第15話「本当の気持ち」


文化祭の翌日は普通の授業日。でも、私にとっては特別な一日になるはずだった。放課後、星奈と図書室で会う約束をしている。昨日、星奈が言いかけて言えなかった「大切な話」を、今日こそ聞ける。その期待と不安で、朝から落ち着かなかった。


「おはよう、陽花」


いつもの待ち合わせ場所で、星奈が手を振った。いつもと変わらない明るい笑顔。でも、少し緊張しているようにも見えた。


「おはよう」


「昨日は色々あって、ごめんね」星奈は少し申し訳なさそうに言った。「今日こそちゃんと話すから」


「うん...」


その言葉に、胸の鼓動が速くなる。星奈が話したいこと。それは私の想像通りのことなのだろうか。


学校への道すがら、私たちは文化祭の感想や、クラスメイトの面白エピソードなど、表面的な会話で時間を過ごした。でも、その下には確かに緊張感が流れていた。二人とも、本当に話したいことを夕方まで取っておいているような雰囲気。


教室に着くと、美咲の姿が目に入った。彼女は窓際で本を読んでいた。私たちと目が合うと、美咲は軽く手を振った。


「おはよう」


自然な声で挨拶してくれた彼女に、少し安心する。昨日の告白と振られた経験にもかかわらず、美咲は強かった。


「おはよう、吉田さん」星奈も自然に返した。


「昨日はごめんね、突然あんなこと言っちゃって」美咲は申し訳なさそうに言った。「二人の邪魔しちゃったよね」


「ううん、そんなことない」星奈が優しく答える。「むしろ、私こそ...」


「大丈夫」美咲は笑顔を見せた。「もう吹っ切れたから。それより、陽花と話したいことあるんだけど...」


美咲は私の方を見た。何か話があるようだ。


「うん...」


「後で時間ある?休み時間でいいから」


「わかった」


星奈は二人のやり取りを見ながら、少し微笑んでいた。何か察したようだった。


授業が始まり、私は表面上は先生の話を聞いているように見せていたが、頭の中は昨日と今日の出来事でいっぱいだった。美咲の告白。星奈の「別に好きな人がいる」という言葉。そして今日の「大切な話」。


一時間目が終わり、休み時間になると、美咲が私の席にやってきた。


「ちょっと廊下に出ない?」


教室を出て、人気の少ない階段の踊り場へ移動した。美咲は少し深呼吸をしてから話し始めた。


「陽花、星奈のこと好きだよね?」


ストレートな質問に、言葉につまる。でも、もう隠す必要はないと感じた。美咲は昨日、私の気持ちを察したはずだ。


「うん...」小さく頷く私。「ごめん、言えなくて...」


「謝らないで」美咲は優しく微笑んだ。「私が気づくの遅すぎたんだよ。二人の関係、特別だったのに、私、鈍感だった」


「美咲...」


「でもね、私も本当に星奈のこと好きだったから」彼女は正直に言った。「だから昨日、勇気を出して言ったんだ。結果はアウトだったけど」


自嘲気味に笑う美咲。その強さに感心する。


「でも、これでスッキリした」彼女は続けた。「陽花は?星奈に気持ち伝えたの?」


「まだ...」恥ずかしさと後悔が混じる。「でも今日、放課後に...」


「そっか」美咲は嬉しそうに言った。「がんばって。私は応援してるから」


「ありがとう」感謝の気持ちが溢れた。「でも、美咲は大丈夫なの?」


「うん、私なら平気」彼女は力強く言った。「それに、もし星奈の好きな人が陽花じゃなかったら、それこそ悲しいと思う」


その言葉に、胸が温かくなった。美咲は親友として、私の幸せを願ってくれているのだ。


「星奈のこと、大切にしてあげてね」彼女は最後にそう言って、教室に戻っていった。


その後の授業中、私はずっと美咲の言葉を反芻していた。「星奈のこと、大切にしてあげてね」。その言葉には祝福と、少しの羨ましさが混じっていた。


昼休み、私は図書室に行くことにした。放課後の約束のために、少し心を落ち着かせたかったのだ。


「あ、佐倉さん」


図書室に入ると、森川先輩が優しく出迎えてくれた。


「今日は委員会じゃないのに、どうしたの?」


「少し本を読みたくて...」


「そう」先輩は私の表情をじっと見た。「なんだか大切な日みたいね」


「え?」


「そんな顔してるわよ」先輩は微笑んだ。「『今日は特別な日』って書いてあるみたい」


そんなに分かりやすいのかと恥ずかしくなる。


「実は...」言いかけて止まる。でも、先輩には以前、親友への恋心を打ち明けた経験があると聞いている。「星奈と大事な話があって...」


「あら」先輩は嬉しそうに目を見開いた。「やっと気持ちを伝えるのね」


「先輩は知ってたの?」


「ふふ、私にも経験があるから」先輩は優しく言った。「それに、佐倉さんの望月さんを見る目は、普通の友達を見る目じゃないもの」


やはり周りからも気づかれていたのだ。恥ずかしさと安堵が入り混じる。


「アドバイスは特にないわ」先輩は続けた。「ただ、素直に伝えることね。後悔しないように」


「はい...」


静かな図書室で、先輩の言葉が心に沁みた。素直に伝える。後悔しないように。


午後の授業も落ち着かない気持ちで過ごした。時々、星奈と目が合うと、彼女は小さく微笑んでくれた。その度に心臓が跳ねる。


放課後、クラスメイトたちが次々と教室を出ていく中、私は静かに荷物をまとめていた。星奈は陸上部のミーティングがあるといって先に出て行った。約束の時間は4時半。図書室で待ち合わせだ。


「頑張ってね」


教室を出る時、美咲が小さく声をかけてくれた。


「ありがとう」


時間までまだ少しあったので、トイレで身だしなみを整え、深呼吸を繰り返した。制服のポケットには、昨日書いた手紙が入っている。言葉でうまく伝えられなかったときのために。でも今日は、直接言葉にしよう。先輩のアドバイス通り、素直に伝えよう。


4時25分、図書室に向かう。廊下の窓からは夕暮れが見え始めていた。美しい黄金色の光が校舎に差し込んでいる。


図書室のドアを開けると、中はほとんど人がいなかった。試験期間ではないこの時期、放課後の図書室は静かだ。奥の窓際の席に、星奈の姿を見つけた。


彼女は窓の外を見ていた。夕陽に照らされた横顔が、いつになく切なく美しく見えた。私の足音に気づいて振り返った星奈は、ほっとしたような微笑みを見せた。


「来てくれたんだね」


「もちろん」


星奈の向かいの席に座る。二人きりの空間。静かな図書室。時間が止まったような感覚。


「昨日は何度も中断されちゃったね」星奈が小さく笑った。「今日こそ、ちゃんと話したいんだ」


「うん...」


星奈はペンダントに手を当てた。誕生日にプレゼントした星のペンダント。


「陽花、覚えてる?このペンダントの意味」


「友情と真実の象徴...」


「そう」星奈は頷いた。「ずっと真実を言えなくて...ごめんね」


心臓が早鐘を打つ。彼女の真剣な表情に、息をのむ。


「陽花」星奈は真っ直ぐに私の目を見た。「私、陽花のこと、友達以上の気持ちで見てるの」


その言葉に、時間が止まったように感じた。耳鳴りがして、周りの音が遠くなる。


「幼なじみだから、親友だから、特別なんじゃなくて」星奈は続けた。「私、陽花のこと、好きなんだ」


告白。星奈からの告白。夢のような現実に、言葉が出てこない。


「あの...何か言って?」星奈が不安げに言った。「重すぎたかな...」


「ううん!」思わず声が大きくなった。図書室だということを思い出し、小さな声に戻す。「私も...星奈のこと、ずっと好きだった」


今度は星奈が驚いたような表情をした。「本当?」


「うん、でも言えなくて...」正直に言葉にする。「友達関係が壊れるのが怖くて」


「私も同じだった」星奈は苦笑いした。「だからあんなに言い出せなくて...何度も先延ばしにしちゃって」


「いつから?」聞かずにはいられなかった。


「はっきり気づいたのは、春の終わりかな」星奈は穏やかに答えた。「陽花が図書委員会で一生懸命な姿を見て、『ああ、これは友情じゃないな』って思った」


春の終わり。私も同じ頃、星奈への特別な感情に気づき始めていた。


「陽花は?」


「私も...似たようなタイミングかな」率直に答える。「でも、認めるのに時間がかかった」


星奈は優しく笑った。「私たち、タイミング合ってるね。いつも」


そうだ。流れ星に同じ願いをした日から、私たちはいつも何かが繋がっていた。


「あのさ」星奈が少し恥ずかしそうに言った。「これから...私たち、どうなるの?」


その問いに、少し考える。友達から恋人への変化。未知の領域だ。でも、怖くはなかった。むしろ、新しい関係を築くことへの期待が大きかった。


「一緒にいたい」素直な気持ちを口にする。「今までよりも、もっと特別な関係で」


「私も」星奈の目が潤んだ。「陽花といると、本当に自分らしくいられるんだ」


二人の間に流れる静かな空気。太陽の光が少しずつ弱まり、図書室は夕暮れの優しい光に包まれていた。


「陽花」星奈がゆっくりと手を伸ばして、テーブルの上で私の手に触れた。「好きだよ」


その温もりと言葉に、胸いっぱいの感情が込み上げてきた。


「星奈...私も好きだよ」


永い時間をかけて辿り着いた本当の気持ち。それを言葉にした瞬間、幼いころからの絆が新しい形で強まったように感じた。

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