第12話 0.5時間の世界を賭して(3)

 その刀は本物なのだろうか、とか。

 なぜそんな服装をしているのか、とか。


 そんな疑問をぶつける暇もなく、カーネル・タンストールなる男――ちなみに国籍はアメリカらしい。剛武郎が言っていた――は活動を開始した。


 彼は、次元怪獣迎撃対策課の上位組織であるWPO――まったく不要な情報だが、繰り返しておくと、国連直属の秘密機関で、正式名称はWorlds Preserving Organization、訳称は世界保全機構である――から派遣された渉外担当官、らしい。


 つまり、今回のような事態において、ほかの組織に協力を要請したり強制したりする――それが彼の仕事である。


 彼がどんな交渉術を持っていて、用いたのか、直には分からない。

 あの侍の装束が、なにかの役に立つのか立たないのかも分からない。


 具体的にはなにがどう動いて、なにがどう決められたのかまったく不明だったが、カーネル・タンストールは自分の仕事をやってのけた。


 彼がブリッジを出てから4時間後の午後1時。

 全世界の全政府、全組織は、テセラクト殲滅のための30分間の停電を許諾した。


         ※


 そして、それからさらに4時間後の午後5時。


 直と沙詠は丘の上で無為な時間を過ごしている。


「むぁー! 暇ス暇ス暇すぎですス! そうだ直っちしりとりしようしりとり! まずはテセラクトのと!」


「……徒歩」


「ほ? ほ、ほ、ほ~……ほ、法律のできる行列相談所!」


 なんかひっくり返ってる。


「なに相談する番組なんだそれ」


「数学に行列ってあるじゃないですか」


「どんだけ硬派なバラエティだよ!」


 はぁ、と直はため息をついた。沙詠は逆に、けらけらと楽しそうに笑い出す。


 本当に、心底楽しそうに。

 なにがそんなに楽しいのだろうと、不思議に思うくらいに。


「…………」


 直は上体を起こして、横に寝転がっている沙詠を見た。


 笑いすぎて、目に涙を浮かべている。


 彼女は手のひらでそれをごしごしと拭いながら、ぽつりと呟いた。


「あーあ……」


 本当に、小さな声で。



「――――――――――――――――」



「え?」


 聞き取れず、直は訊き返した。

 しかし、沙詠はなにも言わない。


 直はもう一度問おうとして口を開き――しかし、その機会はなかった。


「直、沙詠。剛武郎が呼んでいるぞ」


 エムが呼ぶ声。

 振り向くと、いつの間にか黒猫がそこにいた。


         ※


 丘を降りて少し歩いたところに、次元怪獣迎撃対策課の仮司令所が設置されている。


 もともとは、滑り台やブランコが置かれた遊び場だったが、それらの遊具は全て撤去され、代わりに様々な機器やそれをつなぐケーブル類がそこを占領していた。


 地下の秘密基地から持ってきたのか、巨大モニタや、卵型の装置——PNGなどもあった。


「さて」


 と、いつの間にかすぐ近くに来ていた剛武郎が口を開いた。

 気付けば、副司令や金髪サムライも集まっている。


「いよいよ! このときが来た! この、超絶最強究極ハイパー兵器による、5点同時攻撃! 全世界がその一瞬にかけている! チャンスは一度! コンマ1秒でもタイミングを外せば、攻撃は二度とできない! テセラクトは即座に行動を起こし、我々に未来はない! 覚悟はよいか、2人とも? そうか、ならばよし、だっ!」


 直も沙詠もなにも言ってないが剛武郎は勝手に納得していた。


「カーネル・タンストールは思っている。沈黙は金」


 ぽつり、と金髪サムライが呟いた。

 副司令に至ってはまったく無視だった。


「では、予定通り作戦を行います。沙詠ちゃんはDOCへ。見神楽くんはこちらへ」


「はいはいはーい。んじゃ直っち、すぐ後でね」


「ああ」


 沙詠はすでに元のハイテンション娘に戻っていた。

 直は軽く返事をしながら、巨大砲台のほうへ走っていく彼女を見送った。


 いったい、さっき彼女は、なんと言ったのだろうか。

 気になってはいたが、それを考える暇は、今はないようだった。


「見神楽くん」


 副司令に呼ばれ、直はPNGのほうへ向かった。


 後ろのほうで剛武郎が「なんか段々私の扱いがいい加減になってないかなぁ」とか言っていたが、そのとおりなので無視しておくことにした。


 卵型の装置に乗り込む。


 副司令が指示を飛ばしているのが聞こえた。


「これより、第3次テセラクト殲滅作戦を始動します。TYPE-DOCに推移。戦術パターンは2969874よ!」


 仮設置の屋外ブリッジはにわかに慌しくなる。


 しかし直のほうはすぐに静寂が訪れた。

 暗闇に包み込まれる。

 そしてあの、奇妙な感覚が身体を覆い……


 ……

 …………


 気がつくと、すぐそこに沙詠の後頭部が見えた。


 彼女は砲台内の狭い部屋の椅子に座っているので、直はその背後の壁に埋め込まれているような感じだった。


 身体が塗り固められているような感覚があるわけではないが、なにか妙な状態だった。


 眼前の沙詠は幾重にもダブって見える。

 同じ背景が描かれたセル画に、ちょっとずつ違う人物を描きたして重ねた感じである。


 最初の作戦のときと違い、5人の沙詠全員が、同じような——というかおそらく全く同じ——場所に同じように座っているせいだろう。


「やっほろー直っち。また会ったね」


 反響して頭に直接届く沙詠の声。

 これはさっきまで丘の上に一緒にいたツインテールの委員長のようだ。

 直は「おう」とか適当に答える。


 そこは、まあ、言ってしまえば、ロボット兵器のコックピットといった感じだった。


 いろんな計器類。

 スイッチ。

 正面と左右上下にあるモニタ。


 いかにもそれっぽい造りの、そのままな空間だった。

 どうせ、意識してそういう風にしたんだろうけど。


 沙詠は、ふんふふんと鼻歌交じりに、その辺のスイッチを適当にいじっていた。


 いや、適当なのかどうかは直には分からないのだが、1つのスイッチを入れたり切ったり、ボタンと間違えてただのランプを押して首を捻っているところを見ると、適当としか思えない。


「……なにやってんだ?」


「えっ? 暇だから遊んでるんだよっ。分からなかった?」


「分かるかっ。そんなデタラメにいじったらマズいんじゃないのか?」


「ええ? でもドクター剛武郎博士は、この辺のは全部飾りだから大丈夫だって言ってたよ?」


「しょうもないもんこさえてんじゃねえよバカ親父!」


「んーとね、この、これっ」


 と、沙詠は正面にあるレバーのようなものを指差した。


 ヘリコプタの操縦桿に似ているかもしれない。

 よく見れば、拳銃のようなトリガがついていた。


「これがデメキン・オーバーホール・キャニオンの発射装置。これだけは、指示があるまで触っちゃダメって言ってたの」


「ふぅん……」


 いったいそれはなにを発射する装置なんだ?

 偶然にも略称はDOCのままだが。


 そんな会話を交わしているところへ。


「おい、さっきからなんの話してるんだよ」


 妙に男っぽい口調の、委員長の声がした。

 続いて、


「あ、後ろに直さんがいらっしゃいますのね」


 お嬢様口調の委員長。


「えーマジかよ! っていうか、ほかの4人ともつながってるカンジしね? まじっパネえんだけど!」


 ……なんかすごい口調の委員長。


 なんだかバラエティに富んでいるが、こんなんで5点同時攻撃など出来るのだろうかと直は不安になる。


「5点……あれ、1人足りなくない?」


「……………………」


 なにも聞こえない。

 しかし、眼前のダブって見える委員長の1人が小さく手を上げるのが見えた。


 どうやら、残る1人は無口キャラらしい。

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