第16話 行商人さんがやってきた

 独特なしゃべり方をするシャワーヘッドに宿る精霊は実に単純だった。


 俺の代わりにティナがお願いを発動すると途端に態度を変え、頼んでもいない機能を次々と披露。


 その性能の凄さを体感するとともに、風の精霊がタダの女好きであることが判明した。


 日も暮れていたので、その日の仕事はそれで終わりにした。男衆の一人が「さぁ、酒盛りの時間だ!」と発したと同時に、みんなゾロゾロと帰路に着き始めた。


 「ティナちゃん彼氏おんの? おらんのやったらワイとランデブーしようや!」などとナンパを始めたシャワーヘッドは無視して、俺もティナも各々の家に帰った。


 もちろん酒盛りには俺も誘われたが、やはり夜は一人で色々構想したいんでね。丁重にお断りさせてもらった。


 大掛かりな工事は概ね終わった。なので明日からは小物づくりを始めたいと思っている。


 ただ、さすがに魔国から持ち帰って来た材料はすでに底を尽き始めてきたので、なんらかの方法で準備をしなければならない。


 少し大きめの街で買い集めが出来れば理想的なのだが……


 まぁ、それはあまり期待できないか。この村、明らかに人里から離れているし、そもそも俺は金をあまり持ってない。


 だが、それでもなんとかしなければならない。せっかくここまで理想的な温泉を仕上げられたのだから、小物づくりにも全力は尽くしたい。


 村長にお願いして金銭面のフォローをお願いするか。もともと村のためにやっている事だし、本来は税金でやるべきことだろう。


 などと考えながら黙々と手を動かしていたら、いつしか眠りに落ちていて……


 気が付けば、朝を迎えていた。


「グレンさん!」


 店の扉が勢いよく開き、ティナが机で眠っていた俺に駆け寄ってくる。


「ああ……おはよう、ティナ……」

「行商人さん!」

「……ん?」

「行商人さんが温泉場に来てるから、グレンさんも一緒に来てよ!」


 いまだ寝ぼけ眼の俺の腕を掴んだティナは、半ば強制的に俺を雑貨屋から引っ張り出した。


 ただ……


 行商とは、これまた運がいい。


 ちょうど買い物に出かけなければならないと思っていたこのタイミング。売りに来た商品にビビッとくるモノが揃っているかは怪しいところだが、とりあえず顔を出してみる価値はありそうだ。



* * *



「フンフン、フン」

「そうかそうか、それは大変じゃったのぉ……」

「フン!フフンフフン、フン!」

「うむ。それは楽しみじゃ!」


 俺とティナが温泉場へ向かうと、村長がすでに行商人らしき人と話し込んでいた。周囲には村の住人たちの姿もポツポツ見える。


 青いフードをまとった行商人。陽射しを避けるためか、深く被ったフードの下から金色の瞳だけがちらちらと覗いている。


 その後ろにはカラフルな絨毯を背に載せ、脇に大量の売り物をぶら下げたラマが、鈴を鳴らしながらのんびりと草を食んでいた。


「おじいちゃん、グレンさん連れてきたよ!」

「なんじゃ、眠そうな顔しよって。寝起きかえ?」


 日の昇り具合から、現在の時間は概ね予想できる。いつもは決まった時間に必ず起きているのだが、どうやら今日は寝過ごしてしまっていたようだ。


「ああ……。そんなことより、この御仁が行商人さんか?」


 間違いないだろうが、念のため確認した。


「そうじゃ。不定期じゃが、たまにこの村へ立ち寄ってもろとるロッドさんじゃ」

「よろしく、ロッドさん」

「ハッ、ハァーン」


 いや、なんだその挑発的な返事は。こっちは挨拶してるんだけど。


「ちょうど資材が不足してきていてね。いいタイミングで来てくれて助かったよ」

「ンフゥ」

「……」


 初対面だから緊張しているのか? 動きもカクカクしてるし、挙動不審なイメージがぬぐえない。


「今日は掘り出し物が多いらしいから、きっとグレンさんのお眼鏡に叶う材料がたくさん手に入るんじゃないかと思ってさ!」


 ティナがニコニコしながら子犬のような瞳で見つめてくる。


「ああ。ありがとう、ティナ」


 俺をここへ呼んでくれたことには素直に感謝している。あのまま寝過ごしていたらこのチャンスを逃していたワケだから。


 とりあえず、行商人さんのゲームキャラみたいな動きは一旦無視しよう。


「とりあえず、商品を見せてほしいのだが」

「ハァーン、ハァ」


 なにを言っているのかまったくわからなかったが、俺の意思は伝わったようだ。ラマに括りつけていた荷物を下ろし、持参した品々を丁寧に並べてくれる行商人さん。


 見ていると、ここでは手に入らない貴重なアイテムや、見たこともない不思議な素材の数々が目の前に並ぶ。


 これは期待できそうだ。


「マダラ大蜘蛛の銀糸にオークキングの牙……お、ステラ鉱石まであるじゃないか」

「この毛皮、すっごくフワフワしてて気持ちいい!」


 想像以上だった。レアアイテムばかりで目移りする。


 魔国でも入手が困難なものばかりで、見ているだけで想像力の翼が拡がっていく。


 だが……


「なぁ、村長」

「なんじゃ。金の相談か?」

「察しがいいな。その通りだ」


 見透かされていたようだ。


 欲しいモノはたくさんあるが、なんせ俺には金がほとんどない。


「先行投資じゃ。好きなモノを選んでええぞ」

「いいのか?」

「遊び心溢れる、最高の小物を作ることが条件じゃがの」

「ああ。それは約束する」


 心の中で拳を握りしめる俺。思わず作業厨魂に火が灯る。


「ふむ。ちなみにロッドさんや。この碧いテカテカ鉱石はいくらするんじゃ?」

「フフン、フフン」

「はえ? 冗談じゃろ? 高すぎるわ」

「ハァン?」

「いやいや。ケタをふたつほど間違えとらんかの?」


 さっきから疑問に思っていたのだが、村長は行商人さんとしっかり意思疎通ができているようだが、気のせいか? 俺にはさっぱりなんだが。


「グレンや……」

「どうした、村長」

「ロッドさんはぼったくり商人に変貌してしもたようじゃ……」

「どういうことだ?」

「こんな石コロが10000リルもするて、ありえんじゃろ……」


 いや、それステラ鉱石だろ? 10000リルって破格じゃないか?


 人間世界の相場観で換算すれば、普通そのサイズのステラ鉱石ならば25000リルはくだらない。ニセモノを疑う値段設定だが、見た感じアレはホンモノ。


 しかも原石だし。加工すればもっと高く売れる。必要な分だけ使用して、残りはタリスマンにでもして売ればかなり儲かると思うのだが。


「村長。これは買いだと思う」

「無理じゃ、高すぎじゃわい! ウチの村にそんな金はない!」


 えっ? 10000リルもないのか?


「いやこれ、破格だよ。買わないともったいない」

「予算は100リルじゃ! それ以上は使えん!」


 う、うそだろ? なんにも買えないだろ、その金額では。


「グレンさん。ウチの村、貧乏だから……」


 ティナも納得の100リルらしい。


 村の金だろ? 貧乏にもほどがある。


「フンフン! ハァーン!」

「なんじゃと? この温泉に入ってみたいじゃと?」


 さっきから行商人さんが温泉場をチラチラ見ていたことはわかっていた。


 そりゃ気になるよな。自分で言うのもなんだが、造形にもかなり気を遣って作ったつもりだし、来訪者が入ってみたいと思う気持ちはもっともだ。


「フフン、フフン」

「ほう。温泉が気持ちよかったら、もっと値引きしてやってもよいと?」

「ンフゥ!」

「グレン。入ってもろてええかの?」


 答えはイエスだ、村長。


 すでに入浴できるだけの設備は充分に整っている。一風呂浴びてもらっても俺は一向にかまわない。むしろ第三者の率直な意見を聞いてみたいと思っていたところだ。


 いくら値引いてくれるのかは不明だが、それが無くても是非入ってほしい。


「脱衣所はこっちだ。ロッドさん」

「ハッ、ハァ!」

「えっ? ラマも入るのか?」

「フフン!」


 まぁ、いいか。動物でも気持ちよさは実感してもらえるだろう。



 ただ……



 浴槽で絶対に、ウ●コはするんじゃあないぞ。

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