第13話 0.5時間の世界を賭して(4)
「信じるのだよ! 君たちは選ばれた可能性だ! 1023分の5の倍率で選ばれたのだよ! たとえなにもせずとも、君たちは必ずや成功する。次元怪獣を殲滅し、人類を、宇宙を、そして世界を救うだろう! 絶対にだ!」
5人の沙詠と直が砲台へ向かう前のブリーフィングにて。
剛武郎はそう、なんの迷いも惑いもなく言い放っていた。
そしてそのあとの副司令の説明によれば、だ――
「例えばここに、5人の高校生がいたとしましょう。彼らは柔道部員で、1ヵ月後に大会を控えている。さて、ここで彼らが大会で優勝するためには、残りの1ヶ月練習を続けるべきか、それとも練習をまったくしないべきか」
「そりゃ、しないよりはしたほうがいいだろ」
「働かざるもの食うべからずだねっ」
いや、それは違う。文章は合ってるが断じて違う。
答える2人に、曜子は首を横に振る。
「練習をしてもしなくても、彼らは大会で絶対に優勝できるわ。なぜなら、彼らの世界では、対戦する相手が全員食中毒で入院することになっているから」
「わぁお、超ラッキー。鼻からボタボタ血が出るねっ」
……ひょっとして、棚からボタ餅か?
「んないんちきな……」
と言いかけて直は気づいた。
つまり、自分たちがその柔道部員だと彼女は言いたいのだ。
射撃の訓練をしようとしなかろうと、タイミングの練習をしようとしなかろうと、作戦は絶対に成功する。
なぜなら、5人の沙詠は、1023人の中から選ばれた、『絶対に作戦が成功する』ルートにある5人なのだから。
それはすでに決定された未来。
すでに綴られ、読み尽くされた一冊の本。
幾度も語られ、ひも解かれた一つの物語。
決定された歴史に変更はない。
俯瞰される並行世界の出来事は、この世界の1秒後よりも確定的なのだ。
だからこそ。
そのためのキューティ・パンツァー・ユニットなのだろうと、直は思う。
絶対に失敗することのない部隊として、彼女たちは集められたのだ。
だとしたらなおのこと。
そこに自分が必要になってくるのだろうか。
あるいは、なにかべつの理由があるのだろうか。
あの剛武郎のことだ、裏でまだなにか企んでいるのかもしれない。
※
時間は現在に戻り、作戦開始直前のDOCの中。
『準備はいいかしら』
オペレータの舞花の声がした。
今日の沙詠はインカムをつけていない。
声は、どこかにあるスピーカーから出ているのだろう。
「準備万端! いつでもどこでもオッケーです!」
「おうよ」
「よろしいですわ」
「つーかさぁ、さっさと終わらしちまわね?」
「……………………」こくん。
5人の沙詠がそれぞれに応える。
まあ、準備もなにも、こっちですることはべつにないんだけど。
『照準はこちらで合わせます。あなたたちがすることは、モニターに表示される数字に合わせて引き金を引くこと。それだけよ。数字は30からカウントダウンされます。コンマ1秒まで全ての桁がゼロになると同時に、引き金を引いてください』
「りょーかいであります!」
敬礼しながらそんな返事をする沙詠。
ほかの4人も口々に答える。
苦笑が漏れ聞こえてくる。
『それじゃあよろしく。10秒後にカウントダウンを開始します』
通信が切れた。
さすがに黙る沙詠たち。
カウントダウンが始まった。
モニター中央に大きく、赤い数字が現れる。
それを、直は息を呑んで眺めている。
ここで、自分ができることはなにもない。
ただ黙って、沙詠を見守っているしかない。
沙詠はみな緊張の面持ちでモニターを睨んでいる――と思いきや、1人が笑みを浮かべ、よそ見をしている。
ツインテールの沙詠だ。
直のほうに顔を向けていた。
「直っち――ありがとう、楽しかったよ」
「え……」
その不意打ちの発言に、一瞬気を逸らされたが、直はすぐにモニターを見る。
カウントダウンは、残り15秒しかない。
「委員長! 前! 前!」
「ダイジョーブだよ」
沙詠は笑みのまま前に向きなおり、引き金を引いた。
「私たちは、絶対に外さない。そう決まっているんだから」
その言葉どおり、ほかの4人の沙詠も、まるでずれることなく、完璧なタイミングで引き金をひいていた。
巻き起こる轟音と、光の圧力。
昨日と同じように、直の意識は吹き散らされた。
※
その瞬間。
地球上の人工的な光を30分間闇へと転じて集められたエネルギィが、5ヶ所へと収束した。
そしてそれぞれから、光の線が、中央の一点に向かって伸びていった。
まるで新たな恒星がそこから生まれるかのように、大地の一点が強烈に輝きを放つ。
しかしそれも一瞬。
光は即座に凝縮され、消失して、あとにはなにもない空間があった。
※
直が機械から出てきたとき、やはり沙詠はもういなかった。
あの、かなりレアなタイプの委員長と会話する機会は、もうなくなってしまった。
ほかの4人もこの世界にはもういないのだろう。
「…………」
直は、大声で慰労の言葉を放っているやかましいバカを無視しつつ、公園を出た。
自分の世界の委員長がいる、籠鳥第一病院へ向かう。
気がつくと、傍らの塀をエムが並んで歩いていた。
「……なあ」
ふと思って、直は呼びかける。
エムはひげをぴくりと動かしてこちらを見てくる。
「作戦前にお前が俺と委員長を呼びに来たときにさ、委員長がなんて言っていたか分かんないかな」
「ああ。あれなら記録に残っている。再生しようか?」
「できるのか? なら頼む」
頷くと、エムは目を光らせ、ひげを長く伸ばした。
そして口を開くと、そこから委員長の声が聞こえてくる。
『あーあ……』
ノイズ交じりの声。
『ずっとこうしていられたらいいのに』
「…………」
あいつ……直は歯噛みする……永久に回収しようのない伏線だけ残していきやがった。
なんだろうか。
彼女は自分の世界では、望まない境遇に置かれているのだろうか。
それとも、悲しいことがあって、それをこっちにいる間は忘れていられた、とか。
しかし、いくら考えたことで、答えが出るはずもない。
もしかすると、剛武郎たち次元怪獣迎撃対策課の面々は、彼女の事情を知っているかもしれない。
『この世界』以外の1023の世界の出来事は俯瞰することが可能なのだから。
けど——それをわざわざ聞こうとは、直は思わなかった。
あのツインテールの委員長のことを、違う世界から見た物語として知ってしまうくらいなら、知らないままの現実にしておいたほうがまだマシだ。
直はそう思った。
※
…………第3回作戦成果:テセラクト『撃破』数1、大隈沙詠『帰還』数5。
残数:テセラクト12、大隈沙詠901。
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