魔国の専属鍛冶師をクビになった作業厨、限界集落で温泉をつくる
十森メメ
第1話 追放された鍛冶師
魔国で専属鍛冶師として働いていた俺、グレン・マクラーレンは今、魔王城の謁見の間で跪いていた。
「
「はい」
顔を上げると、目の前にはこの魔国を統べる魔王ガルゼスが鎮座している。
この場所に呼ばれるのは、これが初めてではない。新たな装備を献上したとき、功績を称えられたとき、何度か顔を出したことがあった。
だが、今回の雰囲気は明らかに違っていた。
「今日何故、私がお前をここに呼んだのか。わかるか?」
「いいえ」
思い当たる節が……ないこともないが、確信は持てていなかった。
ただ、この場に漂う異常な重圧。周囲を取り巻く魔将たちのあからさまに冷たい目。まるで断罪の場に引きずり出されたかのような感覚だった。
俺の血筋は父が魔族、母が人間という、いわゆる“ハーフ”だ。
両親は俺がこの世に生を受けた直後にあっけなくこの世界を去った。事故だったのか、病だったのか。詳しい事情を知る者はいなかった。
俺自身にも記憶はない。ただ、断片的に聞かされた話を繋ぎ合わせるしかなかった。
子どもの頃は、そんな曖昧な過去が胸をざわつかせた。
けれど、魔国という苛烈な世界で生きるには、感情に溺れている暇などなかった。次第に俺は考えることをやめた。追求しても答えなどないと悟ったからだ。
俺の生きる場所は、魔族の中にしかなかった。人間の血が半分入っている。その事実だけで、幼い頃は常に蔑まれ、疎まれ、時に敵意すら向けられた。
そんな俺を救ったのは、“ものづくり”の才だった。
道具、家具、簡単な装備品――何かを作れば、周囲の目は少しずつ変わった。誰かの役に立つものを生み出す。それだけで、わずかでも存在を許されるようになった。
“鍛冶師”と呼ばれるようになったのも、俺が自ら名乗ったわけではない。魔国の上層部に求められるまま、武器や防具を作り続けるうちに、自然とそう呼ばれるようになっただけだ。
だが、武器作りは特に好きな仕事ではなかった。むしろ嫌いな部類だった。
誰かを傷つけるための“ものづくり”に、心から喜びを覚えられるはずがない。本当は、もっと違うものを作りたかった。
誰かの命を奪うためではなく、誰かの笑顔を生むための、そんなものを……。
それでも、俺は魔国の要望に応え続けてきた。我ながらよく頑張ったと思う。貶される筋合いはないと自負している。
――だが、今の空気はどうだ。
魔将たちの視線は、あの幼い頃に浴びた差別の眼差しと、何も変わらなかった。
「お前が最近、我々に納めている装備品についての話だ」
「ああ……」
魔王の言葉に、俺は内心で小さくため息をつく。実のところ理由はなんとなく想像できていた。
俺の作る武器が、最近呪いまみれになっている件、だろうな。いやわかっている。その事実は自分でも認識している。だがそうなったのには、のっぴきならない事情ってものがある。
きっかけは、魔王軍上層部からの無茶な命令だった。
『最強の装備を、常に、大量に作れ』
性能に妥協は許さない。納期はまったなし。材料が足りなければ、自分で調達しろとまで言われた。
期待に応えるため、俺は寝る間も惜しんで鍛冶場に立ち、身体が軋むまで鉄を打ち続けていた。焦りと重圧の中で心がすり減り、何かがおかしくなっていった。
ある日を境に、どんなに丁寧に作っても、武器に呪いが宿るようになった。
最初は小さな異変だった。だが、次第に呪いの力は制御不能なほど増大していった。
その結果生まれたのが――
『装備すると数秒間だけ不死身になるが、その後1日中、スライム以下の耐久力になる魔槍』
『あらゆる攻撃を自動で跳ね返すが、装備者の舌が永久にネジれる盾』
『着るだけで筋力が爆発的に増加するが、ヨガポーズで固定される全身防御タイツ』
『戦闘力が10倍になる指輪。ただし“恋人”がいないと爆発する』
などなど。
もちろん、呪いの代償を差し引いても性能は一級品だった。魔族なら笑って受け入れる程度のリスクだと、俺は思っていた。
だが、現実は甘くなかった。
「あんなモノしか作れなくなった貴様は無能と認定する。よって、国外追放だ」
魔王の冷酷な宣告に、俺は絶句した。
「……は?」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
無能? 俺が? 冗談だろ?
「貴様の武器は呪いが強すぎる! 最近では、魔王様ですら装備できぬではないか!」
「はあ?」
最弱の魔将のひとりが、鬼の首を取ったように俺を指弾する。
「昨日の試作品だってそうだ! 兵士が剣を持った瞬間、全裸で窓から飛び降りたぞ!」
「……適性がなかっただけだろ」
「黙れ! すでに被害者が続出しておるのだ!」
……まあ、たしかに最近の呪いはやりすぎた感はあった。
けれど、それは俺のせいだけじゃない。
「ならば、仕事量を減らしてくださいよ。あんな働き方じゃ、誰だっておかしくなる……」
「ああ。だから仕事を無くしてやるのだ!」
魔王が玉座の肘掛けを叩き、怒鳴りつける。
「貴様は不要だ! 魔王軍に必要ない!」
「は? 先に労働環境を見直すべきじゃ……」
「黙れ! 追放は決定事項だ!」
もはや話にならなかった。
「これまでの功績を認め、国外追放という“寛大な処分”で済ませてやる! 感謝するがいい!」
手早く兵士たちが両腕を掴み、有無を言わせず俺を謁見の間から引きずり出す。
「……ちっ、やってられねぇな」
こうして俺は、魔国から追放された。
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