第4話 温泉施設をつくろう

 ガルベさんが呼び集めた村の男衆らとともに、温泉吹き上がる“奇跡の畑”を整備するため、俺たちは今、土木仕事に汗を流している。


 総勢五名。平均年齢は六十超えらしい。皆、久々のイベントに目を輝かせて作業に勤しんでいる。


「おーい、グレン! 道具がまったく足りないんだが、なんか準備できねぇか?」

「ああ。店に戻れば使えそうな道具はいくつかある」

「んじゃそれ、持ってきてもらっていいか?」

「了解だ」


 そんなこんなで、俺は一度自分の雑貨屋へ戻ってきていた。


「よいしょ……確か、替えのスコップと杭、あとロープが……」


 ドアを開けようとしたそのときだった。


「おじいちゃん、荷物まとめ終わったから、私もう行くね!」


 元気な女の子の声が、雑貨屋の前に響いた。振り向くと、そこには腰に手を当てて仁王立ちしている少女がいた。


 明るい栗色の髪をひとつに束ね、リュックを背負って、まさにこれから旅立とうとしているところらしい。


 隣には、いつものようにくたびれた顔の村長が立っていた。


「おお! アンタは確か……フリンじゃったよな?」

「グレンだよ」

「ああ、そうじゃそうじゃ。グレムリンじゃったかのう……」

「もうそれ、ワザと間違えてるだろ?」


 そんなやり取りを聞いた少女が、俺のほうをじろりと見てきた。


「アナタ、だれ?」

「鍛冶師のグレンだ。最近この村に来たばかりの新参者。村長の紹介で、そこの小屋を借りて雑貨屋をやらしてもらっている」

「ふーん……」


 少女の視線が少し柔らいだかと思えば、すぐにまたピリッと戻った。


「お嬢ちゃん、名前は?」

「私はティナ。村長の孫よ」

「へぇ。まったく似てないね」

「似てるワケないでしょ! こんなくたびれたじいさんと!」

「性格はソックリじゃぞい」

「似てない!!」


 ティナは腰に手を当ててふんっとそっぽを向いたが、その顔はどこかニヤついていて楽しそうだった。


 作業中、村人の噂で名前だけは聞いていた。村長の孫で、この村で唯一の若者らしい。気が強くて、口が達者で、でも根は素直で優しいステキな女の子だっていう話なのだが……。


 なるほど。優しいってのはよくわからんが、それ以外はだいたい合ってるようだ。


「こんな田舎で雑貨屋始めるなんて、アナタも変わった人ね。ま、私はもう村を出ていく身だから関係ないけど……って、ねぇ。さっきからなんか変なにおいしない?」


 ティナが鼻をひくつかせ、辺りを見回す。


「ああ、それ。温泉の匂いだよ」

「はぁ? 温泉?? この村に温泉なんて湧いてないわよ」

「昨日ガルベさんが裏の畑をスコップで掘ってたら、湯気が出てきたんだ。今みんなで温泉に入れるよう、土木作業してるところだ」

「はぁぁ!? スコップで温泉を掘り当てたぁ?? ちょっとなに言ってるかわからないんだけど……」


 彼女の声が二段階くらい跳ね上がった。


「でもこの硫黄みたいなにおいは確かに温泉……。ねぇ、それどこで掘ってんの? 案内してよ!」


 ティナは迷いなくリュックを玄関に置き、ずかずかと歩き出す。さっきまで村を出ようとしていた人の行動とは思えない切り替えだ。


「ああ、こっちだ。ついてきな」


 


 * * * 


 


 畑に戻ると、ガルベさん率いる村の男衆が、額に汗を浮かべながら土を掘り返していた。


「こっちの湯、昨日より熱い気がするな!」

「このスコップ、マジですげえわ……」


 噂のスコップは、すでに“伝説の鍛冶道具”扱いされていた。正直、俺よりスコップの方が有名になっている気がする。


「な、なにこれ……温泉、ほんとに湧いてるじゃない……」


 ティナが蒸気を浴びながら、ぽかんと口を開ける。


「おっ、ティナじゃないか! 聞いてくれよ! このスコップがすげぇんだ……」

「ちょっとソレ、見せて!」


 ティナがガルベさんから剥ぎ取るようにスコップを奪い、手にとって俺の業物をじっくりと観察し始めた。


「うわ、なにこれ、軽ッ! 握りやすッ! 刃の角度が絶妙過ぎる……いやでもこれ、どこの天才職人が作った……」

「俺」

「え?」

「それ、俺が作った。一応、鍛冶師だからな」

「えっ? アナタ、本当に鍛冶師だったんだ」

「信じてもらえたか?」


 ティナの俺を見る目が変わった。きらきらと輝いている。が、その裏には「でもこの人、なんかワケありなんでしょ」といった疑惑の視線も含まれていた。


 まあ、否定はしないが。


「おお、こりゃ凄い! おや? ティナ、まだおったのかえ? もう決めたのならとっとと村を出て行けばよかろうて。アディオスじゃ」


 村長がどこからともなく現れ、吹き上がる温泉に感動しながらも、ティナを煽るように別れの挨拶を押し付けていた。


 意外にドライなんだな、くたびれ村長。


「ち、ちょっと待ってよ! この村に温泉が眠ってるなんて私、聞いてないし! 何にもない田舎だと思ってたし! いや、そういうことなら……」


 ティナは湯気を見つめ、ふっと口元をほころばせた。


「温泉があるなら、観光資源になる。人が来る。交流が生まれる。村が元気になる。そして……めっちゃ儲かる! ステキじゃない!!」


 言いながら、ティナの目がキラキラと輝いている。


 なるほど、これが“若さ”というやつか。


 ……いや、がめついだけか?


「私、この村に残る! 温泉があるなら話は別だわ!」

「現金なやっちゃのぉ。誰に似たんじゃ」

「アンタや」


 いやティナさん。アナタさっき村長と性格似てないって豪語してなかったでしたっけ? 結局似てること認めちゃうんだ。


 ただその言葉に、村の男衆の顔は一気にほころんだ。唯一の若者が出ていくのを内心覚悟していた彼らにとって、それはまさに神の一言だったらしい。


「よし、聞いたか皆の衆! ワシの孫、ティナが直々にこの村を世界一の温泉地にすると宣言した! 村民たちよ、いまこそ立ち上がる時!! 開発じゃぁぁ!!」

「うおおおお!」


 その場で、謎の村内コンセンサスが取れた。


 これが“絆”というやつか。


「というわけなので、グレンさん。村の鍛治師として、温泉設備の制作、全部お願いできますか?」

「……はい??」


 さも当然であるかのように、ティナが俺に雑な仕事の依頼をしてきた。


 全部って、どういうこと?


「桶、湯船、湯のれん、看板、椅子、脱衣カゴ、あ、あと受付小屋も!」

「いや、なんでそうなる。俺はそもそも、この地でゆっくり暮らすために……」

「私も村の皆も一緒に手伝いますから! ね、お願い!!」


 一緒に手伝う、か。


 そういえば、魔国でそんなことを言ってくれる魔族は一人もいなかったな。俺はいつもひとりで黙々と作業をこなしていたんだ。


 別に武器や兵器を作るわけじゃない。


 その程度の仕事なら、引き受けてもどうってことないか。助手もいることだし。


「……」

「ダメですか?」

「わかった、引き受けよう」

「やったー!」

「ただし、俺は仕事で手は抜かない主義なんでね。手伝うなら真剣にやれよ」

「望むところよ!」


 このキラキラとした若い笑顔の期待に応えないワケにはいかないだろう。必要とされるのは嫌いじゃない。


 それに俺も、温泉には入りたいしな。


 しょうがない。


「わかったよ。それじゃあ土木系の仕事はガルベさん達に任せていいか?」

「合点承知! 最高の設備を作ってくれよな、グレン!」

「ああ」


 癒されるために、この地にやってきたはずなのにな。少し忙しくなりそうな予感はする。でもまぁ、それも悪くないか。


 呪いの事は一旦忘れよう。スコップは問題なさそうだったんだし。


 温泉も……


 まぁ、経験でなんとかなるだろ。

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