第15話 これで世界は救われると君は
激しい揺れに、直は目を覚ます。
沙詠に身体を揺さぶられたから、とかそんなオチではない。
床が、部屋が、そして基地全体が激しく振動していた。
これは――テセラクト出現の影響だろうか。
しかし、ならばここが揺れるのはおかしい。
基地には余剰次元振動とやらに対する防護策がなされているはずだ。
それに、あの揺れ特有の吐き気や視界の歪みがない。
ということはやはりただの地震か?
なんにせよ連絡を取らなくては。
そう考え、直は指を鳴らして「モニタ」と告げる。
彼の声に従って天井から小さい画面が降りてくる。
小さいといってもブリッジに比べたらという話で、1人部屋に置くには贅沢すぎるサイズだ。
続けて机においてある特別製のリモコンの『ブリッジ』ボタンを押すと、画面にその映像が映し出される。
これでそこにいる『隊員』たちと会話ができるのだ。
『やあ見神楽くん。今呼ぼうと思っていたところだ』
「うわ!」
驚いたのは、いきなり画面いっぱいに剛武郎の顔が映し出されたからだ。
彼はすぐに身体を引き白の軍服姿を晒す。
ぶん殴ってやりたかったが、画面越しにはさすがに無理なので諦める。
「……この揺れはなんだ? テセラクトが現れたのか?」
『安心したまえ。この揺れはもうすぐ収まる。余剰次元振動に対する防護はまだ生きているのでね。今の揺れには物理的な揺れも混ざっているのだ』
直の問いには直接答えず、そんなことを言う剛武郎。
直は、なんだかはぐらかされているような気がして再度問いかける。
「どういうことだ? テセラクトが現れて、それに普通の地震が重なったってことか?」
『いや……そうではない』
剛武郎はふるふると首を振り、その事実を告げた。
『基地内部に、テセラクトが出現したということだ』
※
とにかくブリッジへ、という剛武郎の言葉に、直は部屋を飛び出した。
すぐにエムが合流した。
そういえば、今朝瓦礫の山を眺めているときにふらりといなくなってから見かけていなかった。
「どこに行ってたんだ?」
「ちょっと野暮用があった」
猫のくせにそんな生意気なことを言う。
さらに途中で沙詠とも合流し、3人――というか2人と1匹――でブリッジに着いた。
入って最初に目に飛び込んだのは、正面の大型モニタに映されたテセラクトの姿だった。
「うわあああああああああ!」
悲鳴を上げたのは沙詠だった。後ろに倒れこみそうになる彼女を、直はあわてて支える。
画面に映っているのは、どこか見覚えのある物体だった。
サイコロステーキみたいにカットされた立方体の肉片。
半年前、直と沙詠が最初に倒したゾンビ鯨の、身体の一部である。
そう、確かに倒したはずだ。
しかし、モニタの向こうの肉片は、どう考えても生きているようだった。
表面の不気味なマーブル模様はぞるぞると流れるように変化し、表面が波打つようにざわめいている。
そしてもぞもぞと這うように、ときにまさにサイコロのように転がりながら、基地内のどこかの壁を移動している。
倒したはずだ。
直は再度そう思う。
たまたまカットされたゾンビ鯨の肉片と似ているだけで、あれはきっとべつの個体なのだ。
しかし、そんな考えを裏切るように、傍らから剛武郎が言ってきた。
「先ほど確認したが、研究用にテセラクトの構成物質を保管している部屋から、第1次作戦の際に採取したサンプルが消えていた」
「……生き返った、ってことか?」
直は剛武郎を見る。
「いや――物理的には同じ個体だが、中身は異なるようだ。半年前に捕獲したものとは、動きなどが全然違う」
「…………」
理解しがたいが、直は突っ込んで問いはしなかった。
詳しく聞いても、わけが分からなくなるだけに違いない。
腕の中で、沙詠の呼吸が荒いのに気がつく。
「大丈夫か?」
「う、うん。なんとか。びっくりしただけだよ」
沙詠は起き上がって、直から離れる。
心持ち顔が赤い。
そんなに驚いたのか?
副司令が口を開いた。
「目標は現在この基地の最下層を目指しています」
「どうやら、あれに気付いたようだな」
いつになく真面目な口調の剛武郎に、直は問う。
「あれって?」
セントラルドグマでもあるのか? という発言は自重した。
「GIF――グラヴィトン・インストール・フォーマという機械が置かれている。これは基地の要となるシステムで、並行世界間の連絡を可能にする装置だ。DLLに並行世界の移動機能がオプションでついていただろう? GIFはあれの正規版といったところだな。GIFがなければ、この基地の大半の兵装は使用不可能となる。」
……そりゃあつまり。
直が結論を口にする前に、剛武郎は大きく頷き、非常に簡潔に現状を表現した。
「非常にまずい、ということだ」
「落ち着いてる場合か!」
思わず突っ込むが、かといって直になにかができるというわけでもない。
指示に従って沙詠のサポート。
それが直の基本的な役割だ。
副司令が眼鏡を押し上げつつ、司令に向かって告げる。
「今回はHTMによる作戦を推奨します。戦闘区域の閉塞性、事態の緊急度、目標の性質や形態から判断して、これがもっとも妥当かと」
「そのようだな」
『司令』と『副司令』の意見は一致したようだった。例のごとく、副司令が指示を飛ばす。
「これより、第14次テセラクト殲滅作戦を始動します。TYPE-HTMに推移。戦術パターンは2969874よ!」
彼女の命令でブリッジ全体が慌しくなる。
そしてこれが最後の戦いとなる――はずだった。
※
HTM――ハイ・タクティック・マシンは、ようするに巨大ロボットである。
剛武郎は高度戦略人型戦闘兵器とか言っていたが、ようするにロボットである。
形状はしかし、人というよりどことなく昆虫じみている。
カマキリが進化して人間になり、さらに身体を機械化した、とでも言えば一番イメージが近いだろうか。
これまでにも2回ほど直は、沙詠とともにこのふざけた代物に乗り込んでいる――といっても、直の肉体は乗っていないのだが。
操縦はいたって簡単。
ロボットを自分の身体の一部としてイメージできれば、あとは考えるだけで自在に扱えるようになる。
コックピットは無重力空間のような感じで、そこに沙詠が浮かぶことになる。
身体の各部に信号を伝えるためのコードがつながれるが、これは――どういう理屈か知らないが――見えないので気にならない。
周りは丸く、全方向性のモニターになっている。
大した訓練を積む必要もなく、かなりの速度での移動・運動が可能になる。
メカ自体の性能によるものか、システムの性質によるものか、その辺はよく分からないが、初心者に優しい機械であることは確かだ。
事実、これまでにHTMを利用した大隈沙詠は、全員が10分ほどの練習で、ほぼ完璧に乗りこなせるようになっていた。
今回搭乗する沙詠も、なんの問題もなく巨大ロボットを操ることができた。
そうなるべく選ばれているのだから、当然といえば当然か、と直は思いなおす。
1023人の委員長から選択された可能性の1つ。
そこに失敗や予定外という現象は存在しない。これまでの13体のテセラクトとの戦いでもそうだった。
どれだけ苦戦を強いられても、どれだけ無謀と思える作戦を与えられても、直と委員長は乗り越えることができた。
それは、すでに決定され、確定した未来だったから。
そう伝えられていなければ、繰り返される戦いに、直は耐えることができなかっただろう。
脱稿し完成した1冊の本のように。
完結を迎えた1つの物語のように。
べつの世界の沙詠が辿るべき道は、すでに定まっているのだ。
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