第2話 雑貨屋でもやりますか

「……さて。これからどうしたもんかね」


 俺は、ギシギシと軋むボロい荷馬車の荷台に揺られながら、ぼんやりと空を見上げていた。


 追放されたのは三日前。


 魔国の首都をひとりで追い出され、道端に腰を下ろしていたところを、たまたま通りかかった行商の兄ちゃんに拾ってもらった。


「荷物の見張りでもしてくれりゃ乗っけてやるよ」と言われ、今に至る。


 別に目的地があったわけじゃない。


 どこでもいいから、争いのない、静かに過ごせる場所に行きたかった。


 だから遠くに辺境の小さな村が見えたとき、「とりあえず、あそこでいいか」と思えた。それを行商さんに伝えると、軽い調子で進路をそちらに向けてくれた。


 体も心も、今までにないほど軽く穏やかだ。いや、「力が抜けてる」と言った方が近いかもしれない。


 これまで俺が作ってきたのは、人を殺すための道具ばかりだった。呪いに満ちた剣、狂気を誘う指輪、自我を蝕む兜。


 どれも、戦力としては最高の品を作っていたと自負している。でも、それが楽しかったかと聞かれると、答えに詰まる。


 求められるがままに、俺は毎日必死に魔国で武器や防具を作ってきた。それがいつしか呪いを生み、デメリットを享受できない者には扱えない装備となっていった。


 後悔は特にない。俺は俺の仕事を全うした。受け入れられないのであれば、それはそれで致し方のないことだ。理不尽に追放されたことは、もう忘れよう。


「おーい、兄ちゃん。近づいてきたぞー」


 御者席から行商の兄ちゃんが声をかけてくる。顔を上げると、山あいの向こうにぽつぽつと家々が見えてきた。木々に囲まれた、小さな集落だ。


「テルノ木の群生地に囲まれた村、か……。悪くないな」


 俺はのびをして、荷馬車を降りた。


 土の匂いが鼻をくすぐる。虫がでかいのは少し気になるけど、まあ許容範囲だ。空気は澄んでいて、街とはまったく違う静けさがある。


 村はこぢんまりとしていて、家は十数軒ほど。人影もまばらで、年寄りや子どもが目立つ。畑はあるが手入れが行き届いておらず、荒れた道は草ぼうぼう。


 まさに“辺境”って感じの様相だ。


「……よそ者か。この村になんの用じゃ。ちなみにワシ、村長」


 そう声をかけてきたのは、杖をついた白髪の老人だった。聞いてもいないのに勝手に自分が村長であると告げてきた。


 ひげは長く、服もくたびれていて、全身から“限界集落の風格”がにじみ出ている。やる気はまるで感じられないが、不思議と存在感はあった。


「おぬし、魔族かの?」

「ああ。正確には、人間と魔族のハーフだ」

「ほほう。ハーフとは珍しいのう。……まあ、この村じゃあそういうのを気にする者もあまりおらんがの」


 見た目は人間と変わらないはずのに、村長は何故か俺が魔族の出であることを直感的に悟った。年の功ってやつか。意外に侮れないじいさんだな。


 まぁどちらにせよ、魔族が否定されていないという事実は助かる。


「実は俺、魔国を追放されたんだ。それでしばらく旅でもしようと思っていたんだが、ふと目に入ったこの村の環境がとても気に入ってね」

「ほぉ」

「もしどこか空いている貸家とかがあれば、ぜひ住ませてほしいと思っているんだ。もちろん金は払うし、仕事もする」

「ふおぉぉ」


 村長は長いため息をひとつ吐いて、しばらく黙り込んだ。考えているのか、眠くなったのか……とにかく反応がない。


 少額だが、人の間で流通している通貨は持っている。潤沢ではないが、足りない分は稼いで払っていけば問題ないだろう。


 ただ、俺は人間と魔族のハーフだ。村民が不安がると言うなら難しい話だろう。無理に住もうとは考えていない。


 もともと旅をするつもりだったんだ。ダメならダメで、また違う場所を探せばいい。


 やがて、ポツリとつぶやくように村長は言った。


「物好きなヤツじゃのぉ。若いのにこんなド田舎で暮らしたいとは……」

「ダメか?」

「村のはずれに、誰も住んどらん小屋がひとつある。だいぶボロいが、それでもええなら勝手に使うがええ」

「本当か? それはありがたい。だが、村民たちの了承は得なくていいのか?」


 トップがよくても下が納得していないってのはよくある話。村民たちに相談とか検討とかしなくて大丈夫なのか?


 暮らし始めてすぐに出て行けとか言われると、さすがの俺でも少し傷つくよ。


「まぁ、問題なかろうて。ワシがええ言うとるんじゃから、ええに決まっとる」


 一抹の不安はあるが、ここまで言い切ってくれるなら少し安心した。この村は、この村長の絶対君主制で成り立っているのだろう。そう解釈させてもらうことにした。


「そういえば。さっき“仕事はする”言うとったが……何をするつもりなんじゃ?」

「俺は魔国で鍛冶師をしていたんだ。だから、雑貨屋でもやろうかと思っている。道具を作って、それを村の人に売ったり、直したり……」

「ほう、それは助かるのぉ。この村には鍛治師がおらん。道具が壊れたら使いまわし、足りなければ手でなんとかする。そんな暮らしじゃ」


 凄く野生的な暮らしぶりがうかがえる。


「じゃが、この村の連中は金なんぞもっとらん貧乏人ばかりじゃぞ?」

「俺は最低限の生活ができればそれでいいと思っている。だから金ではなく、余った食料や物をくれるだけでも十分だと、村の人たちには伝えてほしい」

「そうか……」


 村長はぽりぽりと頭をかきながら、ゆっくりうなずいた。


「了解じゃ。では、よろしくの……えーっと、名前、なんじゃったかの?」

「グレンだ」

「おおそうか、グレンか。確かさっき聞いておったかのぉ」


 いや。今、初めて名乗ったよ、じいさん。


「小屋は勝手にいじってもええぞ。どうせワシの家じゃないし」


 えっ? じゃあ誰の家なんだよ。本当に借りて大丈夫なのか?


 だが、今更断るのもどうかと思うので……


「あ、ああ。それじゃお言葉に甘えて」

「ふぉっふぉ。小屋はあっちじゃ」


 そう言って村長がプルプル震えながら指さした先には小道があった。あの道を進んだ先に家があるってことでいいのかな?

 

「それじゃあな、フリン。今度遊びに行くからのぉ」

「いや、グレンだ。村長」

「ああ、そうじゃったそうじゃった……グレン、な。うん、グレン……グレイ……フレイ……フリン……なんでもええかの」


 そう言いながら、フラフラとした足取りでその場を離れて行った、くたびれ村長。


 じいさんは、俺の名前をフリンと認識したようだった。


 

* * *


 

 村長に教えてもらった小道を進むと、目的の“空き家”が見えてきた。


 いや、正確には“元・家”かもしれない。


 壁は傾き、屋根は穴だらけ。扉は外れかけて、風にギィギィと泣いている。野生動物の住処としてもちょっと悩むレベルだ。


 それでも――


「……屋根があるだけ、上等だな」


 ぽつりとつぶやいて、小屋の前に立つ。

 ここが、俺の新しいスタート地点。


 まずは、小屋の補修をしなきゃだな。さすがにこのまま住むには心もとない。


 次に、鍛冶のための作業場と道具の整備。棚を置いて、簡単な看板も……いや、その前に窓の修理だな。


 やることは山ほどある。


 だけど――


「……なんか、楽しくなってきたかもな」


 ここには、命を奪う命令も、怒鳴られる上司もいない。ここでなら、呪物爆誕ではない、本当に人の役に立つ“モノ”が作れる気がする。


 俺の、静かで、でも少しだけワクワクする第二の人生が、今ここから始まった。

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