第13話 シャワーの水源を見つけたい
「しゃわー??」
脱衣所の設置が完了した二日後。
次の仕事の打ち合わせをするため、ティナは再び俺の雑貨屋を訪れていた。
「ああ」
「なにそれ」
「シャワーを、知らないのか?」
「生まれて初めて聞いたんだけど……」
俺が描いた次なる温泉設備の設計図を眺めながら、ティナの頭には大量の疑問符が浮かんでいた。どうやら彼女は“シャワー”を知らないらしい。
「頭上から水とかお湯を噴出させて、身体を洗い流すための装置なんだけど」
「へぇ~、魔国にはそんな便利なお風呂アイテムがあったんだね。あ、もしかしてこの“花のつぼみ”みたいなところから細かく水が振ってきて、それで頭とか身体を洗う感じ?」
「そうだ。それがシャワーヘッドの部分だ」
みなまで言わなくとも、ティナは図面である程度の構造と用途を理解してくれたようだ。1から10まで説明しなくていいのはとても助かる。
ちなみに今思い出したが、この“シャワー”の仕組みは魔国の友人だったテンセイ魔具師から教えてもらった技術だった。聞いた当時はその圧倒的発想力にとても感動したものだ。
「温泉の成分は確かに素晴らしいモノがある。ただ、あれだけの硫黄成分を付着し続けたまま洗い流さないってのは、乾燥やかゆみの原因になって肌によくない」
真水で濃厚な温泉成分を薄めるための設備は絶対にあったほうがいい。
「確かに……。最近、ちょっと肌荒れしてきてるなーって思ってたんだけど、それが原因だったのね」
「お前……もしかして……」
「えっ? そりゃあんなに気持ちいいお風呂、毎日入りたいに決まってるじゃない」
コイツ……
この間、夜中に鉢合わせた時だけ入っていたワケじゃなかったのか。
まぁ、別にいいんだけど。
「ただ、シャワーを設置するには真水を引っ張らないといけない。水源が必要だ」
温泉水をシャワーから出るようにしても意味ないからな。
「ってことは、井戸みたいなモノが必要ってことだよね?」
「察しがいいな。そういうことだ」
あの温泉を掘り当てたスコップを使えば、掘削はそこまで苦労しないだろう。ただ問題は、身体が洗い流せるほど綺麗な真水が、この辺りの地下水脈に流れているかどうかなのだが。
「掘るほうはあのスコップでなんとかなりそうだけど、水脈は……」
ティナが顎に手を当てながら、俺と全く同じ想定をすでに頭の中で展開している様子。本当に筋がいいな、この子は。
「土魔法使いのアスコさんおばさんにお願いすれば、問題なさそうね!」
「そんなレアな魔法使いまでいるのか、この村は……」
この世界で土を専門とする魔法使いというのは意外と少ない。いやまぁ、今にして思えば、魔族で水魔法使いのじいさんってのもそれなりに珍しい存在ではあるが。
「そのアスコさんとやらも、もしかして魔族なのか?」
「彼女は流石に人間だと思うよ」
「そうか。その土魔法使い、すぐに現地へ呼べそうか?」
「あーどうだろう。あのおねぇさん、結構あまのじゃくだから……」
どうやらこの村に住む方々は、その潜在能力の高さとは裏腹に、性格に難のある人物が多いようだ。
「あまり完成時期を遅らせたくはない。これから頼みに行けるか? ティナ」
「了解よ。任せといて!」
魔国の時と違って、別に求められている納期などないのだが、これは身体に染みついてしまっている専属鍛冶師としての習性なのだろう。
一度始めてしまった仕事は、つつがなく最後まで終わらせないと気持ちが悪い。
「それじゃあ、俺は先に現地へ行って、設備の細かい調整とかをやってるから……って、もういないな」
もう少し段取りの話をしたかったのだが、ティナはすでにアスコさんを現地へ召喚するため、雑貨屋を飛び出してしまっていた。
* * *
「貴方が噂のグレン君ね」
脱衣所のロッカーを微調整していた俺に、酒焼けした女性から声がかけられた。振り返り、声の主を確認する。
「紹介するね。こちらが土魔法使いのアスコさん」
声の主の隣に立っていたティナがその女性を紹介してくれた。どうやら目的の人物を連れて来てくれたようだ。
「いつも旦那が世話になってるようね。最近、晩酌しながら楽しそうに貴方のことをよく話しているわ」
「グレンだ。ご足労いただき感謝する」
来てくれたということは、ティナの交渉がうまくいったという理解でいいのかな? とりあえず、握手でもしとくか。
「よろしく」
「ご丁寧にどうも。思ったよりいい男でビックリしたわ」
握り返してくれたアスコさんの手は力強く、でも指先は意外としっとりしていて艶かしかった。
話の流れから想像するに、彼女はいつも手伝ってくれる男衆の奥さんらしい。誰の伴侶なのかはわからないが。
見た目は思っていたのとだいぶ違った。ティナがおばさんというから一般的なおばさんを想像していたのだが、全然そんな事はなかった。
若作りをしている感じはしない。自然体だが、お世辞ではなくとても綺麗な女性だ。
年相応の雰囲気や生物学的衰えは感じるものの、整った目鼻口のバランスは美人と言って差し支えないレベル。意外だった。
「ティナから依頼内容は聞いているか?」
「ええ。綺麗な水が流れている地下水脈の位置を特定すればいいのよね」
「出来るのか?」
「朝飯前ね。そもそもこの村にある井戸の位置を決めたのは全部私だし」
「それは心強い。それなら早速……」
「ちょっと待ちなさい。誰がタダでやるって言ったのよ? 条件があるわ」
条件、だと?
「えっ? そんなこと言ってましたっけ?」
「今、思いついたのよ」
さすがはあまのじゃく。
この突発的思い付きは、その性格に由来しているのだろう。
「……わかった。それで、条件ってのは?」
アスコさんはニヤリと口角を上げた。そして少し恥ずかしがりながら、俺の予想だにしない、とんでもないことをつぶやいた。
「温泉が出来たら……その……」
「なんだ?」
「一緒に、入らない?」
「はい??」
「背中、流してもらえたら嬉しいなぁ」
「あ、それなら全然問題ないじゃないですか。ね、グレンさん!」
「……」
絶句するしかなかった。
問題ありまくりだろ。アスコさん、人妻でしょ? 旦那に●されるだろ、俺。
それに対して問題ないって……ティナ、君のその考え方もちょっとズレてるだろ。
ここの村民たちは、どうやら性格だけでなく、貞操感も崩壊しているらしい。
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