こしたのか、左前のランプが割れていました」

「妹が蹴ったときのやな」

「ふぁ!?」


 今、妹が蹴ったとか言いませんでした!?

 聞き込みをしている警官は、全く夜臼さんの言葉が聞こえていないように振る舞っている。幻影が見えるようになった後は、幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。

 最近残業も多いし、疲れてるのかもしれない。

 人間が車を蹴ったら、危ないのは人間の方だと言う常識が通用しない世の中になったとは考えたくない。

 警官の聞き込みが終わると、夜臼さんが話しかけて来た。


「眺めのええところやな。あんさんらしい職場や」

「どうして私の職場が分かったんですか?」

「あんさん、気付いてへんの!?」


 夜臼さんの方が驚いたような声を上げるのに、こっちはなにがなんだか分からない。


「自覚してはらへんのか……これは気付かへんかった」

「なにが、ですか?」

「俺は説明上手やないし、説明しても信じてくれはるか分からへんねん」


 一度実際に見においでと渡されたのは、夜臼さんの名刺だった。

 居合道場師範代、夜臼津。

 和服を着ているのも、居合道場の師範代をしているからだったのだ。美形は何でも似合うから良いなぁとか思っていたけれど。

 ちなみに、私は背が高すぎて着物のサイズがないし、濃い肌の色と顔立ちで似合わないので、和服を着たことがない。それだけに、さらっと和服を着て似合う夜臼さんが羨ましかったりする。

 警官と共に、夜臼さんは職場を去って行った。

 ビルの上の方の階にある法律事務所は、見晴らしがいい。窓から眺めていると、今朝夜臼さんと会った桜並木を、夜臼さんと警官の二人で見て回っているのが目に入った。強引に遊歩道に乗り上げたので、タイヤの跡や割れた前のランプの破片が落ちているかもしれない。

 幼い頃から目が良いとは言われていた。眼鏡をかけることなく、とても遠くまで見えるのは、私にアフリカ系の血が入っていて、狩りをしていたからだと揶揄われて、幼稚園で泣いたこともある。

 良い目をしてはる。

 夜臼さんの言葉は、私の肌の色や人種について揶揄ったものではなかった気がする。

 目と羽根。

 不思議なことを言う人だ。

 もらった名刺の裏には、バーの電話番号と住所が書かれている。

 道場とバー。

 ナンパされた?

 いやいやいや、結婚詐欺ならともかく、こんな大女をあんな美形がナンパする理由がない。

 その日は結局、仕事中、夜臼津のことばかり考えていた。

 道場に行くか、バーに行くか。

 就業時刻までに決められるだろうか。

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