第19話 何度でもやりなおせる世界たち
ヘリコプタとはいえ、テレビ局が中継に使うような小型のものではないようだった。
内装や座席の配置などは、むしろ航空機に近い。
通路を挟み、右側に1列の座席、左側に2列の座席が並んでいる。
直は左側の窓際――通路から遠いほう――に座らされていた。
背もたれが高く、機内の様子を見渡すことはできなかった。
隣は空席。
直と同じ並びの、右側の1人席に、剛武郎が座っていた。あいも変わらず司令官用の軍服めいた制服を着用している。
「いろいろと残念なことになってしまったが」
そう、剛武郎は切り出した。
「なぁに、心配することはないぞ見神楽直くん! 我々の超絶最強ハイエンドな技術力を持ってすれば、この程度の苦境など到底苦境のうちには入らない!」
「いや、親父……」
どうするべきか。
今すぐにカーネルが言っていたことを問いただすべきか。
それとも何事もなかったかのように話を聞いて、ある程度は自分で推測してみるべきか。
しかし、すでに舞花がカーネルを殺している。
剛武郎がそれを知らないはずもあるまい。
だとすれば、なんだろうか、剛武郎のこの態度は。
さっきのはなかったことにしているのか。
カーネルの死も。
直を気絶させて連れてこさせたことも。
直はわずかに残る痛みを感じて首筋をさすった。
やはり、なかったことになどできるはずがない。
そう考えて問おうとしたところへ、しかし。
剛武郎はこんなことを言ってきた。
「もう一度だ! 全てを仕切りなおし、もう一度初めからやりなおそうではないか!」
「な……んだって?」
どういうことだ。なにを言ってるんだこの親父は。
失敗のショックでおかしくなったのか。
直は不安になる。
「やりなおしなんて……そんな」
直の呟きに、剛武郎は得意げな笑みを浮かべた。
「無理だと思うかね? 不可能だと考えるかね? しかし、我々の力は無理も不可能も上回るのだよ!」
うさんくさい。
はなはだうさんくさいことこの上ない。
この半年で、かなりの数うさんくさいもの――触手だのロボットだの――が現実に存在するのを見せつけられて、わりと免疫はできているはずなのだが、それでもカバーできないほどうさんくさい。
「信用できない、という顔をしているな。しかし、考えてみたまえ。『この世界』の我々は、ほかの1023の並行世界を俯瞰できる立場にある。量子力学とか、その他諸々のハイパーな科学力によって、まさしく書物のごとくに、他世界を観察できるのだ」
その他諸々ってなんだよ……とかはもういまさらなので、直はなにも言わない。
「そしてだ! 観察とはすなわち干渉である。つまり、他世界を観察できる我々は、他世界に干渉することも可能なのだ。しかも、『この世界』において創作された物語に対するように。我々には、物語を改変する力がある」
「それがつまり……どういうことなんだよ?」
いまいち話が見えてこなかった。
わざとなのかどうかは知らないが、どことなく回りくどい。
しかし剛武郎は、次には、簡潔に結論を述べた。
「つまり、我々は他世界の過去も現在も未来も、変えることができる、ということだよ」
エアポケットのように沈黙が生まれた。
激しいエンジンとプロペラの音が鳴り続けているが、まるで消えてしまったかのように意識に届かない。
世界から切り離され、取り残されたような感覚。
その居心地の悪さを、直は笑ってごまかす。
「はは……」
正面を向いたままこちらを見ない剛武郎に対し、直は「そんなバカな話が」と呟くように続ける。
しかし、それ以上の反論は出なかった。
過去の改竄。
現在の改編。
未来の改訂。
そんなことは不可能だと言い切ることはできない。
剛武郎たちは1023人の大隈沙詠の辿るべきルートを知っている。
ならばそれを変えることもできるのではないだろうか。
そして同じように、過去を修正することも。
それに、なにより。
直自身が——それを望んでいるのではないか。
やりなおせる。
委員長を死なせずにすむ。
それはまるで奇跡のようなシナリオだ。
「…………」
「納得したかね? したならば、もうしばらく休んでいたまえ。第2基地到着まではまだ時間がかかる」
沈黙した直に剛武郎はそう言った。
その次の瞬間、機体がガクンと傾いた。
大したことはない。
気流の関係でこれくらい揺れることはあるだろう。
直はそう思った。
剛武郎もそう考えたらしく、なんの反応も示さなかった。
しかし、実際にはそれは気流による揺れなどではなかった。
具体的には、人間が外から無理やり扉を開けて機に乗り込んだためだった。
もっと具体的には、人間1人と、ロボット1匹。
ガガ、というノイズの後、天井にあるらしいスピーカーから切迫した声が響く。
『し、司令! 侵入者です! ね、猫が! 猫がぁ!』
剛武郎はピクリと眉を跳ね上げる。
続いて、あの聞きなれた声がスピーカーから流れた。
『あー、あー、このヘリコプタはすでに僕の支配下にあります。ほかの機もすでに我々が制圧しました。見神楽剛武郎博士、諦めて同行することを願います』
黒猫――エムの声だった。
剛武郎は舌打ちを一つ、席から飛び上がるように立ち、機の前方へ走っていく。
逃げるのだろうか。
直は立ち上がり通路に出た。
なにがどうなっているのかさっぱりだが、このままひとり、ぼけらっと座っているわけにもいかないだろう。
「待てよ親父!」
「ははははは! いずれまた会おう見神楽くん!」
剛武郎のそんな捨て台詞はしかし不発に終わった。
通路の先にある扉が開いて人が入ってくる。
「なっ……」
「バカな!」
直だけでなく、剛武郎までもが驚きの声を上げる。
その、和装の外国人はしかし無言のまま手にした刀を構え、一歩を踏み込む。
音もなく移動し、次の瞬間には剛武郎が床に横たわっていた。峰打ちだったのか、斬られてはいないようだった。
しかし、その外国人は刀を鞘に納めながら呟く。
「またつまらぬものを切ってシマタ……それは、あなたの、心デース」
「なんか混ざってるぞ」
思わずツッコんでしまったが、それどころではなかった。
なんだか口調が違ったが、それは死んだはずのカーネル・タンストールだった。
※
ふたたびガクンと機体が揺れた。
これまで上昇していたヘリが、今度は下降を始めたようだ。
基地に戻るのだろうか。
しかし、戻ってどうするというのだろう。
剛武郎が退避を決めたほどなのに、テセラクトとまた戦うというのか。
否――そんなことより。
「あんた……なんで生きている?」
直は目の前に現れたカーネル・タンストールに問う。
卯ノ花舞花が撃ったのに、実は死んでいなかった――そんな可能性は考えられない。
弾は明らかにカーネルの頭を撃ち抜いていた。
だとすれば、ありうる可能性は……ロボット? エムのような?
いや、あるいは……。
直はその可能性に思い至る。
「気づきましたカー? そうです。私は、並行世界のカーネル・タンストールでーす」
やっぱりか。
思い、直は頷く。
だとすれば、あのカーネル――半年弱の知り合いだった彼――は、やはり死んだのだろう。
なのにこうして、べつのカーネルが現れた。
ずいぶんと安い生死だ。
カーネルは、さっきまで剛武郎が座っていた座席に腰を下ろした。
刀は外して脇に立てかける。
「立ち話もなんでースから、座ってくださいナー。到着までに、話しておかなければならないことがたくさんありマース」
「…………」
不信感に満たされつつも、直はカーネルの隣――今度は通路側――に座った。
「改めて言っておきまーす。私は『この世界』の人間ではありませーん。並行世界から来まーした」
「……だろうな」
「あまり驚いてませんねー?」
「そりゃ、1023人も同じ人間を目にしてりゃな」
それに比べれば、1人増えたことくらい大したことではない。
しかし続けて、カーネルはとんでもないことを告げる。
「でーは、これはどうですカー? あの基地にいた人――そこに倒れている剛武郎博士や、曜子女史、卯ノ花舞花さんや小屋凪リリカさんほかオペレーターの皆さん、それに殺されたもう1人の私も含め、全員、並行世界の人間——という情報は?」
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