第4話 ここにある世界は

「おっはよー見神楽くん」


 直が教室の自分の席に座ってボケラっとしていると、肩を叩かれた。

 見れば大隈沙詠が笑みを浮かべていた。


「……おう」


 直は適当な返事を返す。


「昨日、大丈夫だった? 別れた直後にあんなことになって……」


「ああ、俺はなんとも。そっちは?」


「私も、このとおり」


 と委員長は両腕を上げて見せる。


 教室のそこらじゅうで似たような会話が交わされていた。


 そりゃそうだろう。

 突然上空に怪物が出現して、バカスカ街を破壊したのだ。


「いやー、なんだったんだろうね、あれ」


「……さあな」


 委員長の言葉に、直はそう答える。


 多分直は、この教室の中で、あれがなんなのか知っている唯一の人間だろう。


 だが、話すわけにはいかなかった。


 直は、昨日テセラクトを倒したその後のことを思い返す。


         ※


 テセラクトを撃退し(撃退したのは委員長だが)分離していた精神が肉体に帰還した直は、具合が悪いのでとにかく休みたいと言った。


 本気で具合悪かった。

 マジで勘弁してほしかった。


 全世界のSFアニメとかで世界の命運を預けられる主人公の皆さん、皆さんは本当にすごい。

 これからは間抜けだとか臆病だとか決して思ったりしません。


 2人の委員長に両脇を抱えられて、直は小さな部屋に連れてこられた。


 そこが、元の家の、直の部屋をそっくりそのまま移してきたものだということに、驚く余裕も突っ込む気力もなかった。

 慣れた場所に落ち着けるということで、安心すらしていた。


 2人の委員長のうちの1人は、もう1人に「あとはよろしく」とか言って部屋を去っていった。

 残った1人は、出入り口とはべつの扉(前は窓だった部分が改造されていた)の向こうのキッチンへ行き、お湯を沸かし始めた。


 少し落ち着いてきた直は、ぴーぴーと騒がしい蒸気の音と、ふんふんという沙詠の鼻歌をぼんやりと聞きながら、思う。


 この状況は。

 委員長と部屋に二人っきり!


 ……いやいやいや。待て待て待て。

 直は首を振る。


 落ち着け。

 ここは俺の部屋だが、同時に秘密基地の中だ。

 そしてあのバカ親父がそのトップな様子だ。


 どうせ隠しカメラとか盗聴器とかがそこら中に仕掛けてあるに違いない。

 今のこの状況は、絶対に、確実に、見られている。見張られている。


「お茶が入ったよん。これでも飲んで、少し落ち着くといいね」


「……サンキュ」


 また直の知る委員長と、またずいぶんと違う口調だった。


 畳の部屋で、直と沙詠は向かい合って座布団に腰を下ろし、お茶をすする。

 なんだか笑い出したくなるシチュエーションだが、ちっとも笑えない。


 そういえば、と直は思う。

 ここにいるこの彼女も含めて1023人の委員長。

 その中に、この世界の大隈沙詠はいたのだろうか。


 直は沙詠を盗み見る。とりあえず彼女はこの世界の沙詠ではない、と思う。

 口調が違うのだ。

 しかし、人の喋り方なんて状況や体調や気分で常に変化している。

 絶対に別人だと言い切る自信は直にはなかった。


「まずは言っておくけどね」


 沙詠は飲み干したらしい湯飲みを置くと、おもむろに口を開いた。


「私は『この世界』の大隈沙詠じゃないよん。それに、さっきの集団の中にも『この世界』の私はいない。あなたがともに戦う1023人の大隈沙詠は、ここではない世界の大隈沙詠だからね」


 まあ、もう116人が帰還して、残りは907人だけど、と言ってから。

 ぐいっと、人差し指を直の前に突き出す沙詠。


「だから、絶対に『この世界』の私に、このことを話しちゃだめ。1023人の私のことも。秘密基地のことも。次元怪獣のことも。絶対に絶対に秘密。分かった?」


「分かった」


 そんな風に言われれば頷くしかない。


 直の答えに、沙詠は満足げに笑みを浮かべる。


「よろしい。それでは、不肖この沙詠大先生が、並行世界の詳細について説明してさしあげちゃおう」


 へりくだってるのか威張ってるのか分からない。


「とりあえず、見神楽くん、指パッチンできる?」


「へ? あ、ああ、できるけど?」


 突然なに言ってんだ?

 そう思いつつ直は右手を鳴らしてみせる。


「じゃあ指パッチンしながら『ボード』って言ってみて」


 言われたとおりにする。


 突然機械音とともに、天井からホワイトボードが降りてきた。


「…………」


 前言撤回。

 ここ全然もとの部屋じゃない。


「どう? すっごいでしょー。見神楽くんの声に反応するようになってるからね。ちなみにほかにもいっろんな機能があるから今度試してみて。あ、でも、『エッチな本っ』とか『美少女っ』とかはないの。ごめんね」


「変な気を回すな!」


         ※


 あのあといくつか試してみたが、『抱き枕』とか『ほれ薬』とかいらんもんばっかり出てくるので、直は腹が立って止めた。


『本』を呼んでみると『見神楽剛武郎名言集』とか『見神楽曜子写真集』とかふざけたものしか現れないし。

 両親よ、あんたらは息子にどうなってほしいのだ。


 教室前方の席に座る委員長は、女子に囲まれて楽しそうにふざけあっている。


 性別に関わらず人気があり、成績優秀。

 スポーツも万能とまではいかないがそつなくこなす。


 それでいて気取ったところもなく、人当たりがいい。


 まさに、理想の委員長を絵に描いたような、文章に書き起こしたような、彼女。


 なにをどう間違えば、彼女が直の、いわば『ヒロイン』になるというのか。直にはまるで理解できない。


 しかし(並行世界の)沙詠が語るところによれば、直は彼女の『運命の人』なのだそうだ。


         ※


「1023人の大隈沙詠のうち、見神楽直と付き合うルートなのは987人です」


 委員長は講演口調でそう言う。

 ホワイトボードを背に、手にはあの『教師が持っている伸び縮みする棒』を握っていた。


「1203人の大隈沙詠のうち、見神楽直と結婚するルートなのは767人です」


 ホワイトボードには、先ほど彼女が描いた、並行世界の概念図があった。


 ボード全面を使って円が描かれ、中央に少し大きめの丸(これが、直が暮らす『この世界』らしい)。


 巨大な円の上半分には、ゴマ粒みたいな点が大量に打たれている(『この世界』以外の並行世界、とのこと)。


 沙詠は三分ほどひたすらゴマ粒を作成していたが、途中で嫌になったらしく、円の下半分には雑な字で「省略!」と書かれていた。


 ちなみに上半分と表現したが、実際の面積的には五分の一程度で、点自体も多分百個くらいしかない。


「1023人の大隈沙詠のうち、見神楽直と結婚はしないが、子供をもうけるルートなのは243人です」


「…………」


「えーと、あとですね」


「いやもういいから」


 手元のメモ紙をちら見する沙詠を、直は止めた。


 このまま延々と『世界が100人の村だったら』的に自分の人生を語られると虚しくなってくる。


 まあ、正確には自分の人生ではないのだけれど。


 直は沙詠の後ろのホワイトボードを見る。


 彼女の説明によれば、WPO、および次元怪獣迎撃対策課の技術力――ということはすなわち、父親である剛武郎の技術力ということになるらしい。認めたくはないが――によって、『この世界』の周囲にある1023の並行世界を観測することが可能になったらしい。


 ちなみに、当たり前のようにまた登場したアルファベット3文字について説明を求めると、沙詠は『あ、説明まだだったっけ?』と言いつつ教えてくれた。


 WPO=Worlds Preserving Organization——世界保全機構。国連直属の秘密機関であり、その下部組織として、次元怪獣迎撃対策課が存在する。

 ここは、その本部とのこと。


 うん、とんでもなく胡散臭いということがよくわかった。

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