第5話 共に世界を救うルート

「でね、1023の並行世界のほかにも世界はあるのかもしれないけど、それ以上は、遠すぎるのか、なんらかの断絶があるためか、観測不可、なんだって」


 沙詠は話の続きに戻る。


「そして不思議なことに、『この世界』に所属する人間は、『この世界』を除く1023の並行世界について、誕生から消滅まで全ての歴史を辿ることが可能なのだよん」


 まるで一冊の本を読むように。

 一編の物語を眺めるように。

 世界を俯瞰することができる。


 さらに不思議なことには、そうして知り得た情報を、その世界の住人に教えることはできないのだそうだ。


 だから、『この世界』の剛武郎が、ここにいる並行世界の大隈沙詠に直接「君の未来はこうなるよ」などと伝えることはできないのだ。


 いま彼女が100人の村的統計を語れたのは、自分の世界がそのどれに属するのかを知っているわけではないから、だそうだ。


 どこまで本当なのか、直には分からないが。


「今のところですね、『この世界』を含めた1024の世界の中で、並行世界との接触を可能にする技術を持っているのは『この世界』だけです。そうなるっと!」


 ぴしっ、と沙詠は『教師が持っている伸び縮みする棒』の先端で、ボード中央の大きめの丸――『この世界』を示した。


「これも不思議なことですが、自動的に『この世界』が1024の世界の中心となるのです。観測者の存在によって結果が変動する量子力学的な効果がどったらこったらと剛武郎博士は言ってましたが、私にはよく分かりません! ここ重要!」


 分からないことが重要みたいに聞こえたが、多分『この世界』が中心になることが重要と言いたいんだろう。


 ツッコみたいのを我慢して、直は黙って説明を聞く。


「並行世界の中心点。ほかの1023の並行世界の観測が可能な『この世界』。全並行世界の征服を目論むテセラクトたちは、ここを攻めようとしています。テセラクトの能力的には観測=干渉であり、干渉=支配である。だから、『この世界』が陥落すると、自動的にほかの並行世界もテセラクトのものとなってしまいます。だから! 我々は! 全力で彼らの侵攻を阻止せねばならないのであります!」


 沙詠はひとりで盛り上がって、最後は怪しげな演説口調で締めくくった。


「…………」


 直は無言でそんな彼女を見る。

 怪しいというなら、口調どころかなにもかも全て怪しい。


 嘘だ、と言ってしまうのは簡単だ。


 しかし、1023人の委員長がいたのは本当だし、テセラクトによる街の破壊も本物。


 もしなんらかのトリックが使われていたとして――方法はともかく――直を騙す意味がない。

 ここまで大掛かりなことをやっておいて、ただの悪戯だったなんてことはあるまい。


 ならばこれは、事実なのだろうか、やはり。

 嘘くさくてバカらしい設定とは裏腹に。


「質問」


 直は手を上げて言った。

 沙詠はノリノリで棒の先端を直に向ける。


「はい、見神楽直くんっ!」


「いくつかあるんだが……」


「うん。なんっでも訊いて」


「じゃあ……さっきバカ親父が言ってた余剰次元ってのはなんだ? それはその図だとどこに入るんだ?」


 たしかテセラクトはそこから来るとか言ってたが。


「うーんとでっすねー」


 と沙詠はメモ帳を取り出して、


「我々の生きる世界は、前↔後・左↔右・上↔下の3次元空間と、過去↔現在↔未来の1次元時間で構成されている。しかしそれは、人間にはそこまでの次元時空しか認識できないというだけの話だ。実際には、5次元以上の空間が存在すると言われている。10次元目、あるいは11次元目まであるとも言われる、我々には認識不可能なそれを、余剰次元と呼ぶ」


 棒読みだった。

 たぶん剛武郎が話した内容をそのまま言っているだけだろう。


 沙詠はホワイトボードに向き直ると、


「余剰次元はマクロレベルで空間の内側に丸め込まれた特殊空間なのでー……えーと、」


 と唸りながら、棒でゴマ粒とゴマ粒の隙間を指し示す。


「この、辺、だよ?」


「なぜ疑問形……」


「そんなの適当でいいの。『この世界』や『並行世界』は私たちの住む人間の世界だけど、余剰次元はテセラクトの国。そんな感じ! もう、次の質問はっ?」


 なぜか怒られた。

 仕方ないので直は話を変える。


「委員長たちは、テセラクトを倒すために親父が集めたんだよな?」


「そっだよん」


「だったら委員長たちを元の世界に戻すこともできるんじゃないのか? それで、テセラクト退治をしたいなら、親父たちで勝手にすりゃいい」


「戻すことはね、できないんだって」


 なんて無責任な。


「そしてね、テセラクトを倒すには、どうしても私の力が必要みたい」


「うーん……」


 直は思わず腕を組む。


 これだ。これが、さっきからずっと気になっていた。


「なんで委員長なんだ? 親父は、人類で唯一テセラクトに対抗しうる力を持つとかなんとか言ってたけど、委員長がそれになる――人類防衛の要になるほどの力……その力ってなんだ?」


「うーん、とってもいい質問だね」


 手にしていた棒を、短く戻す沙詠。


「だけど、残念ながらそれに答えることはできないのだよん」


 沙詠は棒でポンポンと自分の肩を叩きながら首を傾げる。


「なぜなら、私も教えられていないから。私がどうやってテセラクトを倒すかを知らされるってのは、さっき言った、自分の世界の情報を知ることに該当してしまうの。だから、ぶっつけ本番、そのときにならないと、自分の力がなんなのか、どうやってテセラクトと戦うのかは分からない。ただ――」


 ただ、剛武郎博士は、1023人の大隈沙詠のうち、1023人全員が、見神楽直と共に世界を救うルートなのだ、と言っていたよん。


 そう告げて委員長は、照れ隠しのような笑みを浮かべた。


         ※



 結局、詳しい説明を聞かされても、直にはまるで実感が湧かなかった。


 アニメの設定資料集だけを渡されて、そのアニメを観た気になれとでも言われたような、頼りない気分。


 テセラクトとの戦闘はすでに経験している。

 今日の登校途中、破壊された街を目の当たりにしてもいる。


 それでもなお、まだ全部が嘘のような。

 みんながみんな、寄ってたかって自分を騙しているかのような。


 そんな現実感の無さが拭いきれなかった。

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