ひなまつりと消えたトリ

坂本餅太郎

ひなまつりと消えたトリ

 ひなまつりの日、僕は彼女の家に招かれた。和室に飾られたひな壇は、どの人形も色鮮やかで丁寧に整えられていた。だが、ひとつだけ違和感があった。ひな壇の隅に、トリの形をした小さな人形が置かれていたのだ。


「変わってるね、このトリの人形」

 僕がそう言うと、彼女は少し戸惑ったような顔をした。「……それ、ずっと前からあるの。おばあちゃんが置いたって聞いたけど、詳しくは知らないの」


 その夜、彼女の家に泊まった僕は、不思議な夢を見た。闇の中、あのトリの人形がゆっくりと動き出し、僕の前に現れた。目の前の人形はいつの間にか実体を持ち、白く柔らかな羽毛をまとっていた。トリの降臨と言うのが相応しいだろう。


「この家には、失われたものがある」

 トリは澄んだ声で囁いた。

「君が探しなさい。見つければ真実が解き放たれる」


 目を覚ますと、夢の中の感覚が妙に現実的だった。いてもたってもいられず、朝からひな壇を隅々まで調べた。しかし、あのトリの人形はどこにも見当たらない。彼女に聞いても、そんな人形は見たことがないと言う。


 混乱しながらも、僕は家の中を調べ始めた。古い押し入れの奥、埃にまみれた木箱の中に、色あせた写真が数枚入っていた。そこに写っていたのは、幼い彼女と見知らぬ少年だった。


「この子、誰だろう」

 僕の問いに、彼女は静かに答えた。

「……私の兄よ。ずっと前に亡くなったって聞いてる」


 彼女の母親に尋ねると真実が語られた。彼女には本当は双子の兄がいた。しかし、ひなまつりの日、彼女がまだ小さい頃に兄は事故で亡くなり、その事実は彼女の心の傷を恐れた家族によって封じられていたのだ。


「ひなまつりが来るたびに、彼女が兄を思い出さないようにと……でも、彼はきっと伝えたかったのね」


 その夜、再び夢の中にトリが現れた。だが、今度は兄の姿をしていた。


「ありがとう。僕を見つけてくれて」


 夢から覚めると、彼女は涙を浮かべながらも、どこか晴れやかな表情をしていた。


「不思議だね、兄が会いに来てくれた気がする……」


 僕は、もうトリの姿を見つけることはなかったが、ひな壇の中の空いたスペースは、まるで彼がそこに存在していることを示すように、静かに光を帯びていた。

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ひなまつりと消えたトリ 坂本餅太郎 @mochitaro-s

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