第8話 冷却用の貯湯樽とドラゴンバルブ

 というわけで、次は源泉をいい湯加減にするための設備を整えなくてはならない。


 以前、マズローさんの魔法で判明した源泉温度は80度だった。


 あのじいさんはそれが適温とかワケのわからないことを言っていたが、普通の人がその温度のまま湯に浸かったら確実にやけどするか、下手したら死ぬ。


 なのでこの湯を快適に入浴できる40度~41度まで下げる必要がある。


「普通の風呂なら、水で薄めたいところだが……」

「えっ、ダメなの?」

「この温泉、ミネラル濃度が高すぎて、水で割ると成分が結晶化して大変なことが起きるかもしれないんだ」

「そうなの?」


 湯配管に結晶化した鉱物が詰まり、配管爆発を起こす危険性がある。なので、この温泉では水で薄める冷却方式は採用できない。


「ということで、今回は“自然冷却方式”を採用する」

「しぜんれいきゃく?」

「ああ。源泉を少し高い位置に設けた“湯溜め桶”にいったん溜め、そこで湯気を飛ばしつつ冷ます。そこから湯船へ落とし込む流れを作る」

「へぇ~。そんな方法があるんだ!」

「高度差で自然流下できるよう、湯舟より1.8メートル高い場所に貯湯樽を設置する。あとは魔石バルブで湯量調整できるようにして……」

「……あの、グレンさん?」

「なんだ?」

「さっきから思ってたんだけど、グレンさんって鍛冶師なのに、なんでそんなに温泉設備のこと、詳しいの?」


 まぁ、そろそろそれを聞かれるだろうなとは思っていた。


「魔国の鍛冶師はなんでも屋だ。以前、魔王の命令で福利厚生用の巨大温泉施設を1人で建造させられたことがある」

「1人で!?」

「ああ。アレは地獄だった」


 思い出しただけでもストレスで吐きそうだ。


 専門外の仕事でも「グレンならなんとかするだろ」といつも軽いノリで無茶ぶりしてきた鬼畜魔王。


 トップというのは得てして、現場の苦労などまるでわかっていない。金払ってんだし、とにかくやれよとしか言わない。


 常々「お前がやってみろよ」と言いたくなる気持ちを我慢しながら仕事をしていた。


「グレンさんも、苦労してるんですね」

「まぁな」

「ところでその樽ってどこにあるんですか? 今から作るの?」

「いや、貯湯樽は雑貨屋の作業場で村の男衆に設計図を渡し、仕上げを依頼してある。もうすぐ彼らがここに運んでくるはずだ」


 その段取りはすでに組んでいる。


「そうなんだ。どうせなら、ここで皆一緒にやればよかったのに」

「いや、それは無理だ。貯湯樽は湯を高所に留めておくタンクだからな。密閉性が命なんだ。現場組み立てじゃどうしても精度が甘くなる」

「いろいろあるのね」

「それにその樽、湯舟の倍以上の容量がある。完成品で200kg近くあるから、俺とティナだけじゃ運ぶのは不可能……お、噂をすれば」


 雑貨屋がある方角から、聞き慣れた元気な声が聞こえてきた。


「グレーン! ティナー!」


 見ると、村の男衆たちが、でっかい丸太──じゃなかった、直径1メートル、長さ2メートル近い巨大な木製貯湯樽を肩に担ぎ、わっせわっせと近づいてくるところだった。


「デカッ!」


 ティナが樽の存在感に圧倒され、驚きの声を漏らす。


「すごい……あんなの、よく担げるわね……」

「なあに、任されりゃやるのが男衆ってもんよ!」


 ガルベさんがドヤ顔で言い放ち、他の男たちも「ウス!」「押忍ッ!」と謎の掛け声を上げて、貯湯樽を地面にそっと下ろした。


「おう、グレン! 設計図どおり、寸分の狂いもなく仕上げておいたぞ!」

「ありがとう。この出来ならそのまま据えられそうだな」

「俺ら、こう見えても工作は得意だからな!」

「こう見えても、っていう自覚はあるんだな……」


 確かに、筋骨隆々の見た目からは想像も出来ないほど、細かい仕事をしてくれたのは樽の出来栄えからわかる。少し不安はあったが、予想以上の完成品だ。


「よし。それじゃあ、こいつを据え付ける場所まで移動させてくれ」


 俺がそう言うと、男衆たちが「おうよ!」と声を揃えて、再び肩に樽を担ぎ上げる。巨大な筒がまるで空気のように軽々と持ち上がるのを見て、ティナがぽかんと口を開けたまま呟く。


「村の人たち、いつも以上に気合が入ってて楽しそう」

「そうなのか?」

「うん。もともと元気なおじさんたちだったけど、グレンさんが来てからさらに拍車がかかってる」


 ティナの所感をよそに、男衆たちは「はいよー!」と威勢よく、樽を据え付け予定地へ運び始めた。


 湯舟からちょうど1.8メートルほど上がった、小高い位置にある台座。これも俺が昨日のうちに石を積んで基礎を整えておいた場所だ。


 やがて、「せーのっ!」の掛け声と共に、ドスンと絶妙な位置に貯湯樽が据え付けられた。


「ふぅ〜、見ろよこの収まり。芸術だな」

「よし。オーケーだ」


 男衆たちが胸を張っているのをよそに、俺はすでに次の作業に取り掛かっていた。湯舟へと繋がる配管と、樽の下部に取り付ける“魔石バルブ”の準備だ。


「ティナ、そこの袋の中から“ドラゴンの咽喉石”を取ってくれ」

「どらごんの……え? なにそれ、バルブって普通の木の栓とかじゃないの?」

「違う。この魔石バルブ《咆哮式》は、湯量の調整と、配管の自浄作用を兼ねている」

「じじょうさよう?」

「簡単に言えば、バルブを開閉するたびに、微弱な音波で配管内のスケール汚れを吹き飛ばしてくれるんだ」


 ティナが目を丸くした。俺は魔石を慎重にバルブの受け口に設置し、特製の銀製ネジで固定していく。


 ちなみに魔石は魔国からパクって……いや、退職金代わりとしてもらってきたものの中のひとつだ。この村に来てから調達した素材ではない。


 さらに、バルブの下部には、あらかじめ用意していた配管を取り付けていく。素材はテルノ木の中でも特に密度が高く、年輪の詰まった“硬質芯部”だけを使ったものだ。


「これ、木の管なんだ?」

「そう。金属は硫黄で腐食するし、石は重すぎて設置が大変だからな。テルノ木の導管は軽くて丈夫。加工も楽で、内面をなめらかに整えれば湯垢も付きにくい」


 管の内側には、樹脂系の“滑性強化コート”を塗布してある。これで湯の流れがスムーズになり、鉄分やカルシウムが沈着しにくくなるはずだ。


 俺たちは、貯湯樽の下部から湯舟の注ぎ口まで、緩やかな勾配を保ちつつ導管を地面に這わせるように繋いでいく。


 継ぎ目ごとに“漏れ止め封魔樹脂”を塗り、さらに魔紋で固定して密閉性を高める。


「これで……注ぎ口までの配管もOKだな」

「よーし! これで水路は完成かな?」

「ああ。ちなみにさっき取り付けたバルブなんだがな、湯量を調整するとき、ドラゴンの咆哮を発するようにしてある」

「……なんで?」

「遊び心だ」

「はい?」


 ティナには漢の遊びというものがわかっていないようだ。


 ……いいだろう。見せてやろう。


 俺が仕込んだ魔石バルブの性能とやらを。




 ギャオオオオオオオオオッ!!




 大音量の咆哮が温泉地に響き渡る!


 ティナがビクッと跳ねて、隣で作業していた男衆のひとりは、腰を抜かして尻餅をついた。


「な、なんだ! 敵襲か!?」


 だが、ドラゴンの遠吠えを響かせながらも、バルブの動きは極めてスムーズだった。ピタリとお湯が止まり、また少し捻れば、ちょうど良い量が流れ始める。


「なっ? 凄いだろう。この魔石のドラゴンは霊竜と言ってだな……」

「今すぐそれ、取り換えなさい……」

「ん? 何故だ?」

「うるさいからに、決まってるからでしょうがぁ!!」


 ティナのツッコミが今日も冴え渡る。


 こうして、咆哮する俺の魔石バルブは、ティナや村人たちの激しい抵抗にあい、泣く泣く再設置の憂き目にあうのであった。

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