第8話 壊れる世界の魔法少女(2)
あっという間にピンチに陥ってしまった沙詠。
そこへ通信機越しの声が聞こえてくる。
『落ち着いて大隈さん。手にしたDLLで対処よ』
「はいはーい!」
見れば沙詠は魔法少女めいた服装にふさわしい……ような、そうでもないような見た目の杖を手に持っていた。
強いて言うなら、メビウスの輪をさらに捻じ曲げながら引っ張って伸ばしたような、要するによくわからない形状だ。
沙詠はそれを一振り。
それだけで、彼女の目の前に迫っていた槍型の触手が弾けるように消えた。
さらにもう一振りすると、彼女の脚に絡み付いていた触手も消失。
沙詠は新体操の選手のような優雅さで屋根の上に着地した。
「ふう」
一息つくと、沙詠は心なしか背後——直がいる方に振り向くような感じで言ってくる。
「もー脅かさないでよ。危うくモザイクなしじゃ放送できないヤバい絵面になるところだったじゃん」
「わ、悪い」
なんか怒られたので、仕方なく謝っておく。
理不尽な気がしないでもなかったが。
「おやおや〜、なにを想像したのかな? ヤバい絵面って内蔵ぶちまけちゃうグロ系って意味だったんだけどなぁ」
「くっ……!」
そういう意味か。
たしかにさっきの槍ならそうなる可能性のほうがずっと高い。
「仕方ないだろ……そんな面白い格好されたら、シリアスになんてなりようがない」
と直が言い訳がましく言うと、沙詠は不思議そうな顔をして、
「え? 定番じゃない? ほら、3話くらいでマミられたりしてさ」
「マミ……? なに、なんだそれ?」
仁丹を使ってテレポーテーションするエスパー少女の話か?
「え!? あ、そうか。まだ放送されてないんだ……」
となにやら意味深なことを呟く沙詠。
なにそれすごい気になるんだけど……。
『盛り上がっているところ悪いけど、本題に入っていいかしら』
と、そこへオペレータの舞花の声が聞こえてくる。
「あ、ごめんごめん! えっと、なんだっけ?」
『その武器の説明よ』
どうやら直が現れる前はそんな話をしていたらしい。
「そうだそうだ。DLLとかいう武器。正式名称は、えっと……」
『デコヒーレンス・ロジカル・ループドロッドよ』
「そうそうそれそれっ。で、いったいどういうものかというと、並行世界の重ねあわせ状態を収束させて……えーっと……対象を閉じた円環系の内部に……うーんっと……」
「…………」
「とにかく! すごく強い武器なの!」
子供かお前は。
直に説明してくれようとしたっぽいが、なにもわからなかった。
直の思いに同調するかのように、インカムから苦笑のような吐息が漏れてくる。
『簡単に言うと、テセラクトはいくつかの並行世界に同時に存在する個体なの。だから、私たちがどんなに強い武器で攻撃しても――たとえそれが核兵器みたいな破壊力でも――倒せるのはその一部だけ。ほかの世界に現れている部分は無傷。それを解決するのがそのロッドよ』
「へー……」
と感心したように声を上げたのは直ではなく沙詠である。
理解しているわけではないらしい。
『そのロッドは対象に触れることで、ほかの並行世界における存在を消し去る効果を持つ。つまり、それで攻撃を受けた個体は、「この世界」にしか存在できなくなるのよ。そうなれば、私たちが有する通常の武器でも、殲滅は充分可能となる』
「なるほど」
直は概ね理解できたので頷く。
沙詠のほうは首をかしげている。
『ちなみにそのロッドは、通常の武器としての能力も備えています。だから、それで目標の急所を突きさえすれば、対象は並行世界においても「この世界」においても消滅する。それで今回の作戦は終了よ』
「よーするに! 一撃必殺すごい武器! それがこのDLL!」
沙詠はたいそう大雑把にそう告げる。
まあしかしだいたいわかった。
前回のテセラクトは『この世界』だけに出現している、という話だったが、今回はそうではない。
ほかの並行世界にはみ出して出現している。
そのはみ出している部分を、この魔法少女の杖みたいなやつで叩いて、この世界に集める、という感じなんだろう。
それ以上の詳しい原理やらなんやらはきっと直にも理解できまい。
「それで今回は、あのナイフ——えーと、XLSだっけ? あれは使わないんだな」
あれは『この世界』に出現しているテセラクトにしか通用しない、という話だった。
『いえ、XLSは今回も使用しているわ。『この世界』の因果の中では、あれが最強の武器であり防具だから』
「え、どこに?」
「えへへ」
と沙詠が笑いながらポーズを取る。
身につけている魔法少女の装束を強調しているらしい。
「なるほど……」
前回はどこぞの試作3号機に取り付けられそうな兵装に変形したが、今回は対触手用戦闘服というわけか。
「うねうねゆらいでるこいつらの攻撃を避けるには身軽じゃないとね。バリアみたいのも張られてるから防御力も高いんだよ」
「そのわりにはさっき捕まってたようだが」
「……それはそれ、これはこれ!」
いやどう考えても同一事項だろ。
『あと1分ほどで目標を確実に殲滅できるポイントが割り出せるから、それまで退避行動を続けてちょうだい』
舞花が淡々とそう告げてくる。
いやいいのかよそれで。
はなはだ不安になってくるが、
「はーい」
沙詠はそんなお気楽な返事をする。
そしてしばらくは、本当にお気楽な持久戦が続いた。
沙詠は迫り来る触手の攻撃をスイスイとかわしていく。
ときにはロッドを振って消失させていく。
どうやら装着している魔法少女の装束には、身体能力強化の効果もあるみたいだ。
……のはずだったがしかし。
「ねえ」
若干不安そうな声で沙詠が言ってくる。
「僕の気のせいかもしれないけどさ……」
「いや、気のせいじゃねえよ」
触手の数が増えていた。
襲ってくるのを倒しているのだから、数は減ってもよさそうなものなのに。一度にこちらを攻撃してくる本数は、むしろ増えていた。
「どうなってんだよ!」
声を上げる直に、インカムから舞花の声。
『どうやら、ほかの並行世界から個体のパーツが集まってるみたいね。人間だって、頭を狙われたら、腕を集めてガードするでしょ? それと同じよ』
そんな当然のように言われても。
並行世界だかなんだか知らないが、直にしてみれば、無限に増殖しているようにしか感じられない。
「ポイントの割り出しってのはまだなのか? そろそろきついぞ」
『――今完了したわ。そちらに映像を送るわよ。沙詠ちゃん。スクリーンを表示して』
なんとか間に合ったようだった。
「はーい」
舞花の指示に応えて、沙詠はインカムの、耳を覆う機械部分にあるスイッチを押した。
するとそこからバイザが現れて、両眼の視界を占領する。
赤いラインや矢印、文字などで表示がなされている。
「それじゃ、いこうか見神楽くん」
「あ、ああ」
沙詠は完全な退避体勢から転換、身体の向きを変える。
触手の根元が集まっているらしい方向へ駆けていく。
すると。
「うわぁ!」
触手の動きが急に激しくなった。
沙詠が通常の3倍の速度なら、相手は5倍か10倍。
目で追えないほどの速さで、うねり、うごめき、襲い掛かってくる。
おそらく、こちらが自分の弱点に向かってくることに気づいたのだろう。
「こ、これは」
「ちょっときびしいかも……」
動きが遅いとか速いとかいう問題ではなかった。
あっという間に増殖した触手が網のようにからみあって、沙詠を取り囲んでしまった。
前後左右上下、どちらにも逃げ道がない。
「えい!」
沙詠は、触手網の一角にロッドを一閃するがまるで効果がない。
触手はすでに密集しつくして、内臓器官の内壁のような平面と化している。
うぞうぞと蠢き、ぬらぬらと光っている。
「うわぁ、気持ち悪いよ」
「落ち着いた口調でそんなこと言ってる場合か!」
「そうだよね。このままじゃ僕、リアルでごらんの有り様になっちゃうよ!」
それはなんか意味合いが変わってくるからやめとけ。
「んなこと言ってる場合かって! ……ほんとにやばくないかこれ」
うねうねと波打つ内壁が、少しずつ範囲を狭めてくる。
ところどころから、細い触手が伸びてきて、攻撃の隙をうかがっている。
「うん、どうしようか……」
沙詠も、シリアスな口調になってしまった。
そのとき。
『はーはっはっはっは! お困りのようだね見神楽直くん!』
バカのバカでかい声が聞こえてきた。
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