第21話 作られた僕たちの世界と作られた君の運命

 カーネル・タンストールの話は続く。


「WPOは逃亡した剛武郎博士を捕まえるために人員を派遣しまーした。それが私……正確には私たちデース。いくつかの『世界』のカーネル・タンストールと、ロボットのエム――まあ、彼にも本当の名前があるのでーすが、今はいいでしょう。とにかく私たちは剛武郎博士を追いまーした。

 この半年ほどあなたたちと一緒にいたカーネルは、5年前の時点でスパイとして剛武郎の元に潜り込んでいマーシタ。そうして剛武郎が具体的になにをしようとしているのかを、また彼を公式に告発できる証拠を探っていましたのデース。私はそれを後から追っていまーシタ。

しかし、並行世界に関する知識力や技術力は明らかに彼の方が上手なーので、なかなか捕まえることはできませーんでした。それに、ある事情があって『この世界』のWPOも手出しできなかったのでーすね」


「ある事情って?」


「テセラクトの異常発生でーすね」


「それって、ここ半年の?」


 半年で14体のテセラクトの出現。

 それが多いのか少ないのかは直には知りようがないが。


 カーネルは頷いた。


「ですねー。テセラクトが世界に侵攻を始めれば、我々としては殲滅しなければなりまーせん。そしてそれには剛武郎の力が必要だったのでーす。彼が対テセラクトの立場を示している限り、それが騙りだと分かっていても、協力せざるを得なかった、というのが実情でーすね。

 剛武郎は、各世界の組織が自分を疑っていることを知っていたのかもしれまーせんが、それでも手出しされないとわかていたのでしょーうね。かなり好き勝手にやっていたようデース」


 言われて、直は思う。


 例えば半年前の、世界中の電力を使った、5人の委員長による超長距離狙撃作戦。

 あるいは世界中の軍隊が動員された前回の作戦。

 どちらも、テセラクトを殲滅するための作戦だ。


 しかも、剛武郎が知っていたのかどうかは分からないが、折衝役に当たっていたカーネルは実際にWPO職員だという。


 国連も各国政府も、剛武郎の正体を知っていようと知らなかろうと、協力せざるを得なかったわけだ。


「が、ようやく追いつくことができまーした。もう1人のカーネルも、証拠をつかんでくれマーシタし。犠牲は出てしまいまーしたが、どうしようもありませーんね。これ以上被害を増やさずに済むのが、せめてもの救いデース」


「カーネル……」


 直は呟く。


 つまり彼は、その証拠とやらをつかんだために、スパイであることがばれて、殺されてしまった、ということか。


 姿形はまったく同じだが、このカーネルはほぼ初対面なのだ。

 半年間一緒だった彼は、すでに死んでしまった。

 もう会うことはできない。


「いえいえ。違いマースですよ」


 カーネルが首を振る。


「被害というのは、『べつの世界』の私のことではありまーせんね。『べつの世界』も含め、『この世界群』はまだ修復可能デースから」


「なんの話だ? 世界群とか、修復とか」


 おお、その説明がまだでーしたね、とカーネルは大げさに言った。


「剛武郎博士によれば――あなたに直接説明したのは、大隈沙詠ですが――この『世界』は1024の並行世界によって成り立っており、その外側がどうなっているのかはまだ分かっていない、とのことでーしたね」


 直は頷く。


「それは剛武郎博士の嘘なのでーす。1024の並行世界――この束を『世界群』と呼んでいまーす――その外側には、さらにいくつもの世界群があり、1024の世界群が集まってひとつの束となり……というふうに無数の並行世界がある、というのがこの『世界』なのでーす」


 ということは――世界群ひとつで1024の宇宙。

 その世界群が1024個束になって、104万8576の宇宙。

 そしてさらに――と続くわけか。


「そして博士はこれまで、逃走中に実験を繰り返し、542の世界群――つまり、55万5008の並行世界を破壊していまーす。『この世界』も危うく消されるところでーしたね」


「まさか……じゃあさっき親父が言ってた、全てを仕切りなおしてもう一度やりなおすっていうのは――」


「やはりそんなことを……そして、他世界の歴史を変えられる、と言っていませんでーしたか?」


「ああ」


「それも嘘でーすね。否……嘘ではありまーせんが、彼にその気はなかったでしょーう。ああ、ついでだから言っておきまーすがね、『未来が確定しているから作戦は絶対に成功する』とか『自分の世界の情報を知ることが出来ない』というのも嘘でーすね。未来を含め、この『世界群』の歴史は彼にとっては改変可能でーすし、『この世界』の情報は、べつの並行世界からなら観測可能でーすから」


「…………」


 べつにあのバカを信用していたわけではないが、それでもこの半年、直は彼が語る世界観の中で過ごしていた――そう自覚させられた。

 そして今その世界が、音を立てて崩れている。


 嘘、嘘、嘘。


 なにもかもが塗り固められていて、どこからが本当なのか、もはや分からない。


「彼は、この『世界群』――1024の並行世界を破壊し、べつの、よく似た『世界群』へあなたを連れて行き、実験をやりなおすつもりだったのでしょーう。これまでの実験では、見神楽直をべつの『世界群』での実験に加えることはしませーんでしたが、あなたはおそらく、CPUとの対応率が格別によいのでショーウね」


「CPU? ああ……」


 キューティ・パンツァー・ユニットか。

 なんでもかんでも略すなっての。


 ツッコみを口には出さず、直はべつの疑問を告げる。


「でも、どうして俺なんだ? どうして委員長なんだ?」


 偶然に左右されてロボットに乗せられるアニメの主人公のように、大隈沙詠と見神楽直の採用が、格別意味のないものだというなら、わざわざべつの『世界群』とやらに連れて行く必要はないだろう。


「あなたが選ばれたのは、大隈沙詠との相性が良いからでしょーうね。1023の並行世界のすべてで、あなたは彼女の『運命の人』なーのですから」


「いや、それはいいんだけど……だとしても、俺が委員長と一緒に戦おうと戦わなかろうと、作戦が成功するかしないかには無関係だろ? なんで俺が必要なんだ?」


「それを私が言うわけにーはいきまーせんよ。っていうか半年も経ってまだ気づいてないのでーすか? 沙詠さん、かわいそーうですね」


「なんでそんな言われ方をせにゃならんのだ」


「やれやーれでーすね……まあ、問題ない範囲で言わーせてもらいまーすと、あなたと一緒でなければ、大隈沙詠が成功するルートにはならないーということでーすね」


「…………」


『運命の人』だから。


 本当にそんな理由なのか?

 それだけの理由で、直は世界の運命を背負わされたのだろうか?


 委員長に聞かされた、『世界が100人の村だったら』的説明を直は思い出す。

 どの並行世界でも、直と沙詠はなんらかの形で接触する。


 そういうことなのだろう。

 1023のルート全てで出会うヒロイン。


 それは確かに、奇跡のような運命だ。


 しかし、その運命さえもが実は……


「じゃあ委員長はなんなんだ? 俺はおまけでいいとして、あいつはなぜこんな戦いに巻き込まれているんだ?」


 訊いておきながらしかし、直にはその答えが想像できていた。


 直の自室で、舞花に殺される前にカーネルが言いかけていた言葉。


 それが全てを物語っていた。


 カーネルはひどく言いづらそうにそのことを告げた。


「大隈沙詠は……彼女は、剛武郎博士によって、テセラクトと共に生み出された存在なのでーす……」

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