第11話 0.5時間の世界を賭して(2)

 ……放置してきたはずなのだが、基地を出て道を歩いていると、いつの間にか横の塀をエムが歩いている。


「おい、なんでついてくる」


「僕は君のためにいるんだ。片時も離れはしないよ」


 だからな……ひょっとしてこいつ、わざとやってるんじゃなかろうか。


 この世界がアニメ化されたとしたら、俺の声優は緒方恵美になるのか? だいぶ声が高くなってしまうが……などとあらぬことを考えていると、


「ういーっす見神楽くん」


 後ろから肩を叩かれた。


「うわ! ぎゃ!……委員長か」


 沙詠は、てってって……と直の前に出ると、くるりと向きなおって妙な表情をした。

 笑みを浮かべたまま眉をひそめるという、なかなかにバランスのとりづらい顔だ。


「なに? ぎゃって。驚きすぎじゃない?」


「いや、うん、まあ、行きはいつも会わないからさ」


「ふ~ん?」


 直が適当にごまかすと、沙詠は例の、口をアヒルみたいにひん曲げた妙な表情を浮かべる。


「私はいつもどおりだよー。見神楽くんが遅いの。なにかあった?」


「べ、べつに。いつも適当に出てるから」


 まさか猫と会話してて遅くなったなどと言えるはずもない。


 二人は学校へと向かう坂道に点在する、その最初の階段道路を上り始める。


 エムはいつの間にか姿を消していた。

 片時も離れないとかなんとか言ってたので近くにはいるのだろうが。

 やはり沙詠に見つかるのは都合が悪いのかもしれない。


 直はそんな感じに黒猫に意識を取られていたので、沙詠がなにか言ったのを聞き逃してしまった。


「ごめん、なに?」


「んもう。見神楽くん、ひょっとして、朝は弱い人?」


「そういうわけじゃないんだけど」


 まったくしょうがないなぁ、と呟き、沙詠がもう一度なにかを言いかけたときだ。


 激しい揺れが唐突に二人を襲った。


「わわっ!」


「またか……」


 ただ地面が揺れているだけ、ではない。

 昨日と同様、吐き気がするし視界も歪んでいく。


 っていうか、またこのパターンかよ!


 余裕がないながら、心の中で直はそうツッコむ。

 しかし今度は、沙詠はエムに吹っ飛ばされて気絶することはなかった。


「ふぎゃ!」


 沙詠は1人で足を踏み外して、階段を転がり落ちていった。


「委員長!」


 直は慌てて追いかける。

 どこからかエムが現れて、倒れている沙詠の顔を覗き込んでいた。


「心配ない。気絶しただけだ」


 黒猫の言葉に、ほっと息をつく直。


「まったく……」


 そこからは昨日と同じ展開だった。エムが呼んでくれたらしく、秒針が1周するより早く2人の『隊員』が現れ、沙詠を連れて行った。

 直もついていこうとしたが、エムに引き止められた。


「基地に行ったほうがいい。いずれにしろ、もうすぐ司令から連絡が来ると思うが」


「……その連絡、着信拒否できないのか?」


「可能だ」


「じゃあ頼む。どうせ行かなきゃならないんだ。あの不愉快な声は、聞かないにこしたことはない」


 ただでさえ吐き気と乱視みたいな視界のせいで不快なのだ。


「了解だ」


 直とエムは揺れる街を基地に向かって引き返した。


         ※


「ふははははは」


 でも結局、基地のブリッジで待ち受けているのは剛武郎なのだった。


「驚いたかね見神楽直くん。三日連続で敵が現れたりなどすれば、まあ無理もない。相手はこちらの都合など考えてはくれないのだ」


「……過労で訴えるぞ」


 まあ次元怪獣に賃金の請求はできないだろうけど。


「状況を説明しましょう。……卯ノ花オペレータ。モニターに表示を」


「はい」


 ブリッジ奥にいる担任――じゃなかった、オペレータの卯ノ花舞花が副司令の指示に答え、手元のキーボードを操作する。


 学校から飛んできたのだろうか、普段見かける教員姿のままだった。


 すぐに正面の大型モニターに画像が表示される。


「ん? なんだこれ」


 直は不審げな声を上げる。


 画面には、サイコロみたいな立方体が1個、中空に浮いているだった。


 周りを魔法少女姿の沙詠が飛び交ってたりはしないので、戦闘はまだ開始されていないらしい。


 剛武郎が告げる。


「表面上まったく静止しているように見えるが、それは我々の次元での話だ。実際には現在、目標は分裂と拡大を続けている。特殊な視覚を持てば、内向きにフラクタル図形が細密化していく様子が見られるだろう」


 意味が分からないし、見たいとも思わない。


「簡単に言えば、目標は現在準備期間ということです」


 副司令が説明を引き継ぐ。


「内向きの分裂と拡大が臨界を超えると、それは一挙に外へ向かって爆発します。箱の中にゴムボールをつめているようなものですね。箱が壊れればボールは辺りに散乱する」


「測定によれば、準備期間はあと11時間程度」


 舞花の言葉に、直はモニター端の現在時刻を見る。


 午前9時5分。

 タイムリミットは午後8時ころというわけだ。


「じゃあ余裕じゃないか。昨日みたいに杖でぶっ叩いて倒せばいいんだろ?」


 触手が周りで蠢いているわけでもなし。

 前回より簡単なくらいじゃないか。


 直はそう思うが、しかし副司令は首を振る。


「前回の杖――DLLは、べつの並行世界においても同質な発生の仕方をしているという、ごく一部のパターンのテセラクトにしか効果がないの。今回は、あの武器は使えない」


 分かったような分からないような。


「前回、ロッドで攻撃を受けた個体は『この世界』にしか存在できなくなる、という話があったわよね。それは『この世界』以外での個体も、まったく同じ場所に、同じように居てくれた場合の話なの。でも大抵の場合、並行世界の同一固体は違う状態でしょ」


「ああ」


 確かに。

 並行世界の委員長は全部が全部『この世界』の彼女とは別物だ。


「今回の目標も同じ。というより、これから現れるテセラクトは全てそうだと思われます。最初と前回のものがむしろ例外」


「それじゃあ、結局あれはどうやって倒せばいいんだ?」


「無論、対策はあります。今回の目標は現在、内向きに分裂と拡大を繰り返しています。並行世界においては、まったく同じ場所に存在するわけではないけれど、その範囲は定まっています。この場合の対処法は、内向きに強烈なエネルギィを叩き込込み、破壊することです」


 卯ノ花オペレータ、と彼女は呼びかける。


「第3格納庫を表示して」


「はい」


 テセラクトを映していた大画面が切り替わり、倉庫のような風景が現れた。


「これは……」


「DOC――ディメンション・オーヴァドライヴ・キャノン。電気エネルギィを変換し、余剰次元――すなわち内向きの方向へ破壊のエネルギィとして伝えることのできる砲塔よ」


 直は息を呑む。

 画面には巨大な砲台が写っていた。

 その形状は、大砲というよりはビーム兵器。


 問題はそのサイズだ。

 一緒に、作業をしている人間が何人か映っているが、それと比較すると分かる。

 高校の校舎と同じくらいはあるだろう。


「はーははは、どうだね驚いたかね見神楽くん」


 剛武郎が得意げにバカ笑いしている。


 悔しいが今回は本当に驚いた。

 これはでかすぎだろ。


「まったく同じものが5台ある。今回の作戦は、このディメンション・オーヴァドライヴ・キャノンによる5点からの同時攻撃である」


「こんなでかい武器を5台も稼動させるって、そのエネルギィはどこから来るんだ?」


 籠鳥町全域を停電にしたって、全然足りないだろう。


「まあ、そうだな。とりあえず地球上の全都市から30分間、電気をもらうと、ちょうどいいくらいだな」


 剛武郎は軽い感じでそんなことを言った。


「…………」


「エヴァの6話と9話のパクリとか言ってはいけないぞ見神楽くん!」


「なんも言ってねえだろ!」


 瞬間的に心を読んで重ねてくるのはやめてほしい。


「でも、電気をもらうっていったって、どうするんだよ。今から世界中に電柱立てて電線張り巡らすわけにはいかないだろ? それに、どうやって許可をとるんだ?」


 剛武郎はますます得意げに笑みを浮かべる。


「物理的なことは問題がない。詳しい話は省くが、無線によるエネルギィの効率的な伝達技術が我々にはある」


「じゃ、許可のほうは?」


「そのために、用意してある人間がいる」


 入りたまえ、と彼が言うと同時、ブリッジの扉が開きその男が現れた。


 機械音声が「カーネル・アッシュフォード・タンストール、ブリッジイン」と告げる。


 金色の長髪を後ろで一つに束ねた、欧米系らしいその男は、青色の瞳でブリッジを見渡す。


「カーネル・タンストールに任せる。それが最適な選択」


 笑みを浮かべそう告げる彼は、なぜか、かすりの着物に袴に刀――いわゆる侍のいでたちだった。

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