第7話 壊れる世界の魔法少女(1)

 直は黒猫を連れて基地へ戻った。


 今朝出るときに渡されたIDカードを使って、入り口のゲートを抜ける。


 昨日はしょうもないギャグを言ったせいで総統閣下の不興を買ったガミラス軍人みたいな目にあったが、今日は長い長いエスカレータで地下に降りる。


 基地に入ると、不思議と揺れを感じなくなった。

 普通の地震ではないとのことだから、普通ではない対策が施してあるのだろう、きっと。


 なんにせよ、基地まで来るだけで気持ち悪さがかなり限界だったので助かった。


 エスカレータを降りた後はどう行けばいいのだろうと思っていたら、黒猫が『こっちだ』と言わんばかりに走り出したので、直はついていく。


 そうして辿り着いたのは――


「…………」


 ふたたび、あまりにも『いかにも』『そのもの』な司令室、オペレータールーム――あるいはブリッジでも艦橋でもいいが――だった。


 しゅん、と音がして扉が開き、直は中に入る。

 機械音声が「ナオ・ミカグラ、ブリッジイン」と告げた。


「待ちかねたぞ見神楽直くん!」


 相変わらずなテンションとノリで剛武郎が言ってくる。


 しかし、直の視線はまったくそちらを向いていない。


 剛武郎が座る席の奥、入り口よりもだいぶ低い位置に複数の座席があり、レーダーや計器パネルや操作盤が並んでいる。


 そこに、母親の曜子だの担任教師の卯ノ花舞花だのが当たり前のように座っているように見えるのだが、そんな状況ももう想定済みなので驚きはしない。


 直の視線は、そして驚きの対象は、正面のモニタにあった。


 その大画面の中、魔法少女が戦っていた。


「……………………はあ?」


 直は思わず声を上げた。


 紛れもなく彼女だ。


 大隈沙詠。


 それが、無駄に露出度が高くて、無駄に装飾の多い衣装を身に着けて、自分の身長より長い杖を手に、住宅の屋根を飛び回っていた。


 そしてそれを追う敵――木の蔓と言おうか、軟体動物の脚と言おうか。

 ええい面倒くさい、あれはどう見ても触手だ触手!


 ようするに、どう見てもSFではなかった。

 女の子向けの戦闘アニメ、あるいはアダルト・オンリィなパソゲー――しかもややマニアックな――のごとき状況だった。


「なんだあれ!」


 直は大声を上げる。

 もう上げるしかない。


「なんだはないだろう見神楽直くん。あれが、我々の今回の目標だ」


「いやいやいや、昨日出現したのと全然違うじゃねえか」


 直の言葉に、剛武郎はやれやれというように首を振る。

 非常に腹立たしい。


「相手は人間が知覚できる次元を超えて存在する物体なのだ。外見的特徴の差異など、奴らにとっては些細なことなのだよ」


 だったら昨日の時点で説明しとけよ。

 こっちにも心の準備ってものがある。


 いや、まあ、そういう敵が登場する作品もある。

 直はふと某ロボットアニメを思い出して、慌てて頭から追い払う。

 フィクションと現実をごっちゃにしてはいけない。


「エヴァの使徒みたいだなぁパクリかなぁとか思ってはいけないぞ見神楽直くん!」


「固有名詞をはっきり出すなって昨日も言っただろうが!」


 なんなんだ。

 心を読んでるのか? 


 変な地震による気持ち悪さは治ったのに、べつの理由で今度は頭痛が発生しそうだ。


「司令!」


「なんだね卯ノ花くん」


 直の担任……のはずだが今はオペレータとでも呼ぶべきだろう……の舞花が言う。


「住民の避難が完了しました。いつでも作戦を開始できます」


「うむ」


 司令は無駄に大仰に応える。


 目配せをすると、副司令が頷き、眼鏡の位置を正しながら告げる。


「これより、第2次テセラクト殲滅作戦を始動します。TYPE-DLLに推移。戦術パターンは2969874よ!」


 彼女の命令でブリッジ全体が慌しくなる。


 剛武郎はそれを満足げな表情で眺めている。

 満悦とか、恍惚と表現してもいいかもしれない。


 直はもちろん冷めた表情だ。


「さて、曜子くん、直くんを案内してあげたまえ」


「はい、司令。こちらへどうぞ、見神楽直くん」


「……へいへい」


 あくまで副司令の態度を取る彼女についていく直。

 黒猫もその足元にまとわりついてくる。


 ブリッジを出て、エレベータで上の階へ。


 その間、彼女は『いかにも』な口調を崩さないまま説明してくる。


「今回の敵は理想的な状態で出現しているわ。というのはつまり、殲滅する側にとって、ということですけど。今回は、我々が考案したうち、もっとも安全、かつ完全な方法を適用できます」


 直は話をおおむね頭に入れつつも、べつのことを考える。


 いつもの母とは全然雰囲気が違う。

 普段はもっとのんびりというか、のったりしてて、言ってしまえばなにも考えていないような人である。


 それが目の前の彼女は、外見も態度も文句なく『副司令』である。

 果たしてこれは、剛武郎に強制されたものか、それとも自分から望んだものか


 ……まあ、どっちにしたところで、ため息ものなことに変わりはないが、と直はふるふると頭を振る。


「……具体的な作戦は沙詠ちゃんに伝えてあります。あなたは指示に従って、彼女をサポートしてあげて」


 説明の終了と同時に着いたのは、昨日と同じ教室大の部屋だった。


 大量の機械が設置されており、中央には卵型の装置——PNGがある。


 昨日同様、白衣を着た小屋凪リリカが笑みを浮かべて直を迎える。


「やあやあ、今日もよろしく頼むよ見神楽くん」


「はあ、こちらこそ……」


 一応そう挨拶する直。


 養護教諭のリリカとは、学校では数回しか話したことがない。


 たしか体育の授業で転んで擦りむいたときと、授業中に頭が痛くなってしまったときと——あと、一年生のときに廊下で座りこんでいる女子生徒がいて、保健室に連れていったことがあった。


 その生徒は貧血だったらしいけど。


 ん、そういえばあの生徒って……。


「どうかしたかい、見神楽くん?」


「あ、いえ」


 リリカに言われ、直は首を振る。


 今は過去の出来事を思い返している場合ではないだろう。


 促されるままにPNGに乗り込む。


 昨日同様、卵型の装置は閉じられ、水に浮いているような感じになって、身体の感覚がなくなっていく。


 意識がだんだんと、眠りに向かって堕ちていくような、昇っていくような……


 ……

 …………


「うわ!」


 気がつくと、直は民家の屋根の上を激しく動き回っていた。


 といっても自分の意思でではないし、そもそも自分の身体がなかった。


 すぐそこに沙詠の後頭部が見える。

 さっきモニタで見た例の服装で、触手相手に杖を振り回している。


 直はその動きに勝手につき合わされているのだった。


 沙詠の頭だけはしっかりと視界の一角に固定されているが、それ以外のものが目まぐるしく動き回っていた。

 右から左から触手は襲ってくるし、それから逃れるために沙詠が飛び回っているので、視界はガクガクと揺れ動く。


 昨日は沙詠がほとんどその場から動いていなかったので平気だったが、自分の意思によらずに人の動きをトレースさせられるのはかなり厳しいものがある。


 足元の屋根から空へ視線が飛んだかと思うと、目の前にヌラリと触手――紫色。なんか液体を滴らせている。気持ち悪い――が現れる。

 杖が横切り、それを吹き飛ばす。

 いきなり風景が高速で回転したので何事かと思えば、後ろの触手を撃退するために沙詠がその場でターンしたのだった。


「ちょ、待って、ストップストップ」


「お? 直くん来たの? ——わひゃ!」


 直の声に反応した沙詠が着地の瞬間に足を滑らせる。


 そこへ、抜け目なく触手が飛んできて沙詠の足首に絡み付いた。


「うわ、ひゃあああ!」


 そのまま宙へ持ち上げられ吊り下げられる沙詠。


 その眼前には槍のように鋭い触手が迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る