第11話 目隠し塀とロマン溢れる透過屋根

 床張りを完璧に仕上げ終えた頃には、太陽はすっかり西の山の向こうへ沈み、辺りは茜色から群青へと移り変わっていた。


 本日はこれにて作業終了。集まっていた村の男衆も「さぁ、酒の時間だ!」と盛り上がり、嬉々として解散していった。


 ちなみに俺も「一緒にどうだ?美味い肴があるぞ!」と誘われたが、丁重にお断りして雑貨屋へと戻った。


 別に冷たくあしらっているつもりは全くない。


 ただ俺はもともと、この村での生活を一人で気ままに送るつもりで始めていたから、他人との関わりは必要最低限でいいと考えている。


 それに、夜は俺にとってもっとも大切な“思考の時間”でもあるから、余計な付き合いでその貴重な時間を無駄にしたくない。


 静かな夜の作業場で構想を練るこのひとときが、何よりも好きだった。


 村長の「遊び心ある施設でいい」との鶴の一声があったおかげで、俺の中に眠っていた“面白アイディア”の数々を、遠慮なく形にすることができている。


 魔国時代は到底許されなかった自由設計が、今は現実のものとなりつつある。


「風呂に潜ると、魔影ホログラムが出るとかどうだ……いや、それはちょっとやりすぎか……」


 そんなふうにブツブツ呟きながら設計図を見直していたが、気づけば机に突っ伏したまま寝落ちしてしまっていた。


 目が覚めたのは、空が白み始めた頃だった。


「……しまった。今日の段取り、つけなきゃだな」


 幸い、本格的な朝の作業にはまだ間に合いそうだ。すぐに立ち上がって身支度を整え、工具や資材の点検にとりかかる。


 今日は昨日に続いて施設整備の第二段階――“塀・屋根・脱衣所”の設置に取りかかる予定だ。すでに設計と配置図は頭に入っている。必要な材料も、昨日のうちに雑貨屋の裏にまとめてある。


 塀の柱と屋根の梁材には、先日、男衆の別動隊に伐採しておいてもらった“アースパイン”を使用する。軽くて丈夫、腐りにくくて加工性にも優れた木材だ。


 砕石運搬と同時に運び込んでもらっていたので、タイミング的にも問題はない。


 屋根に使用する“透光性樹脂パネル”についても、数日前に俺がテルノ木樹脂をベースにした試作品を数枚、夜なべして仕込んでおいた。


 硬化魔法で透明度を高め、光加減で色が変わるように加工済みだ。量産まではいかないが、屋根として使うには十分な枚数がある。


「ティナには今日も補佐役を頼むか」


 職人の朝は早い。そして、忙しい。


「さて、動くとしますかね」


 こうして、俺のまた新たな一日が始まりを告げた



* * *



「おーい、グレン! この板はここに並べればいいのか?」

「ああ。そのまま隙間なく順番に並べて固定してくれ」


 俺の指示に従い、北と西の視線を遮るように、高さ2メートルほどの木塀をガルベさん率いる村の男衆が次々と立てていく。


「あれ? この板、風穴が空いてる」


 次々と立ち並ぶ木塀のひとつに触れながら、ティナがつぶやいた。


「そこから湯気が上に抜ける構造にしてある。通気性と保温性を両立する“誘導式魔構板”だ」

「また出た。ギョーカイヨーゴ……」


 板の表面には耐水加工と抗カビ処理を施し、長期運用にも耐えるよう調整済み。魔法文字を織り込んだ板目はほんのりと模様が浮かび上がり、見た目にも趣がある。


「風呂の塀って、ただ目隠しするだけじゃなくて、蒸気をうまく逃がして風を通すのが大事なんだ」

「たしかに通気性は大事よね。ずっとムシムシしてると、いくら耐腐食性能が高くても劣化が早そうだし」


 ティナの理解の追いつくスピードが上がってきている。扱う言葉もなんとなく職人っぽくなってきている。


 まだ若いがしっかり育てれば、もしかすると俺以上の職人になれる素質が実はあるのかもしれない。


 男衆の軽快な連携で、ほどなく塀の設置はすべて終わった。


 床との接地面など、確認する箇所は多々あるが、微調整は後から1人でも出来る。今は大掛かりな仕事から先に終わらせておきたい。


 ということで、次は屋根を乗せる。


「あ、この円柱はそういう意味だったのね」

「さすがに直接、塀の上に乗せるワケにはいかないからな」


 屋根を支えるには柱がないと、さすがに心もとない。男衆には木塀の設置と同時に柱も数本、指定位置に固定してもらっていた。


「グレーン! 柱の上に乗っける屋根と梁はこれでいいのか?」

「ああ! 次はそいつを頼む!」


 木塀の設置作業を終えたガルベさんたちが、早くも資材置き場に集まりだしている。汗ひとつ掻かず、楽しげに談笑しながらも、次の段取りについて話合っている。


 本当に力強い人たちだな。体力が尋常じゃない。


「すげー! なんだこの屋根、スケスケだぞ!」

「シャレオツだな」

「上から覗き放題じゃねぇか!」

「わざわざそんなところから覗かんだろ」

「板の穴から見りゃいいじゃねぇか」

「ウチの嫁を盗撮しやがったらタダじゃおかねぇぞ!」

『そんなもん見るワケねぇだろ』


 おじさん達の下世話で心地よい会話が聞こえてくる。リズミカルな掛け合いはずっと聞いていたくなる妙味もあるが、そういうワケにもいかないので、仕事の続きを始めよう。


 屋根の骨組みに使うのは、アースパインの木だ。言わずもがな、昨日別動隊に回収してもらった木材になる。ちなみに柱もテルノ木ではなく、アースパインだ。


 伐った後は雑貨屋裏の作業場で俺が乾燥魔法と熱処理で一気に水分を抜き、形状安定させた上で、梁材・垂木材としてあらかじめ加工を済ませておいた。


 手間はかかったが、こういう準備があるかどうかで、当日の作業効率は雲泥の差になる。


「よし。それじゃあ先に柱の根元に魔杭を打って、基礎を強化しておこうか。水平だけは注意しろよ」

「ウス!」


 男衆が次の仕事に取り掛かる中、俺は透光性樹脂の屋根パネルを確認していた。


 素材は“ルミシェル草”という半透明の植物の繊維から抽出される樹脂をベースに、魔力加工で透光性と色調制御機能を付加したもの。こいつも2日前、雑貨屋の工房で徹夜で成形した特製パネルだ。


「おーいグレン! この梁、ちょっと重いけど大丈夫か?」

「オーケー、そのまま垂木に受けさせてくれ」

「ウス!」


 脚立に登り、丁寧に梁を位置へ固定していく。大きな屋根ではない。湯舟の真上と、その周辺にほんのり日除けになる“部分屋根”構造だ。


 全体の屋根ではなく、パラソルのように湯舟の半分を覆うイメージ。これにより、湿気は逃がしつつ、雨や落ち葉だけは防ぐという狙いがある。


「この感じ……晴れの日には空が見えて、曇った日にはやわらかく光が入るってこと?」

「そう。夜には埋め込んだ魔石ランプで温泉を柔らかく照らす」

「魔石ランプ?」

「ああ。屋根と梁に仕込んである」

「あっ! 天井に所々見えてる、あの綺麗な石みたいなヤツね!」

「そうだ」

「グレンさんって、意外にロマンチストよね」

「職人ってのは、そういう生き物なんだよ」


 ひとつ、またひとつと、屋根パネルが設置されていく。


 空の色を映す透光パネルが、春の陽を受けてほんのりと青く光っていた。

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