第6話 素材集めと複合樹脂【木材×魔物の毛】

「さてと。次は浴槽作りだな」


 温泉の湯気が立ち上る中、俺は設計図代わりの地面に棒で軽く線を引きながらそう呟いた。


「ねえ、グレンさん。湯船ってやっぱり木で作るの?」

「うーん……」 


 俺は湯気の向こうを見つめて唸る。木製の湯船は風情がある。

 

 だが──


「さっきのマズローさんの分析、覚えてるか?」

「えっと……えーと……えーと……」

「お湯は鉄分・カルシウム・硫黄、それに重炭酸塩。全部たっぷりだ」

「そうだった! 恋愛運も上がるって言ってた!」

「いや、それは多分冗談だろ」 


 俺は鼻で笑いながら指で泉を指し示す。


「ただ、泉質が濃すぎるんだよな。この成分だと、普通の木じゃたぶんすぐ腐る」

「この村の近辺にたくさん生えてる、テルノ木なら大丈夫なんじゃない?」


 テルノ木とは、湿度の高い環境でも腐りにくく、耐熱・耐久性能にも優れた素晴らしい木材だ。俺も魔国で武器を作っていた時、柄の部分なんかでよく使っていた。


「確かに、並の泉質ならテルノ木は浴槽に十分適している。だが、これだけ多量の成分を含んだ湯に対して、腐食を防げるほどの耐性はないと思う」

「ん~……じゃあ石がいいのかな? 岩風呂みたいな」

「悪くはない。ただな、ティナ。この泉の鉄分とカルシウム量だと、石の種類によっては数年でボロボロになるリスクがある」

「えーっ! 温泉って、繊細なんだね……」

「生き物みたいなものだよ、温泉は。泉質によってずいぶん性格が違うんだ。だから素材も選び抜かないとな」

「他の素材は?」

「金属も考えたが、この硫黄成分だとかなり錆びやすい」

「錆びたら温泉台無しだよねぇ」

「そうなんだ。ミスリル鋼でも使えれば問題なさそうだけど、さすがにそれだとコストが合わなさすぎる」

「ミスリル……って、お宝素材じゃない! 買ったら高いんだっけ?」

「湯船ひとつ作るのに、国家予算レベルの金が必要になる」

「えええええええ!!」


 ティナが頭を抱えてのけぞる。まあ、気持ちはわかる。


「木も金属も石も難しいとなると……どうすんの?」

「まぁ、複合素材しかないだろうな」

「複合素材?」

「ああ。簡単に言えば“混ぜ物”だ。たとえば“繊維強化樹脂”──俺たちの世界、魔国の業界用語で言えば、《強化樹脂工法》とか呼ばれてる」

「強化樹脂、工法? なんだか凄そうなやり方ね」

「簡単に言うと、樹脂に強い繊維を混ぜて固める。耐久性がぐっと増すし、腐食にも強くなる。耐火性能は少し落ちるが、温泉くらいの熱なら問題なさそうだ」

「つまり、グレンさんがその素材で湯舟を作ってくれるってことでいいんだよね!」


 ティナがぐっと親指を立てる。


 まぁ、そういうことだ。


「樹脂はテルノ木から採取・精製するとして、問題は繊維のほうだな」

「その辺りの草とかじゃダメなの?」

「草って。さすがにもっと強い……そうだな、《魔獣の尾毛》なんかがいい」

「魔獣の尾毛?」

「ああ。“バルファン”の尾毛だったら最も理想的だ」

「バルファンならこの村の畑を荒らしによく来る魔獣だから、その辺にいっぱい生息してると思うよ!」

「……いや、バルファンってまぁまぁ強い魔獣なんだけどな。畑を荒らしに来た時、どうやって対処してんの?」

「えっ? そりゃ村の男衆が力を合わせて、気合でいつも追っ払ってるよ!」

「気合でって……」


 普通の害獣とはワケが違うんだけどな、バルファン。


 限界集落の男衆、恐るべし。


「よーし! それじゃあとりあえず、テルノ木とバルファンの尾毛を集めればいいのよね?」

「ああ! さすがに俺たちだけじゃ集めるのに苦労しそうだから、土木工事は一旦保留にしてもらって、噂の男衆に素材集めを手伝ってもらおうか!」

「うん! おーい、ガルベさーん!!」


 ティナの声が村中に響き渡る。数分もしないうちに、屈強(?)な村の男たちがぞろぞろと集まってきた。


「バルファンを倒して尻尾の毛をむしり取ってくればいいんだな!」

「ほほう、ついに俺の真の力を解放する時が来てしまったようだな」

「ワシの秘技・花びら大回転丸太斬りが火を噴くぞい!」


 男衆の目には焔が宿り、皆一様に闘志をたぎらせている。


 これは心強い!


「うわ、やる気満々だな、このおっさんたち……」

「よーしみんな! テルノ木採集&バルファン狩りで湯船の材料をゲットするぞ!」

『おー!!』



* * *



 数時間後。


 男衆のあり得ない活躍により、雑貨屋の前で浴槽の全体図を描いて待っていた俺の目の前に、大量の木材と尾毛が置かれていた。


 パッと見どれも状態がとんでもなく素晴らしい。これなら、最高の湯舟が造れそうだ!


「グレンさん!この尾毛、めっちゃファサファサだね!」


 ティナが俺の隣で腰を下ろし、集まったバルファンの毛を撫でている。


「良質なバルファンの尾毛はファサファサなんだ。こいつをテルノ木から集める樹脂に絡めて固めれば、最高の特製複合素材を生成できるぞ」


 もっとも、その複合素材を作るのにも結構な知識と技術が必要なんだよね。さすがにこればっかりは俺の仕事になるだろう。


 それに、生成にはある程度の時間も必要だ。緻密な配合をした後、一定時間寝かせておかなければ、その複合素材は完成しない。


 ちょうど日も沈んできて、今日はもう外での作業は難しいだろうから、あとは俺が雑貨屋の工房に籠って素材を仕込んで寝かせれば、明日の朝一からまた制作工程を進められるだろう。


 そこまで体力のいる作業でもないから、これからもう少し頑張ってそこまで終わらせておこうかと思う。


「さ、今日は日も暮れたから、ティナはもう家に帰って休みな」

「ええ。さすがにちょっと疲れたし、そうさせてもらうわ」

「明日は朝一から湯舟の制作作業に取り掛かるから、夜が明けたらすぐにここへ集合するように」

「ええー! 私、早起き苦手なんだけど……」

「さっき手伝うって言っただろ? 俺は助手を甘やかさないから」

「朝残業反対!」


 夜残業がないだけありがたく思ってもらわないとな。ちょっと朝早くから働くくらい、どうということはないだろう。


 死に物狂いで働いてもいいことがないのは、経験上わかってはいる。だが若いうちは、多少無理をしてでも何かに熱中するぐらいのほうが人生は豊かになる。


 と、おじさんなんかは思ったりするワケだ。

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