第3話 世界を変える刃をこの手に

 巨大なゾンビ鯨が街を破壊している。


 それを倒す役目を担っているとかいう委員長の手にあるのは一振りの小さなナイフ。


 委員長と感覚を同期させた状態で、背後からその光景を眺めている直には不安しかない。


『では……大隈さん。XLSの起動スイッチを押して』


「うんっ」


 そう答えて、委員長は手にしたナイフを掲げ……


「……ん? あれ? スイッチどこ?」


『……さっき説明したじゃない。柄のへこんでいるところを押し込むのよ』


 どうやら同じ委員長でも、並行世界の委員長は性格やら能力やらが違うようだ。『この世界』の委員長は、そんな重要なことをうっかり忘れたりしないだろう。

 あと、いまさらだが口調もずいぶん違う。


「……直くん。心の声が全部筒抜けだってこと忘れないでね」


 やっべ……!


 委員長は「もうっ」と苦笑したようだった。


 そして担任……ではなくオペレータの卯ノ花舞花の言葉どおり、柄にあるというスイッチを押し込んだ。


 その瞬間。


「わっ」


「うわっ!」


 直と委員長は同時に声を上げた。


 ナイフが光ったかと思うと、変形を始めた。

 パタパタと、まるで元からちょうつがいがついていたかのように、各所が『開いて』いく。

 直は某特撮ヒーロー番組に出てくるメカがロボットに合体するときみたいだと思った。


『どうだね見神楽直くん! まるでスーパー戦隊シリーズのメカの合体シーンみたいでカッコいいだろう!』


「突然湧いて出てくるんじゃねえようっせえな! あと固有名詞をはっきり出すな!」


 剛武郎にまで思考を読まれたようで非っっ常に不愉快な気分になっている間に、ナイフは展開を終えていた。


 委員長は機械に全身を覆われていた。


 機械は主に彼女の背部と側部を覆っている。前面は固定用らしいベルトのようなものが巻き付いている程度だ。


 両側部には彼女の身長の三倍はある、巨大な砲身が出現していた。

 それも普通の大砲ではなく、ビームやなんかを発射しそうな架空兵器の様相である。


『XLSは、使用者である沙詠くんの意思を読み取り、対峙するテセラクトを倒すのに最適な形状を具現化することができる。残念ながら出現している並行世界の数が多いテセラクトには効果がないが、今回は問題なしだ!』


 よくわからないが問題ないらしい。

 それより剛武郎の声は頭に響いてやかましいので、オペレータは舞花1人に統一してほしい。


 そんなことを思っていると、まるで心を読んだように舞花の声。


『では、みんな構えて。一斉射撃を行うわよ』


「みんな?」


 直は彼女の言葉に違和感を抱く。


 そういえば舞花はさっきも『大隈さんたち』と言っていた。


「なんだ、気づいてなかったの、直くん」


「私たち」「今回は「ええと」「115人だっけ?」「116人よ」そうそう、それくらい」「いるんだよ」


 大量の声が折り重なって波のように響き、その瞬間直の感覚がようやく『それ』を認識した。


 ゾンビ鯨から当距離に、同心円上に、116人の大隈沙詠が立っている。


 ビルの上、車道のど真ん中、民家の屋根……さまざまな場所で、それぞれに砲塔を備えた巨大な機械を背に、怪物と対峙している。


 いまや直はその委員長たち全員の背後にいて、全員の声を聞いていた。


『どうやら認識できたようね』


 舞花の声が聞こえる。


『初めての同期で116人同時は大変だと思うけど、頑張ってちょうだい』


「ぐっ、う……!」


 ずしっ、と肩に重荷が乗せられたような感覚が直を襲う。

 肩ではなく脳かもしれない。

 とにかく上半身に感じたことのない重みがある。


 なんとなく理解した。


 ついさっきまで、この大量にいる委員長を認識していなかったのは、脳がそれを拒否していたからだ。


 他人と精神を同期するというのも未知の体験なのに、同時に116人と視覚を共有し、会話を交わすなんてまともな神経でできるもんじゃない。


 しかし……。


「大丈夫? 直くん」「ほら、深呼吸深呼吸」「けっ、だらしねえな」「そんなこと言っちゃダメだよ。見神楽くんは私たちと違って準備も説明もなかったんだから」「あはははは、いいツラしてるね! こっちがゾンビみたい!」「すぐ終わるから頑張って」


 だんだん、大量の委員長の言葉がすんなりと聞き分けられるようになってきた。聖徳太子もびっくりだ。っていうか酷いこと言ってる委員長が1人いるな……。


 これは直の感覚が慣れてきたのか、PNGとやらの効果なのか。

 たぶん両方だろう。


 直は視界にテセラクトを捉える。


 116の視点からの116の姿が同時に見えている。


 本来なら脳で処理しきれずぐちゃぐちゃになるか何重にもダブって見えるかしそうなものだが、違った。


 116の姿が脳内で組み立てられ、直の脳内にはゾンビ鯨の全方位の形状が再現されていた。


 3Dモデルを全方向から同時に見ている、とでも言えばいいだろうか。

 普通の状態では絶対になし得ない奇妙な認知だ。


「わ。すごい」「なんか視界がクリアになった感じ」「これなら狙いやすいわ」「よし……」


 委員長たちの声。

 直と感覚を同期している彼女たちも、テセラクトを見やすくなったのかもしれない。


『ではカウントダウンを行うわ』


 舞花の声。


 委員長が構える。

 両サイドの砲塔から手元に突き出ているトリガーを握り、やや腰を低く。

 目は真っ直ぐに怪物を見据え。


 ふと直は思った。


 剛武郎は『彼女たちはテセラクトを消滅させることで、元の世界に戻ることができる』と言っていた。


 それは、怪物の消滅と同時に、彼女たちが元の世界に帰還してしまうことを意味するのではないか?


 だとしたら、彼女たちと言葉を交わす機会はもう……。


「気にすることはないよ、直くん」


 委員長の1人が言ってくる。


「え?」


「それぞれの世界で、私たちは出会って、言葉を交わすの。だから直くんは、この世界の私と、たくさんたくさん、話をして」


『——3、2、1、ゼロ』


 答えを返すより早く、カウントは尽きて、委員長たちはトリガーを引いた。


 カッ、と視界が一瞬白に染まる。


 そして116の白光が、周囲の空気をプラズマ化させながらテセラクトへ走る。


 寸分違わず全てが同じ空間座標に到達する。


 瞬間。

 ゾンビ鯨の全身がバラバラになっていく。


 網目状のレーザーカッターで切られたみたいに身体がバラバラになって、立方体の肉片が重力に引かれて落下していく。

 なかなかにグロい光景だった。


「うわ……映画版のバイオハザードかよ……」


 直は思わずつぶやく。


 一方委員長は、


「まるでサイコロステーキ先輩だね」


「え、なんだって……?」


 なにその不謹慎なあだ名。


「あ、そっか。今こっちの世界は2009年だから……」


 と慌てた様子で口を閉じる委員長。


 不思議なことに、ゾンビ鯨の肉片は落下の途中で消失していく。

 まるでゲームで倒した敵が、跡形もなく消え去るみたいに。


 それに伴って、直の視界の前にあったゴツい機械がパタパタと折り畳まれて小振りなナイフに戻り、それを手にしていた委員長たちは116人が同時に、


 消えた。


 フィクションでよく見るようなエフェクトめいたなにかもなく、ただただ唐突に、初めから誰もいなかったかのように、直の116の視界は無人となった。


 カラン、とナイフが地面に落ちる。


 一瞬のタイムラグの後、直の視界はブラックアウト。


 自分の肉体へと帰還する直の意識は、非現実的な体験とは裏腹に、


「……サイコロステーキ先輩ってなんだよ」


 わりとどうでもよさそうな疑問でいっぱいだった。


         ※


 …………第1回作戦成果:テセラクト『撃破』数1、大隈沙詠『帰還』数116。

     残数:テセラクト14、大隈沙詠907。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る