第16話 届かぬ奇跡が世界の終わり
「これって、奇跡だよね」
唐突に、沙詠がそう言った。
彼女はすでに巨大ロボットのコックピットに乗り込んでいる。
直も、例の卵型の機械に入り、彼女の背後に精神だけを置いていた。
直からは沙詠の後ろ姿が見えている。
彼女は、一見全身タイツに見える、身体にピッタリとフィットした服を着ている。
ただ、もちろん素材はタイツっぽくはない。
どちらかというとラバー素材のような感じで、各所に金属パーツのようなものもついている。
これは元はXLSだったものだ。
最初の戦いでは沙詠が背負う巨大砲塔に変形し、次の戦いでは魔法少女の装束に変形したもの。
……そういえば、XLSを使わなかったのは、その次の、5点同時攻撃の作戦のときだけだったか。
それ以外の戦いでは、委員長はなんらかの形でこの小さなナイフを自分のイメージによって変形させ、身を守ったり、攻撃手段としたりしていた。
今回も——身につけているということは——彼女を守るのに役立ってくれるのだろう、きっと。
巨大ロボット――HTMは、沙詠の意思に従って、基地の中を進んでいる。
といっても、沙詠もオペレータからの指示に従っているだけだが。
「なんだ? いきなり」
沙詠の突然の発言に、直は彼女の後頭部を見る。
表情を窺うことは残念ながら出来ない。
先ほどまでは、わりと複雑で狭い通路を進んでいたので、オペレータの舞花からひっきりなしに指示が出ていた。
そのため会話する余裕はなかった。
今はかなり直径の大きいトンネル――排気孔かなにかなのだろう――を進んでいるだけなので、通信はない。
『このまましばらくまっすぐ』というのが、最後の指示だ。
現在はだから格別操作に気を使う必要がない。
それで沙詠も会話する余裕ができたのだろう。
「うん……なんって言うかさ」
沙詠はどことなく話しづらそうな調子だ。
「こうやって見たこともないロボットに初めて乗って、それで乗りこなせちゃって、今見神楽くんと一緒に敵と戦おうとしてるのが、さ。なんっか冗談みたいだけど、これって奇跡なんだろうなって」
随分とロマンチックなことを言う、と直は苦笑した。
「でもよ、バカ親父が言ってたじゃないか。それも初めから確定していることだって」
「でも、それは1023分の1の可能性なんだよ」
表情は見えないけど、はっきりと分かった。
今委員長はあの笑みを浮かべた。
「絶対に成功するって分かっていてもさ、それって私だけなんだよ。あんっなにたくさんの大隈沙詠がいるのに、たった1人だけ。恋愛シュミレーションだったら、1023回繰り返さないと、エンディングをコンプリートできないってことだよ?」
……変な喩えを使うなぁ。
まあしかし、確かにそのとおりなのだろう。
直にとってみれば、その1023人全員が成功するのを見ているわけなのだが、それだってすごいことだ。
ゲームの、1023のルート全てがハッピィエンドだなんて、普通はありえない。
奇跡。
それは確かにそうなんだろう。
※
『もうすぐよ』
舞花の声が聞こえた。
『あと30メートルで、通路が真上に曲がります。目標はそこを降下中。現在の速度を維持すれば、約5分で角まで来るわ』
「了解」
今回の作戦は、その出会い頭にテセラクトに対して不意打ちを仕掛ける、というものだった。
攻撃方法は打撃。
要するに殴りつける。
以前は数十体のHTMによる多重攻撃なんていう作戦を行ったこともあるので、最後にしては若干スケールが小さく感じてしまう
まあしかし、現実はこういうものだろう。
フィクションのように、クライマックスが最後に来て、そのあとは平和なエンディングが訪れるなんて保証はない。
後始末みたいな細かい事項がクライマックスの後にも続いて、いつ終わりを迎えたかなんてわからない。
そんなこともきっとあるのだ。
相手に気付かれないように、これまでブースターで飛空していたのを止め、足下のローラーによる移動に変更する。
タイヤつきの靴やインラインスケートのようなものだ。
ただし、モータが内蔵されているので、脚を動かす必要はない。
もしここで、ブースタで飛んだまま近づいたらどうなるのだろう、と直は思ったりする。
それでも運命――あるいは奇跡――に従い作戦は成功するだろうか。
それとも運命は捻じ曲げられ作戦は失敗するのだろうか。
どちらにしろ直には試しようのないことだが。
運命の担い手は直ではなく沙詠なのだ。
彼女こそが物語の主役であり、
奇跡の造り手なのだから。
しかし――
その奇跡が届かぬこともあると、直に知れたはずもなかった。
※
ばきぃ――とも。
めきぃ――とも、聞こえた。
強引に、無理やりに、ものを破壊する音だ。
モニターの歪みから、すぐにそれがHTMの装甲が破られる音だと分かった。
しかし分かったときにはもう遅い。
死角など存在しないはずの全方向性モニタの死角から、テセラクトのマーブル色の体組織が鋭利な刃物のような形状で突っ込んできた。
すぐにモニターの一角に穴が開き、そこからテセラクトが進入してくる。
声を上げる暇もない。
テセラクトはすぐさま槍状に変形し、沙詠の腹に深々と突き刺さった。
彼女を守ってくれるはずのXLSのスーツをたやすく突き破って。
直はそれを後ろから見ていた。
背中から飛び出す槍の先。
滴り落ちる赤い赤い血液。
直は痛みを感じない。
おかしい。
自分は沙詠と感覚を共有しているはずなのに。
沙詠はゆっくりと直のほうを向いて、信じられないというような声で呟いた。
「見神楽……っくん……」
咳き込込み、口から血が溢れ出る。
顔が引きつった。
今まで麻痺していた痛みが唐突に自覚されたのだろうか。
醜いほどに表情を歪め、喉を潰すほどの悲鳴を上げ――
そこで直の意識は断ち切られた。
※
そして、
直は思い知らされる。
これまでの戦いは単なる前哨戦で、
しかしここからが『本当の戦い』だなんて都合のいいこともなく、
ここから先はただの『世界の終わり』。
届かなかった奇跡の後始末を、
直はしなければならない。
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