第7話 これぞ最強の湯舟

 翌朝――


「はぁ……眠……」

「遅刻だ、ティナ。5分遅刻だ。アウトだ」


 湯気の立ちのぼる畑、もとい温泉予定地にて。朝陽を背に立つ俺の前に、あくび混じりにティナが現れた。


「だってぇ~……昨日あんなに動いたし……朝弱いんだもん……」

「そんな言い訳がこの職人の世界で通用するとでも?」

「いや私、職人じゃないし」

「ものづくりは常に戦いだ!」


 パチンッ。


「ひゃあ! ビ、ビックリしたぁ!」

「目が覚めたか?」


 強めに両手を合わせて音を鳴らし、ティナを覚醒させる。ぐぬぬ……と睨んでくるが、目の焦点はさっきよりはっきりしている。


 よし、活動開始だ。


「さて、作業の段取りはもう済んでいる。昨日仕込んだ複合素材はしっかり固まってるし、木枠も寸法ぴったりに切り出して、あそこに置いてある」


 ポコポコ湧き上がる源泉の少し横に、湯舟の素材が綺麗に並んでいる。


「い、いつの間に!?」

「頼んでもいないのに、村の男衆が朝一番で全部やってくれたんだ」

「ああ。あの人たちならそういうの、お願いされてなくてもやりそう」

「この村の人たちは働き者ばかりだな。なんで限界集落になっているのか謎だよ」

「ここは友愛の村だからね。お金とかそういうのじゃなくて、ただ隣人を喜ばせたいって人達ばっかりが集まってる変わった村なのよ」

「ステキな村じゃないか」

「ま、色々な不便や揉め事も多いんだけどね。すぐ喧嘩するし」


 そんな会話をしながら、俺たちは今日の本命作業、湯舟の組み立てへとさっそく取り掛かった。



* * *



「うわ、この強化樹脂、本当に石みたいに硬い……!」


 ティナがごんごんと内槽をノックする。音の響きが金属のようだが、触り心地はなめらかで温かみがある。


 さすがバルファンの尾毛とテルノ樹脂の合わせ技、素晴らしい質感だ。


「さて、ティナ。組み立ての手順を説明するから、よく聞けよ」

「はい、お願いします!」

「まずこの木枠の底に、俺が用意した接着用の“粘着魔紋”を貼る。次に強化樹脂の内槽をはめ込み、最後に魔力充填式の“融合結界”を展開する」

「ユーゴーケッカイ??」

「えっ、知らないのか? 融合結界」

「普通の人は知らないと思う」

「そ、そうか。要するに、粘着剤と魔法を合わせてガチッと固定するだけの仕事だ。それほど難しくはない」

「いや、魔法とか使えないし」

「なんだって?」


 魔国の連中は全員なにかしらの魔法を使えたから、てっきり人間もそうなのかと思っていたが違ったようだ。


 その作業は全部お願いしたかったが、しょうがない。粘着剤を張る仕事だけお願いして、俺が融合結界を担当しよう。


「えーなんかつまんなそうな仕事……」


 ティナはぶーぶー文句を垂れながらも、指示されたとおりにテキパキと動いた。


 予想以上に器用だった。繊維の向きや厚みを一発で理解するし、工具の扱いもスムーズ。一から十まで教えなくても作業を高速かつ正確に進めている。


 なかなかやるじゃないか。


「よし。強化樹脂の内槽、挿入!」

「わざわざデカい声で“挿入!”とか言わないでよ! セクハラ発言だよ、それ」


 意味がわからない。


「ティナが勝手に勘違いしているだけだろう。欲求不満か?」

「なっ!? ち、ちちちがうわよッ! 変態!!」


 ティナの耳が赤くなる。思春期か?


 俺は笑いを堪えながら、魔力を流し、“融合結界”を展開する。木と樹脂が重なる部分に、薄く淡い光の帯が走る。これで接合は完了だ。


「すごっ……! もう隙間がない……」

「この構造は、水圧にも腐食にも強い。数年どころか、十年単位でメンテフリーだ」

「わぁ……グレンさんて、変態おじさんだけどスゴいんですね」

「俺は紳士だ」


 ティナがぽつりと感嘆の声を漏らす。その表情は素直で、心からものづくりを楽しんでいる顔だった。


「よし。次は湯温を逃さないように、縁に断熱処理。テルノ樹脂に魔力を通して……」


 俺がぶつぶつ言いながら作業に没頭していると──


「これ、こんな感じでよかったかな?」

「……えっ?」


 ティナが処理していたパーツは、俺が次にやろうとしていた断熱処理そのものだった。処理の角度、樹脂の量、なんならデザイン性まで備わっている。


 俺よりうまく作れてるんじゃないか、それ。


「ティナ……」

「あっ、ごめんなさい。勝手にやっちゃダメだった?」

「いや。今ちょうど、それをお願いしようと思っていたところなんだ」

「よかったぁ」

「やったことあるのか? 断熱処理」

「ううん、初めてだけど」

「初体験……だと?」

「結構面白いんだね、ものづくりって! てか言い方、おじさん!!」


 天才か。天才なのか、この子。



 ティナの予想外の活躍もあり、その後も作業は順調に進んだ。


 そして、昼過ぎにはついに──


「ふぅ……完成だな!」


 目の前には、大人が三人は同時に入れそうな、全長2m強、幅1.5mほどの漆黒の湯船が鎮座していた。


 枠にはテルノ木の美しい年輪。内槽は魔獣の尾毛と樹脂で形成された強化素材。表面は滑らかで温かく、まるで生き物のように存在感がある。


 全体をまとめるとこうだ。


《素材:テルノ木(枠)》

《構造:魔獣尾毛入り強化樹脂(内槽)》

《耐久性:極めて高い》

《腐食耐性:鉄分・硫黄対応》

《メンテナンス:簡単(村長でも洗える)》


 完璧だ。これ以上の浴槽を作れる職人などいないだろう。ティナの助力あってこそだが。とてもいい仕事が出来て俺はとても満足だ。


「すごいよグレンさん! これなら絶対長持ちするね!」

「ああ。温泉に負けない、最強の湯船だ」


 ティナがぴょんぴょん跳ねながら喜ぶ。達成感が胸に広がる。


「ねぇ! 早くお湯注いで入ろうよ!」

「一緒にか?」

「いいよ、別に」

「えっ!?」


 反応が面白かったから少しからかい続けていたら、想定外の反撃されてしまった。逆に俺が顔を赤くしているのがわかる。


 裸見られるのは恥ずかしくないのか、この子。いや、これは冗談だぞ、グレン。真に受けるんじゃない。


「ま、まぁそう焦るなよ。まだ配管と排水の加工が残ってるし、そもそも源泉垂れ流しだと熱すぎて入れない」

「えぇ~」

「まだまだ、やるべきことはたくさんある」


 でも、これで一番の山は越えた。


 俺は完成した湯船を軽く撫でる。ひんやりとした手触り。その下に込められた、汗と技術と想いの重なり。


 “自分の技術で、誰かを癒せる”。その喜びが、静かに胸を満たしていく。


 ……今のところ、呪いの気配はないな。


 俺たちの温泉計画は、確実にまた一歩、前進した。

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