第22話 この世界と俯瞰される物語と君の存在について

 奇跡のような運命。


 しかしそれは、初めから仕組まれたものだった。


 カーネルは、努めて冷静に話そうとしているのだろう。

 それでもどことなく声が重苦しかった。


「対生成、対消滅という現象がありまーすね。高エネルギィの光子が原子核にぶつかると、粒子と反粒子が生まれる。これが対生成でーす。そして、粒子と反粒子がぶつかると、高エネルギィを放出して消える。これが対消滅でーす」


「ありますね、と言われても知らないんだが……意味もよく分からないし」


「分からなくても問題はありませーん。ようするにテセラクトというのは、あるものと対になって生まれるのでーす。そしてそれと対になって消えまーす。剛武郎博士は、この事実から、テセラクトを自由に発生させ、また消失させることを可能にしまーした。そして実験を繰り返しマーシタ」


 つまり直は半年間、その実験につき合わされていたということになる。

 なにも知らずに。

 世界を守るとかなんとか、都合のいい嘘を並べられて。


 キューティ・パンツァー・ユニット。

 次元怪獣殲滅のため集められた戦士。


 とんだ茶番だ。


「あるものってのは?」


「正確に説明するには、量子力学の講義から始めなければいけませーん。時間がないので、比喩で我慢してくださーい」


 全然かまわない。

 そんな講義、理解できるとは直には思えなかった。


「人、人間、もっと抽象的に言えばキャラクタ、登場人物でーすね。『この世界』から見た場合、ほかの並行世界は『物語』のようなものでーす。歴史の始まりから終わりまでを見通せる壮大な一つの『書物』でーす。その中に『大隈沙詠』という登場人物を1人、勝手に書き込んだとしまーすね。するとその『物語』にキャラクターが1人加えられると同時に、『書物』に載せられるインクの量が増えマースね。この、余分なインクがテセラクトなのでーす」


「えーっと……」


 ……まじで意味分かんねえ。

 量子力学の講義とやらを受けたほうがマシな気がした。


「もう少し噛み砕きマーショウか」


「ぜひそうしてくれ」


「世界には――ここでいうのは並行世界の1つという意味デースが――たくさんの不確定要素がありマースね。他世界から、その歴史を初めから終わりまで俯瞰できるとは言っても、その歴史が揺らぐことは頻繁に起こります。そんな揺らぎ、不確定要素と対になって生まれるのがテセラクトでーす。あなたがこの半年で戦ってきたテセラクトは、剛武郎博士が人為的に生み出したものなので例外デースが」


「…………」


 あまり噛み砕かれた感じはしなかった。


 直は頑張って自分で噛み砕くことにする。


「つまり……委員長はもともと世界にいた人物ではなく、後から加えられた存在で、そのせいでテセラクトっていう余計なおまけがくっついている――ってことなのか」


「ものすごく簡単に言うと、そうなりまーすね。ただ、テセラクトの個体数の概念は人間とは違っていマースので、大隈沙詠1人につきテセラクト1体という対応にはなりまーせんけど。

 1023の世界に1023人の大隈沙詠を生み出したら、テセラクトが14体対生成された、というのが正確な言い方でしょーうね。ほかの世界群では14体とは限らないので、そこが不思議なーのですが」


「数なんかどうでもいい! それじゃなにか? 『この世界』以外の委員長は、元の世界に居場所がなくて、ただテセラクトと戦うためだけに造られたってことかよ!」


 1023人の大隈沙詠のうち――とかいったあの統計も、嘘っぱちだったということか。


「いえいえ、そうではないでーすね。剛武郎博士は、それぞれの世界で無用な混乱が起こらないように、調整を行っていマースね。書き加えられた『大隈沙詠』というキャラクターが、はじめから存在していたように、世界のつじつまを合わせていマース。今ではむしろ、彼女たちをいなかったことにするほうが難しいでーすね。彼にしか出来ない芸当でーす。まあ……」


 そう、カーネルは沈んだ口調で付け加えた。


「テセラクトと戦うため、というのは間違いではありませーんけど……」


「…………」


 彼女の居場所はある。

 それがせめてもの救いか。


 否――そこで直は思い至る。思い出す。


「――ちょっと待てよ。消失、ってさっき言ってたよな。それってまさか……」


 認めたくない。


 認めたくないがしかし、訊かないわけにはいかなかった。


 自分の理解力不足で説明を取り違えただけならいいと思った。


 が、カーネルは首を縦に振った。


「おそらく考えているとおりでーすね……テセラクトが殲滅された際、対になっている大隈沙詠も消滅しています」


 ただし、とカーネルは弁解するように言った。


「『この世界』の彼女は違いまーす。彼女は元からの登場人物でーすね。あなたにとって、大隈沙詠が『この世界』に実在することは確かでーすよ」


「…………」


 慰めてくれているのだろうけれど。

 そしてそれはありがたいのだけれど。

 割り切れるはずは、なかった。


『この世界』の彼女だけを特別視することなど、直にはできそうもなかった。


 1023人の委員長。

 全員が等しく大隈沙詠で、同じ人間だ。

 たとえほかの世界の『物語』に書き加えられたキャラクターだとしても、その価値に差なんてない。


 それを。

 自分は。


「……あいつらは、知ってたのか? 自分たちが、実は自分を消す実験に参加させられていたなんてことを」


「知らされてはいなかったでしょーうね。テセラクトと対であろうとなんだろうと、彼女たちはれっきとした人間です。それが、自分が消されると知って諾々と従うことはないでしょう」


「そうか……」


 それがせめてもの救い。


 救い?


 そんなわけはない。


 そんな現実に、誰が救われるっていうんだ。


 直はぞっとする。


 妙に冷めている自分に。


 やはり涙は、出ないようだった。


 随分と落ち着いている。


「そこの……バカは」


 と直はヘリコプタのシートで気絶したままの剛武郎を見やる。


「そこまでして、なにを目指しているんだ? なにをやりたいんだ? そもそも、ほかの世界の未来を見られるのなら、自分の未来を見て、研究結果だけ手にいれりゃいいじゃねえか。なんのためにわざわざ、委員長をあんな目に遭わせる?」


 カーネルは首を横に振った。


「そんな方法では手に入れられないものを目指している、としか言えませーんね。彼の考えていることなど、我々には理解できまーせんよ。追従している人々も同じでしょーうね。ひょっとして、本当に超越者になろうとしているのかもしれまーせん」


「そんな……くだらない」


 超越者?

 プレイヤーの視点?


 そんなことをして、どうなるってんだ。


 その先にあるのは結局――


 パターン化された現実。

 失われたリアリティ。


 意味が喪失し、価値が紛失し、感動が亡失した。

 自分はたったひとりでも、対応する『世界』は無数にある。

 失敗したらステージを替え、リスタートが可能。


 唯一つの世界なんて存在しない。

 あるのは無数の世界『たち』だ。

 それぞれの『物語』は、なんの意味も方向性も持っていない。


 ハッピーエンドだろうとバッドエンドだろうと、それはほかの物語には無関係で、

 どんな悲劇的な結末を迎えようといくらでも代わりはあって、

 壊れたらまたべつの場所でやり直せばいい。


 だから、消していいのか?


 そんなはずはない。


 それなのに。

 それなのに自分は。

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