第15話 温水タンクとおしゃべりヘッド

「聖水じゃあ……コレ、聖水じゃあ……」


 問題がないことはほぼ確定していたが、念のため、水魔法使いのマズローさんを現地ここへ呼んで、引っ張り上げた水の質について解析してもらった。


 導き出された結果に驚愕し、まるで念仏のような感動を伝えてくるマズローさん。


「限りなく透明に近い、不純物0.00000001%以下の、聖水じゃあ……」

「そうか。それならよかった」


 解析結果で数値を出してくれるというのは安心に繋がる。自信はあったが、専門家がお墨付きをくれたことで、なんとなくホッしている自分がいた。


「のぉ、グランドスラムよ……」

「グレンだ、村長」

「この聖水、村の飲料用に各家庭へ引っ張ることとか出来んのかのぉ」

「可能だが、その仕事は今度でいいか? 今は温泉の開発を優先させたい」


 マズローさんとセットで現れた村長が、温泉以外の仕事までサラっと差し込んでくる。


 村長は村民のためを思ってお願いしているのだろうから、無下に断る理由は特にないのだが、同時並行というのは難しい。


 魔国の時のような目まぐるしい仕事の仕方は極力したくない。


 ひとつひとつ、確実に終わらせてからだ。


「そうかぁ。ならせめて、ワシの排便後のケツを浄化する、ピンポイント聖水発射装置くらい、自宅に設置してくれんかのぉ」

「それはアナタが棺桶に入ってから作ることにするよ」

「おじいちゃん! そういう個人的なことはあとにしてよ!」


 ふむ。だがアイディア自体は悪くないかもしれない。尻穴洗浄用のピンポイント聖水発射装置か……。


 今度じっくり設計してみようかな。


「グレン君。私たちはこの後、なにをすればいいのかしら?」


 聖水で濡れた髪を軽く振り払いながら、アスコさんが次の作業内容を確認してくる。飛び散る水滴がサラリと宙を舞い、日光の反射でキラキラと輝いている。


「次はシャワー本体の設置だな」

「しゃわー?? なんなの、それ?」


 アスコさんは聞き慣れない言葉に首をかしげている。


「なんかお水とかお湯が“花のつぼみ”から降って来て、身体とか頭とか洗ったり出来るアイテムらしいですよ!」

「詳しいのね、ティナちゃん。でも、それは確かに面白い装置ね」


 アスコさんが興味津々な問いに、ティナが自身満々で答えてくれた。


 説明は大体合っている。俺がわざわざ細く解説する必要はないな。


「そりゃすげぇな! だが、温かい水ってのはいったいどうやって作るんだ?」


 タオルで頭を拭きながら、アスコさんの後ろからひょっこり顔をのぞかせ、素朴な疑問を投げかけてくるガルベさん。


 そうだな。そのあたりの仕組みや構造についてはまだ誰にも説明してなかったな。


「魔導ポンプで引っ張り上げた水を、いったん“温水タンク”に溜めるんだ」

「温水タンク?」

「ああ。水をお湯に変換する、とっておきのアイテムだ」


 真水の確保が思いのほかスムーズに進んだので、日暮れまでまだ時間はあるだろう。


 一旦昼休憩を取り、午後からタンクと、余裕があれば本命のシャワー設置まで終わらせようと考えている。


「と、いうことでガルベさん。昼飯を食ったら男衆を連れて、一度俺の雑貨屋まで来てくれないか? 次の段取りを説明するから」

「了解だ、グレン」

「私は?」

「アスコさんの仕事は一旦ここで終わりだ。また用があったら呼ぶよ」

「わかったわ。必要ならまた声をかけてちょうだい」


 そう言って帰路に着く美魔女。解析、凄く助かったよ。


 ありがとう、アスコさん。


「それじゃあワシらもおいとまさせてもらおうかのぉ、マズロー」

「はぁ……はぁ……そう、じゃのぉ」

「また来るでの、グレン」

「いや、グレンだ。……ん? あ、ああ。そうしてくれ、村長」


 いきなり正しい呼び方するなよ! こっちが困惑するだろ!


 って、もしかして……


 俺はこの老獪なじいさん達に、ただ単純に弄ばれてるだけなのか?



* * *



「外装は温泉用の貯湯樽と同じつくりだ。まだ残っているテルノ木を加工して、組み上げてほしい」


 俺は設計図に書いた、背丈ほどある巨大な円筒型の装置を指差し、説明する。


「温水タンク、だっけ?」


 助手のティナが内部構造の再確認をしてくる。


「そうだ。中には熱を生み出す“火焔魔石”を仕込む。水はここを通過するたび温度が急上昇し、お湯が生成されるって仕組みだ」

「でも、それだけだと熱すぎるんじゃない?」

「ああ。なので……」


 設計図とともに描いた簡易な完成予想図を取り出し、机に広げる俺。


「中央に仕切り版を組み込み、お湯と水が溜まる部屋を区分けする。あとは配管ルートを途中で混合させ、適温の湯が出るよう調整していくんだ」

「あ、この予想図めっちゃわかりやすい!」

「いや、俺にはよくわからん」


 ガルベさんは未だに頭を捻っている。まぁ、細かいことは別に理解しなくても問題ないよ。男衆には外回りだけ完璧に仕上げてもらえばとても助かる。


「そっか! それでこっちの導水管を通ってお湯がさらに上がって、壁に固定したこの“花のつぼみ”から勢いよく出てくるわけね!」


 みなまで言わなくとも、ティナは設計図と簡易完成図を交互に見て、仕組みを全て理解してくれたようだ。


「まぁ、そういうことだ。そしてこれがその“シャワーヘッド”だ」


 俺は横に置いていた木箱から、昨日すでに完成させていた少し大きめの銀色に輝くシャワーヘッドをティナとガルベさんに見せてあげた。


「これにもなにかユニークな仕掛けが組み込んであるの?」

「よくぞ聞いてくれた」


 俺の性格もかなり理解してきたようだな、ティナ。もちろん、このシャワーヘッドにもとっておきの技術を仕込んである。


「このヘッドには“風の精霊石”を埋め込んである」

「風の精霊石?」

「ああ。通常時はこの細かい穴から勢いのあるお湯が噴出するだけだが……」


 俺はその特別性能を示すため、軽く実演してみせた。


「ミスト」



 ガチャン



「あれっ? なんかヘッドの穴が変形した!」

「一定の指示で水の出方が変わるようにしておいた。ミストと言えばヘッドが切り替わり、霧のように細かく水を噴射してくれるようになる」

「すんげぇぇぇ!!」


 ガルベさんがようやくこの時点で感動してくれた。


「ほかにも色々出来るんだが、それは完成した時のお楽しみということで」

「えー、もっと教えてよぉ」

「日が暮れる前にヘッドの取り付けまで終えてしまいたいんだ。という事で、さっそく仕事に取り掛かろうか」


 そんなこんなで、いよいよ午後の仕事がスタートした。


 ガルベさん率いる男衆はテキパキと動き、テルノ木の加工から組み上げまでをあっという間に仕上げてくれた。


 続いて俺とティナでタンク内部の仕事を行う。彼女はもう、俺が細かく指示しなくても自分の考えでテキパキ動けるようになっていた。


 まるで自分が二人いるようで作業がスムーズに進む。


 特に褒めたりはしなかったが、内心かなり感動していた。本当にティナは素晴らしい逸材だ。この村に来て俺にとって最大の幸運は、もしかしたらこの子に出会えたことなのかもしれない。


「よし、完成だ。それじゃあこのタンクを現地まで運んでもらえるか? ガルベさん」

「任せとけ! いくぞ、野郎ども!」

「うっしゃぁ!!」


 まるで神輿でも担ぐかのように男衆は結集し、もの凄いスピードでタンクを温泉地まで運んでくれた。俺たちも遅れないように後をついていき、すぐに設置作業を開始した。


「その管はこっちに差してくれ」

「ここに突っ込めばいいのか?」

「いや、それは違う穴だ。そっちの狭いほうの穴だ」

「こっちか?」

「そうだ」


 あーだこーだ言いながら、皆で協力しながら作業は進んでいった。


 そして……


「よし、完成だ!」

「うおおおおおお!!」

「やったぜ!」

「さすがグレン!」



 すでに沈みかけた太陽を背に、男衆が歓声を上げる。俺とティナも互いに顔を合わせ、微笑みを浮かべる。


「でもこれ、どうやってお湯出すんだ?」


 男衆の一人が素朴な疑問を投げかけてくる。


 そう。このシャワーにはレバーを取り付けていない。理由は簡単だ。


「40℃のお湯を出してくれないか、ウィンド」


 俺はシャワーヘッドにそう命令した。


 ミストへの切り替えだけじゃない。このシャワーは全て、言葉で操作を行う。


 ちなみにウィンドというのは、精霊石の中に入っている風の精霊の名前だ。


「……」

「ウィンド、お湯を頼む」

「……嫌や」

「……えっ?」

「イヤや言うとるやろ、おっさん」


 しまった。これは完全なる誤算。想定外だ。


 まさか、石になっても自我を保っていられる精霊だったとは……



 コイツ……



 しゃべりよった。

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