第10話 整地と基礎と絶対にすべらない床
翌朝――。
温泉地に再び集まった俺とティナは、完成した湯舟を見下ろしていた。
浴槽は最高級。配管も完璧。湯加減も適温。
また、昨夜ティナが実際に浸かった感想を聞いたら、お肌がスベスベになり、身体も軽くなったそうだ。効能的にも相当なリターンが得られる、素晴らしい温泉だそうだ。
だが――
「さすがに、このままってワケにはいかないよね」
ティナが言うとおり、現状はただの“山に湯が湧いただけの場所”だ。湯舟だけポツンと存在しており、目隠しも床も屋根もない。
誰でも覗ける開放感全開の風呂なんて、田舎でもなかなかお目にかかれない。
「そうだな」
「せっかく温泉入ってスッキリしても、上がったらすぐ泥だらけになっちゃったし」
「風流でごまかせる範囲は完全に超えてるな」
というわけで、今日は“施設まわり”の整備に着手することにした。
「まずは床かな。次に塀、そして屋根か。他の設備はその後だな」
昨夜のうちに設計図は引き終えてある。すでに材料の大半も揃っていて、作業手順も頭の中に入っている。あとは人手と気合だ。
そこへ。
「おーーい! ティナ! GReeeeN!!」
遠くから聞こえる甲高い叫び。山彦のように跳ね返るその声が空気を震わせ、俺は思わず身構えた。だが声の主はすぐにわかった。
かなり惜しい。それはグリーンだ、村長。
「あ、おじいちゃん」
まるでコントのワンシーンのように、村長が雑貨屋の方向からちょこちょこと走ってくる。相変わらず腰が曲がり、足取りは怪しいが、顔だけはキセキ的に元気だ。
「ついに湯舟が完成したようじゃの」
「ああ。ティナや村の皆が手伝ってくれたおかげで、かなりいい仕事が出来たよ」
「うむ。こっそりマズローと一杯やりながら見とったから知っとるよ」
お年寄りだから手伝えとは言わないが、酒飲みながら観覧ってのはどうかと思うぞ。でも一体どこから見てたんだ? 気配は微塵もなかった。ちょっと怖いわ。
「これから湯舟の周辺を整備するから、入浴はもう少し待ってくれよ、村長」
「構わんよ。それにしても、あのドラゴンバルブにはおったまげたわい! ギャオオオオ言うとったな」
「ああ。アレはクレームが多かったから、昨日のうちに取り換えたよ」
個人的には気に入ってたんだけどな。
「むむ……それは惜しいことをしたのう。あの音は“金の鳴る音”じゃと思ったのに」
「金?」
村長の顔がキラリと光った、気がした。
「グリーレンよ。ワシには、見えてしまったのじゃ……。この温泉施設が完成した暁には、観光客や冒険者がどっと押し寄せ、村に金が溢れる未来が!」
俺は1000年生きるエルフの魔法使いではない。
「また随分と現金なことを……」
「村の財政再建は、お主の手腕にかかっとるのじゃ!」
なんでよそ者の俺の手腕に村の未来が託されてるのかはわからないが、期待されて悪い気はしてないので粛々と仕事は進めるつもりだ。
ただ、この村長の暴走は止まらない。
「のぼり旗じゃ! 名物饅頭じゃ! 風呂でオトナの自由恋愛も可とする!! この地を地上最高の楽園にするんじゃあああああ!!」
「自由恋愛??」
「風呂に
俺を勝手に偉大なる航路にして、村長はどこかへ走り去っていった。なんなんだあの人。変わり者過ぎるだろ。
そしていい加減、人の名前で遊ぶのは止めていただきたい。
とまぁ、そんなこんなで、村長の提言により、温泉設備に遊び心を取り入れる試みに対して了解が得られたと理解した。
ドラゴンバルブは不評だったが、果敢にチャレンジはさせてもらうことにするよ。
「おーい! ティナ、グレーン!!」
そうこうしている内に、頼りになる村の男衆がゾロゾロとやってきた。
* * *
「まずは整地だったよな、グレン」
「ああ。手筈通りに頼むよ、ガルベさん」
事前に仕事の段取りはすでにつけてあった。
村の男衆が今日やるべきことは、すべてガルベさんに伝えてある。
「え、いきなり床じゃないの?」
「ここの地面は凹凸が多い。このままじゃ床は張れない。それにきちんと排水できるように傾斜も整えなきゃならん」
「なるほど~」
「それから砕石を敷いて基礎をつくる」
俺は地面をレーキで均しながら、傾斜の方向を決め、早速作業に取り掛かった。
まずは男衆にツルハシで近くの山肌を削り、砕石をバケツでここまで運んでもらう。もちろん、道具は俺が用意した特別性。
この村の連中なら、それを使いこなせば1日でトンネルを貫通できるほどの性能だ。砕石の回収など造作もないハズ。
そしてそれをスコップで敷き詰め、整地と基礎を同時に作ってもらう。それほど広い面積を整備するわけではないので、男衆の力を合わせればそこまでの労力はないだろう。俺もティナも手伝うし。
また、集まった男衆の人数が昨日より増えていたので、数名は別動隊として柱や屋根に使用する“アースパイン木”の伐採と加工に回ってもらった。これでより効率的に仕事が進められる。
とまぁ、そんなこんなで、数時間ほどで仕事を終えてくれた男衆。
整地は完璧。新しい木材の採集と加工も進んだ。基礎の強度や角度も申し分なし。湯舟の下が少し気がかりだったが、潜り込んでうまいこと整えてくれたようだ。さすがだな。
進捗は順調すぎるくらい順調。次は床の設置作業に取り掛かる。
風呂の周辺に木製のすのこを敷き詰め、水はけのために傾斜をつける。
「この床、ちょっと斜めになってるけど……」
「それは排水を隅に流す傾斜だ。下には砂利と砕石を敷いてある。浸透排水型だな」
「シントーハイスイ??」
しかも、表面には“防滑樹脂”を塗布してある。これで濡れても滑りにくくなる。
「ティナ。少し歩いてみてくれ」
「わっ! この床、すごい滑りそうな見た目なのに全然滑らない! それに……」
「気持ちいいだろ?」
「この感触はなんなのかしら……」
そこにも職人の技がある。
「足裏の当たりがやさしいだろ? それは“インフェルノ・テルノ木加工”の効果だ」
「インフェルノ??」
「熱処理のことだ。木材をあらかじめ高温でじっくり焼き締めて、余分な水分と樹脂を飛ばしてある。そうすると腐りにくくなる上に、表面がすべすべして、ほんのり温かい感触になるんだ」
「へぇ〜、そんな技があるんだ……」
「しかも足の裏から体温が奪われにくい。冬場でもひやっとしないだろうな」
テルノ木は本当に便利で使いやすい木材だ。
この村の周辺にその樹木が密生しているというのは僥倖。ものづくりにはとても適していて最高の環境だ。
「ちなみにあえてインフェルノと命名したのは、フェルノとテルノの母音を掛け合わせてだな……」
「わかりにくいしつまんないから、ソレ、もう二度と言わないほうがいいよ」
「……」
床と違って、俺の駄洒落がすべらないという話ではなかったらしい。
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