第14話 降り注ぐ聖水と明日への架け橋
「冗談よ、グレン君。この村に温泉ができる。それだけで、私には充分すぎる報酬よ」
「なぁんだ、冗談だったんですね!」
「うふふ。彼がどんな反応するのか、おねぇさんちょっとだけ見てみたかったのよ」
「もう、アスコさんのイジワルぅ~」
「……」
実は少し期待していた自分が愚かだった。貞操感がないという考えは訂正しよう。
絶妙に性格が捻じ曲がった性悪おねぇさん、という認識に変更させてもらう!
「それじゃあ早速、地質解析をするからちょっと離れてなさいね」
「はぁい! グレンさん、下がろっか」
「むぅ……」
まだ完全には納得しきれていない態度の俺を他所に、すでに仕事を始めようとしているアスコねぇさん。ティナに腕を引っ張られる形でしぶしぶ後ろへ下がる俺。
まぁいいだろう。俺は職人だ。どれだけ性格に難があろうとも、仕事が出来る人間を俺は評価する。
期待はしているよ、アスコさん。
さぁ、貴女の力を魅せてくれ。
限界集落の美魔女よ。
「底層に眠りし地精の血流を我に示せ!
軽い詠唱と同時に目を瞑り、片膝をついて地面に軽く掌を当てるアスコさん。
すると、透明な波紋のような魔力が地面に染み込むように広がり始め、辺りの石ころがカタカタと震えているのがわかる。
なるほど。波動による反応調査か。
大地に手を触れ、魔力を振動として地中に送り込むことで、周囲の地層構造、鉱物の分布、空洞や断層、地下水の流れまでもを精密に把握する魔法ってとこか。
思ったよりも本格的で驚いた。性格はアレだが魔法使いとしての実力は、どうやらホンモノらしい。
「幸運ね、グレン君。ちょうどこの真下にある花崗岩層のすぐ上あたり。ここからだと地下およそ30m位の中層に、とっても綺麗な真水が流れているわ」
ゆっくりと立ち上がりながら、地質調査の結果を説明してくれたアスコさん。膝の土を掃いながらため息を吐く姿がなんとなく色っぽい。
「意外と浅いところにあって助かったよ。それならアレでなんとかなりそうだ」
「アレって?」
「昨日のうちに仕込んでおいた、“導水管”と”魔導ポンプ”だ」
ティナの疑問に答える形で、俺はそのブツが置いてある位置を指示した。
水脈の問題はその時まだ解決していなかったが、水を引っ張り上げるための装置は必ず使用するので、先に作って温泉の片隅に置いておいたのだ。
導水管は耐圧性を高めるため、内側に“水滑石”と呼ばれる滑らかな鉱石を焼き付けてある。
軽く水をろ過する機能もあるので、魔国時代の水道設備を調整する作業にも重宝していた。
「いつの間にそんなモノまで……」
「見えない所でいい仕事をするのが職人ってものだ」
水滑石は温泉掘削時に掘り起こした岩石の中に混じっていたので、実はコッソリ雑貨屋に持って帰っていたのだ。
加工はそれほど必要ではなかったので、一連の作業は隙間時間でサクッと終わらせていた。
「このポンプってもしかして、魔力で水を地上まで上げるための装置?」
「ご名答だ」
魔導ポンプはティナが言った通り、地中深くからでも自動的に圧をかけて水を吸い上げることができる便利な装置だ。
微量だが独自で魔力を発する魔石を組み込んであるので、動力には困らない。
ただこの装置はさすがに村にある部品だけでは作れないので、魔国から持ち出した魔導部品の組み合わせてなんとか作ることが出来た代物だ。
構造もそこそこ複雑なので、組み上げるまでにそれなりの時間を要した。
ついでだったので、ポンプ内には浄化フィルターも内蔵した。なので組み上げた水はそのまま飲んでもらっても身体にはまったく問題がない。
むしろ村の飲料水より遥かにレベルの高い天然水が吹き上がってくることだろう。
それはもはや、聖水クラスと言っても過言ではない。
「準備は整っているようね」
「ああ。あとは男衆に掘削作業を……」
「おーい! グレーン、ティナ、嫁ちゃーん!」
バッチリのタイミングでガルベさん率いる男衆が温泉地に集まって来てくれた。
一応、今日の昼頃来てくれと頼んでおいたのだが、思いのほか早く来てくれたようだ……
ん?
嫁ちゃんって、どういうこと??
「ティナ。アスコさんって、もしかして……」
「あ、そういえば言ってなかったね。アスコさんはガルベさんの奥さんだよ!」
「えええええ!!」
美女と野獣じゃないか。まさかアスコさんが、あの筋肉ヒゲもっさり親父、ガルベさんの奥さんだとは正直思わなかった。
「どうだ、アスコ。水脈は見つかったか?」
「バッチリよ」
「さすがは俺の嫁! 愛してるぜ、マイハニー!」
「そういうの、別にいらないから。とっとと仕事しなさい」
「任せとけ!」
アスコさんが指さした先の地面に、十字の魔法印が刻まれている。おそらくそこが掘削地点の目印になっているのだろう。
「ガルベさん。掘りすぎないように気を付けてくれよ」
「どのくらい掘ればいいんだ?」
「おおむね30m」
「あのスコップを使えば一瞬で終わるな」
「一応、5本用意しているが……」
「いや、掘るのは俺一人で十分だ。野郎どもは掘ったあとの残土や岩を処理してくれ」
「了解!」
「頼んだよ、アンタ!」
そんなこんなで、ガルベさん率いる男衆の馬車馬のような活躍により、掘削作業は一瞬で終わった。
魔導ポンプと導水管の取り付けもつつがなくやってくれて、とりあえず真水を引っ張り上げるまでの一連の作業は無事終えられた。
「このバルブを回せば、水が一気に吹き上がる」
地上に顔を出している導水管の途中に止水栓を取り付けている。圧力はすでに管の中に溜まっているから、このバルブを回せば地上に水が噴き出してくるハズだ。
「濡れちゃうから後ろに下がったほうがいいかな?」
「何言ってるのよ、ティナちゃん。今日は暑いんだし、ビショビショになるまでしっかり浴びて、一緒に気持ちよくなりましょうよ、ね?」
アスコさんの言い方はとても際どくてアレだが、気持ちはわかる。
仕事をして火照る身体に、聖水を頭から浴びる行為はきっと爽快だろう。
「グレン! 早く水出してくれよ!」
「オーケー! それじゃ、出すぞ」
固く締められたバルブを力いっぱい回し、その回転速度が少しずつ速くなる。
そして……
プシュゥゥゥゥゥゥゥ
「うわぁ!」
「冷たーい!」
「すんげぇぇぇぇぇ」
「きんもちぃぃぃぃ」
「おい、虹が出来てるぜ!」
「あ、ホントだ!」
日光と聖水が混じり合い、幾重も重なる虹色の橋が空に架かる。
全身へ降り注ぐありがたい飛沫を笑顔で浴びながら、明日もまた頑張ろうと、俺は心に誓うのであった。
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