第20話 僕たちが立つ世界はいつでも虚構の舞台
次元怪獣迎撃対策課の人間は、全員が『この世界』ではなく並行世界の住人である——カーネル・タンストールはそう告げた。
「…………」
おいおいおいおい、そんな展開かよ。
そう声に出して驚きはしないものの、直は内心でひどく動揺していた。
いや、動揺というより、落ち着かないというか。居心地が悪いというか。
「待て待て。卯ノ花先生や小屋凪先生は分かる。いつも普通に学校にいたからな」
テセラクトが出現してから、基地に行くまでの時間がやけに早いと思うときもあった。
小屋凪リリカのあの白衣は、直を騙す偽装だったのかもしれない。
「けど、俺の親父と母さん――『この世界』の剛武郎と曜子って言えばいいのか? あの2人は? ここ半年、あの基地と関係ないところでは一度も会ってないぞ」
「彼らは、今回の事件の張本人であるそこの剛武郎博士によって、某所に軟禁されていましたのですよー。無論すでに我々が保護していまーすけどね」
「…………マジか」
「ちなみに、『司令』は並行世界の見神楽剛武郎ですが、『副司令』は見神楽曜子ではありませーん。剛武郎博士の助手である中之島透子という別人です」
「はあ? でもあれはどう見ても母さん……」
否——違和感はあった。
最初に思ったのだ。
いつもの、のんびりというか、のったりしてて、言ってしまえばなにも考えていないような母親とはずいぶん雰囲気が違う、と。
つまりアレは——『司令』と『副司令』という、いかにもな芝居は、別人であることをごまかすためだったのか。
「待てよ……でも、顔は? 整形でもしたってのか?」
「剛武郎博士の開発した特殊な光学フィルターによって変装していました。あの眼鏡ですよ」
「……くっそ、あれもただの雰囲気作りじゃなかったのかよ」
嘘くさい、作り物めいた演技と演出で、本当の嘘を覆い隠してた。
全部が、初めから、どうしようもないくらいに徹底的に茶番だった、というわけか。
秘密基地。
司令長官が父親。
そしてなぜか息子が世界の命運を背負わされる。
典型的な『いかにも』な展開。
それも当然だったのだ。
全部が仕組まれていて、全部が虚構だったのなら。
現実が物語めいたルートを辿るのも仕方がない。
しかし。
だとしたら、どこまでが虚構だったのか。
そもそもこの半年の間、現実なんて存在していたのか。
直の疑問を読み取ったのか予想していたのか、カーネルはこんなことを告げる。
「おそらく情報が錯綜して、なにがなんだかさっぱりでショーウね。ですから、とにかく事実を明らかにしましょう。当然、信じるかどうかは、あなたにお任せしマースけど」
「…………」
今までずっと騙されていたのだ。このうさんくさい外国人だって、本当のことを話すとは限らない。
しかし、かといって、なにもかもを否定しても話は進まない。
このままでは、虚構が虚構のまま、物語が物語のまま終わってしまう。
「……まあ、とりあえず聞くことにするよ。信じるかどうかは、それから決める」
「賢明な判断でース」
※
「まず……WPOという組織は実在しまーす。ご存知の通り、国連直属の機関デースね」
カーネルはそう、話を切り出した。
WPO――世界保全機構。
活動内容不明の秘密の組織。
直としては、できればそこから実在しないでほしかったが、あるというのなら仕方がない。
「ただし、国連直属というのはこの世界での立ち位置に過ぎませーん。実際にはWPOは、すべての並行世界にまたがって存在し、それぞれの世界の代表的な組織とつながりを持っている――『この世界』ではたまたまそれが国連だったというわけデース」
まあしかし、直にとっては、WPOが国連の上の組織だろうと下の組織だろうと、あまり関係がない。
なんにしろ大風呂敷が広がりすぎて、とても把握しきれるものではなくなっている。
秘密基地と、敵、それに1023人の委員長が目の前に存在すれば、大部分の設定が嘘でも気付くはずがない。
その辺り、剛武郎には分かっていたのだろう。
「WPOの目的は多々ありまーすが、大雑把にいいマースと、世界の秩序の維持――といってもー、世界平和とかではありまーせん。並行世界同士の接触をできる限り防ぐこと、これが最重要の目的でース」
「接触するとどんな問題が?」
「並行世界同士が接触するというのーはですねー、パソゲーで言えば、それぞれのルートの主人公同士が勝手に会話して、どの選択肢でどの結末へ向かうかを教えあうようなものでーす。本来ならプレイヤしか知ることができないはずの、世界の全体像を、キャラクタが把握してしまうのでース。これは神の視点を得るようなものデース」
限りなくスケールのでかい話だが、たとえがパソゲーだったりすると、なんか締まりがない。
「……まあ、分かりやすいけど」
「キャラクタが世界の全体像……過去、現在、未来の全てを知ってしまったら大変でーすね。例えば世界を自分の都合のいいように改変しようとしたとき、もーし世界の一部分しか知らなかったら、そんなことは不可能でーすね。書き換えはデタラメなものとして無視されてしまいマース。世界にはその程度の修復力がありマースからねー。
しかし、世界の全体像を知り、それに合わせて書き換えを行ったとしたら……整合性に問題がないので、世界はその修正を受け入れてしまうのでーすね。だとすれば、力量さえあれば、全年齢向けの恋愛シミュレーションゲームを、触手あり陵辱ありの18禁ゲームや、スペクタクル満載のロボットアクションゲームに改変してしまうことも可能なのでーすよ」
だからそのたとえは……分かりやすいけどさ。
「そんな超越者の発生を防止するのがWPOの目的なのでース。もちろん、WPOの人員も、すべての並行世界の歴史を知ることがないように、厳密に役割が区分されていまーすね。かくいう私は『実行者』、エムは『監視者』。共同で任務についていまーすが、お互いの仕事を全て把握してはいませーん」
「ちょっと待て。あの黒猫は、そこのバカ親父が造ったんじゃないのか?」
「そうでーすが、私がすぐにプログラムを入れ替えたのでーすね。人格を上書きした、と言ってもいいでーす」
「……なるほど」
話を続けマース、とカーネル。
「そこで、WPOにとって脅威となるのがテセラクトという謎の存在なのでース」
テセラクト。
次元怪獣。
「テセラクトに関する剛武郎博士の説明に概ね嘘はありませーん。人間が認識できない余剰次元から発生し、並行世界への侵略、生存圏の拡大を図る。――やつらはかなり昔から、我々の前に姿を示していマーシタ。WPOはテセラクトが発生するたびに、対処療法的に駆除を行ってきまーした。知ってのとおり、やつらは個体によって特徴がまったく異なる……ですかーら、共通した対処法というものがなかなか確立されなかたのデース。天才・見神楽剛武郎が現れるまでは」
「天才なのか、あれが?」
「彼は間違いなーく天才でーすよ。人類史上最高と言っても言い過ぎではないかも知れまーせんね。彼は、WPOが百年以上解明できなかったテセラクトの謎を、わずか数年で解いてしまいマーシタ。それだけでなく、1024の束になっているという並行世界群の概念像の発見や、DLLやDOCといった次元兵器の開発まで担いましーた。WPOにとってこれは、大きな躍進のきっかけとなたのでーす」
カーネルは、寂しげな笑みを浮かべ、床に伸びている剛武郎をちらと見た。
起き上がる気配はまったくない。
「しかーし、彼は欲張りすぎマーシタ。これ以上個人が知識を得ることを危惧したWPO上層部の中止命令を無視して、研究を続けたのでーす。
最終的にWPOメンバの資格を剥奪された彼は逃走しマーシタ。かなりの数の信奉者が彼に付き従いました。それが今の、自称『次元怪獣迎撃対策課』の職員たちデース――5年前のことでーすね」
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