第3話 俺の作ったスコップが当てたらしい

 俺の雑貨屋に、はじめての客がやってきた。


「おう、あんちゃん! スコップある?」


 声をかけてきたのは、近くの畑で農作業をしているという村人だった。聞いてもいないのに「名前はガルベだ」と名乗ってきたあたり、悪い人ではなさそうだ。


 見た目は完全に気のいいおっちゃんそのもので、鍛え抜かれた腕っぷしが、これまでの人生を語っている。


 あれから数日かけて小屋の修繕を終え、鍛冶場もようやく形になってきていた。


 実は魔国を追い出されるときに、鍛冶道具と少しの鉄、鉱石はこっそりと持ち出していた。


 当然の権利だろ。退職金出さなかったんだからそのくらい黙って持って行っても罰は当たらない。決して盗んだわけではない。


「ああ。ちょうどいいのがあるよ」


 店の奥から、棚の脇に立てかけてあったスコップを取り、差し出す俺。


 鍛冶道具の手入れも大方終わったので、昨日のうちに手元の素材だけで簡単に作れそうだったから、試しに作ってみたものだ。


 刃は鉄製。柄には、村の近くで採れた丈夫な木材を使っている。見た目はごく普通。でも、精度には自信がある。


 長く魔王軍で鍛冶師をやっていたからな。最強の武器や防具に比べれば、スコップなんて片手間でできる程度のものだ。


「おぉ、こ、これは……」


 ガルベさんの目がみるみるうちに見開かれていく。


「柄の握りやすさ、刃の角度、重さのバランス……完璧じゃねえか。で、これいくらだ?」

「3リルでいいよ」

「やっっっっす!!」


 三リル。この世界における一般的な相場感覚だと、おそらくパンが三つ買える程度の額だ。彼が言うように、安いとは思う。


 まぁ、金儲けをするためにここで雑貨屋をやってるわけじゃないからな。原価もほぼゼロだし、金なんかなくても自由に暮らせるから、使ってくれる人が喜んでくれるならそれでいい。


「ありがてえ! これで明日からの畑仕事も捗るってもんだ!」


 ガルベさんはスコップを抱えて笑顔で帰っていった。その背中を見送りながら、俺はふう、と息を吐いた。


 あんなしょうもないスコップひとつで、あれだけ笑顔になってくれるなんてな。たったそれだけで、こんなに気持ちが軽くなるとは思わなかった。


 この村に来てから、心がじわじわとほどけていく感じがある。


 魔国で鉄を打ち、怒鳴られ続けながら最強の武器・防具を大量に作り続けたあの頃とはまるで違う。


 今思い返すと、毎日が狂気だったな。


 よく耐えてたよ、俺。最終的には呪いの装備ばっかり納めてたけど、実質俺自身が呪われていたと言っても過言じゃなかったよな。



 ……ああ、そうだった。



 俺が作っていた“呪いの武器”は、意図して生み出していたわけじゃなかった。気づいたときには、勝手に呪いが宿るようになっていたんだ。


「あのスコップ……大丈夫だよな、たぶん」


 武器を作ったワケじゃない。兵器を作ったワケじゃない。ストレスなく無心で作った簡易スコップだ。そんなモノにまで呪いが宿るなんて、そんなことあるはず……


 ……ないと、信じたい。



* * * 



 ──翌日。


 雑貨屋のドアが、勢いよく開かれた。


「おいアンタ! ちょっと来い!!」

「うおっ、ガルベさん!?」


 昨日のスコップおじさんが、血相を変えて飛び込んできた。手には、昨日売ったばかりのスコップ。


 折れた? 曲がった? すっぽ抜けた!?

 それとも……


「(えっ? まさか、呪い?)」


 魔国の専属鍛冶師時代、作った武器にはとんでもない副作用が多かった。


「装備すると下半身が知覚過敏になる鎧」とか、「振るうたびに下半身の血流が爆発する魔剣」とか。いくら安く売ったとはいえ、もしそんなデメリットがあるスコップなら返品必至だろう。


「すまん、やっぱり呪われてたんだな。お金は返すよ。返品だろ?」

「は? いやいや。まぁとにかく、来いってば!」


 ガルベさんに腕をつかまれ、俺はそのまま畑へと引っ張られていった。


 昨日話していた、村の外れの荒れた畑。


 ──だったはずなのに。


「あれは……」


 地面の一角から、ぼふっ、ぼふっ、と白い湯気が噴き出している。土も湿っていて、ところどころ泡立ってすらいる。


「スコップで掘ってたらな、急に地面が柔らかくなって、掘り進めたらこれだよ」

「これ、まさか……温泉か?」

「そうなんだよ! これ、温泉だよな??」

「……どういうことだ?」


 呪いのクレームじゃなかった。


 スコップの掘削性能が高すぎて、地中の温泉脈にまで届いてしまったのだ。


 俺はスコップを受け取り、じっくり観察する。握り心地、重み、刃の角度、どれも問題なし。適当にこしらえたとはいえ、我ながら良い仕事をしているとは思う。


 だが、温泉を掘れるような仕掛けや性能を付けたつもりなど毛頭ない。ただ使いやすいスコップを作っただけのつもりだったんだけど……。


「(まさかこれも、呪いの一種なのか?)」


 ただ今のところ、ガルベさんにおかしな様子は見受けられない。純粋にスコップの超性能と温泉を掘り当てた感動に酔いしれている。


「まぁ、考えててもしょうがないか」


 一抹の不安を抱きつつも、俺はスコップを肩に担ぎながら、噴き出す温泉飛沫を軽く浴びていた。気持ちのいいしぶきだ。これだけでも少し癒される。


 呪いのことは一旦忘れよう。


 結果的に温泉が出て、ガルベさんが喜んでくれた。今はそれで十分だろう。


 なんか、ちょっと自信を取り戻せた気がする。長らくなかった感覚だ。やっぱ鍛冶師は、作ったものが役に立ち、感謝されてこそ冥利に尽きる。


「せっかく温泉が出たんだし、どうせならお湯を溜められる設備を……」

「何言ってんだアンタ! とりあえずこっちの温泉掘りを手伝えよ! 俺は村の男手を集めてくるから頼むな!」

「……やれやれ」


 そう言いつつ、自然と口元が緩んでしまう。

 

 まったりスローライフに温泉は付きもの。偶然とはいえ、これはラッキーだ。


 第二の人生を謳歌するために選んだこの限界集落は、もしかしたら地上の楽園になるのかもしれない。

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