第14話「三角関係」


夕暮れの校庭。文化祭の余韻が残る空気の中、私は足を止めていた。目の前では美咲が星奈に近づいていく。親友が私の大切な人に告白する。この状況をどう受け止めればいいのか、頭の中は混乱していた。


「星奈ちゃん!」


美咲の声が校庭に響いた。星奈は振り返り、少し驚いたような表情を見せた。


「あ、吉田さん。どうしたの?」


美咲の本名は吉田美咲。星奈と彼女は親しい間柄ではなかったから、お互いを苗字で呼んでいたのだ。


これから美咲が告白する。そして私は何もせずにそれを見ているのか。それとも、割り込むべきなのか。一歩踏み出したい気持ちと、親友の気持ちを尊重すべきだという思いが交錯する。


その時、星奈が私の姿に気づいた。彼女は少し安心したように微笑み、手を振った。


「陽花!こっちだよ」


その声に、ようやく体が動いた。私はゆっくりと二人に近づいていく。美咲は振り返り、私を見て少し驚いたような表情をした。


「陽花も来たんだ...」


彼女の声には少しの焦りが混じっていた。予定外の展開だったのだろう。


「ごめん、星奈と約束してたから...」


星奈の前で、私たちは微妙な空気の中で立ち尽くしていた。星奈は二人の様子に少し首を傾げる。


「どうしたの?二人とも」


「あのね...」美咲が言いかけたとき、私は反射的に言葉を重ねた。


「星奈、話があるんだよね?」


星奈は少し驚いたような表情をしたが、すぐに頷いた。


「うん、でも...吉田さんも何か話があるみたいだから、先にどうぞ」


私と美咲の視線が交錯する。友情か、恋心か。今この場で選択を迫られているようだった。


「いいよ、私のことは後でも」


美咲が意外な言葉を口にした。彼女は少し寂しそうな笑顔を見せた。


「でも...」星奈が躊躇する。


「大丈夫。陽花と約束してたんでしょ?私は明日でも話せるから」


美咲の言葉に、胸が痛んだ。彼女は自分の気持ちを押し殺している。私のために。


「本当に?」星奈が確認する。


「うん」美咲は笑顔を見せた。「じゃあ、また明日ね」


そう言って、美咲は私の肩をそっと叩き、校舎の方へ歩き始めた。その背中に、申し訳なさがこみ上げる。


「吉田さん、大丈夫かな...」星奈が心配そうに言った。


「うん...」


答えながらも、胸に重い塊を感じる。美咲の気持ち。私の気持ち。そして星奈の気持ち。三つの思いが交錯する複雑な状況。


「陽花、こっちに来て」


星奈は桜の木の下へと移動した。文化祭の喧騒が嘘のように、校庭は静かだった。日が傾き始め、空は茜色に染まっている。


「ごめんね、待たせちゃって」


「ううん、大丈夫」星奈は優しく微笑んだ。「それより、さっきの吉田さん、なんだか様子が変だったけど...」


星奈の観察力は鋭い。美咲の様子に何か感じ取ったのだろう。


「美咲は...」言いかけて言葉に詰まる。美咲の気持ちを星奈に伝えるべきか。でも、それは美咲自身が伝えることではないのか。


「大丈夫、無理に話さなくていいよ」星奈はそう言って、話題を変えた。「それより、私が話したかったことを...」


彼女は深呼吸をして、真っ直ぐに私の目を見た。胸元には私がプレゼントした星のペンダントが光っている。


「陽花、私...」


「星奈!」


突然の声に、二人とも驚いて振り返った。美咲が走って戻ってきたのだ。彼女は息を切らしていた。


「吉田さん?」


「やっぱり今話すべきだと思って」美咲は強い決意を秘めた表情で言った。「星奈ちゃん、私、あなたのことが好きです」


その言葉に、校庭の空気が凍りついたような感覚があった。星奈は明らかに動揺していた。


「え...」


「突然ごめんなさい」美咲は続けた。「でも、文化祭であなたの頑張ってる姿を見て、もう抑えられなくなって...」


美咲は勇気を振り絞って告白した。その姿に、私は複雑な感情を抱いた。羨ましさと悔しさと、そして親友を誇りに思う気持ち。


星奈は困惑した表情で、私と美咲の間を見ていた。


「ごめんなさい、吉田さん」星奈は優しく、でもはっきりと言った。「私は...別に好きな人がいるの」


その言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。星奈の好きな人。以前から気になっていた存在。それは誰なのか。


美咲の表情が曇った。「そっか...」


「本当にごめんね」星奈は申し訳なさそうに言った。「吉田さんは素敵な人だと思うよ。でも、私の気持ちは変えられないから...」


「わかった」美咲は精一杯の笑顔を作った。「ありがとう、はっきり言ってくれて」


そして彼女は私の方を見た。その目には諦めと、ある種の理解が浮かんでいた。


「陽花、ごめんね。邪魔しちゃって」美咲が小さな声で言った。「でも、これでスッキリした。あとはよろしく」


その言葉の意味を考える間もなく、美咲は再び去っていった。今度は振り返らずに。


再び二人きりになる。沈黙が流れる。


「ごめんね、陽花」星奈が申し訳なさそうに言った。「こんな状況になっちゃって...」


「いいよ、美咲も...」


言葉が途切れる。美咲の最後の言葉「あとはよろしく」の意味が、少しずつ明確になってきた。彼女は私の気持ちに気づいていたのだ。そして、それを認めてくれた。


「星奈、さっきの話の続き...」


勇気を出して切り出す。星奈は少し緊張した表情で頷いた。


「うん、私が言いたかったのは...」彼女は深呼吸をして、ペンダントに手を当てた。「陽花、私、ずっと言えなかったんだけど...」


心臓の鼓動が早くなる。まさか、彼女の「好きな人」とは...


「望月ー!」


また新たな声が響いた。今度は陸上部の後輩が星奈を呼んでいた。


「先輩、ここにいたんですか!顧問の先生が探してます。明日の片付けのミーティングがあるって」


星奈はため息をついた。「わかった、すぐ行くよ」


後輩は頭を下げ、去っていった。


「ごめん、陽花」星奈は本当に残念そうだった。「また中断されちゃった...」


「大丈夫だよ」


言いながらも、胸の内は落ち着かない。あと少しで聞けるはずだった星奈の気持ち。それがまた先延ばしになってしまった。


「でも...」星奈は決意を込めた表情で言った。「今度こそ必ず話すから。明日、放課後に図書室で待ってるね」


「うん、わかった」


「約束だよ」星奈は小指を立てた。「今度こそ、絶対に話すから」


小指を絡ませる。幼い頃からの約束の形。でも、その中身は大きく変わろうとしていた。


「行ってくるね。待っててくれると嬉しい」


星奈はそう言って走り去っていった。その背中を見送りながら、私は複雑な思いに包まれていた。


美咲の告白と星奈の返答。「別に好きな人がいる」という言葉。そして、中断された星奈の「大切な話」。全てが繋がりそうで、まだ確信が持てない。


校庭に一人残された私は、茜色に染まる空を見上げた。明日、ようやく全てが明らかになる。星奈の気持ち。そして、私自身の気持ちも。


友情と恋の境界線を超える勇気があるかどうか。それが、明日の私に試されるのだろう。

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