第12話 脱衣所にもこだわりはある
「ほぉ~。こりゃまたずいぶんと、温泉らしくなってきたのぉ」
ちょうど屋根の設置も終わってひと段落つき、皆で昼休憩をとっていた頃。
温泉の様子を見に村長がやってきた。
「ああ。村のみんなが頑張ってくれたからな」
「ご苦労じゃったな、皆の衆。ん? 洗体用の黄金椅子とキュキュッとマットレスがまだないようじゃが……」
「そんなけしからんモノを作るつもりはない」
というより、まだ温泉を掘り当ててから数日しか経ってないのに、そんな小物まで一気に作れるはずがないだろう。
この村に住まわせてくれた村長には感謝しているが、いくらなんでも焦りすぎだ。
「なんじゃい、つまらん。なら、次はなにを作るつもりなんじゃ? グレートよ」
「脱衣所だよ」
村のじいさんたちが俺の名前を憶えてくれない件は、もう諦めることにした。
「そんなもんいらんじゃろ。その辺でテキトーに着替えればよかろうて」
「おじいちゃん、デリカシーなさすぎ」
「ティナよ。時として青空の下、すっぽんぽんになるのは気持ちがええんじゃぞ」
それは犯罪だ、じいさん。
「この地を観光地にしたいのならば、脱衣所は必須だぞ。村長」
「都会の人間はケチ臭いのぉ……」
そうぶつくさとつぶやきを残しながらも、村長は鼻歌交じりで村の中へと帰っていった。ケチ臭いってどういう意味だ?
まぁ、村長の戯言なんてどうでもいいか。
さあ、午後の作業に取りかかるとしよう。
* * *
昼休憩を終えた俺たちは、さっそく脱衣所の設置に取りかかった。
服を脱ぎ、一時預かりするだけの簡易建物。その構造は至ってシンプル。だが、それでもいくつか工夫は凝らしている。
まず、建物は湯舟の手前に男女別で二棟設置。床は浴槽周りにも使用しているインフェルノ・テルノ木を基礎に使用し、滑り止めの処理を施す。
壁材は断熱性に優れた厚手の杉板を使用。内装には乾燥機能を持つ細工を組み込んだ。
特に今回の目玉は、衣服管理の仕組みだ。
「グレンさん。この“着替え収納ロッカー”っていうのはどういう構造なの?」
設計図に書かれた説明文を見ながら、ティナが興味津々で聞いてくる。
「簡単だよ。ロッカー内に吸湿性のある鉱石を仕込んであって、そこに魔導式の送風パイプを通してある。湿気とニオイを自動で吸い出して、天井の通気孔から排出する仕組みだ」
「全然、簡単じゃない……」
「乾式送風は“圧縮スプリング”で動く。使う人が扉を開閉するたびに、バネが巻かれてエネルギーが蓄積されて、それが動力になるんだ。何度も使えばそれだけ風が通る」
「う、うん」
「さらに、その魔石には服についた汚れや細菌を分解し、フローラルな香りを付ける魔香効果も発揮できるよう、調整を加えてある。これで風呂上がりの衣服は洗濯後と同じ状態に仕上がることになる」
そしてもう一つ、このロッカーにはとっておきの機能がある。
自動折り畳み装置だ。魔石センサーの読み取り機能と簡易妖精召喚を組み合わせ、どれだけクシャクシャに置かれた衣類も自動で綺麗にたたんでくれる優れモノだ。
なので脱ぎ捨てた衣類は、何も考えずただ適当にロッカーへ放り込んでもらえればそれでいい。あとは全自動だ。
まとめると、このロッカーはいわゆる“自動洗濯兼折り畳み機能付きロッカー”ということになる。
「とても鍛冶師が作る代物とは思えないんだけど……」
「昔の職場に変な魔具オタクがいてな。魔国における俺の数少ない友人の一人だったんだが、そいつに色々教えてもらったんだ」
自身のことを「俺はテンセイシャだ!」と理解不能な単語で説明する変なヤツだったが、彼のアイディアは奇想天外で素晴らしかった。
ちなみに、施設全体にも“香気石”という香りを発する鉱石を各所に埋め込み、常にほのかな清潔感を保つ設計にしてある。
匂いも大事だからね。この温泉は効能が潤沢な分、硫黄などの臭いもそこそこするからその辺の気遣いもしっかりしとかないとクレームになるからな。
「脱衣所の床と外回りは終わったぞー、グレン!」
男衆代表のガルベさんが設計図とにらめっこしていた俺を呼ぶ。
「サンキュー! それじゃあ次はロッカーを組み立ててもらうかな!」
「これの組み立てはさすがに男衆には理解できないんじゃ……」
「そこは俺とティナでサポートするんだよ。もう設計図の内容と全体の仕組みは頭に入っただろ?」
「あんな難しいの、一回で覚えられるワケないでしょ」
「俺は全部頭に入っているから、その設計図を持っていけ。それを見ながらなら問題ないだろ?」
「あーそれなら多分、大丈夫だと思う」
「んじゃ、俺は西側から行くから、ティナは東側から頼む」
「おっけ!」
任せておいてなんだが、実質、素人にはかなり難しい注文をしていたという自覚はあった。ただ、ティナは筋がいい。あの設計図を1回見ただけでほぼ理解していたように思えたから任せる決断ができたんだ。
やはり彼女には、才能がある。
そんなこんなで、俺とティナ、男衆の手によって脱衣所の設置は順調に進み、夕方前には完成を迎えた。
湯気と木の香りに包まれたこの一帯は、もはや完全に“温泉施設”と呼べるものになっていた。
「なんか一気に温泉っぽくなったね!」
ティナが額の汗を拭いながら、そうポツリと呟いた。
「ああ」
陽が傾く湯けむりの中、俺たちはまた一歩、“村の夢”に近づいた気がした。
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