決戦

第28話 決戦前 ─廃城で─

 戦いのあと、キジナさんの家に戻った。

 キリさんとキジナさんが、出迎えてくれた。

 キリさんは、ボクの頭に手をおき、笑顔で言った。


「やるじゃないか」

「ありがとうございます。でも」


 ボクは言葉が喉につまりながらも言った。


「一回被弾しました。ボクは無事だったんですが、呪いの効果で」


 そういいながら、ボクが大切にしていたものを取り出した。

 キリさんから貰った短剣ダガーだ。

 酸でもかけたように溶けてボロボロになっていた。

 それを見たキリさんは、短剣ダガーを手にとって、道具袋から布を取り出すと、その布でくるんだ。


「形あるものは、いつかは壊れる。それに、こいつは役割を果たしたんだ。こいつも、テルの役に立てて嬉しかったと思うよ。だから気にするな」


 そういって、布にくるまれた短剣ダガーを優しく撫でた。

 ボクはキリさんの手のなかの短剣ダガーに、心のなかで言った。


 ──ありがとう。


 キジナさんが、話題を変えるように鼻を鳴らした。


「どうだテル。ボス戦は、まだ不安か?」


 ボクは正直に答えた。


「はい、ちょっと。でも不安よりも、楽しみの方が大きいです」

「だろうな。テルはそういうタチだ。目標がしっかり定まれば、突き進んでいける。鉄砲玉みたいなやつだ」

「すみません、気が早いのはあるですけど、クリアできたらどうなるんですか?」

「向こうへ帰る道が開く。詳しいことは省略するが、記憶を持ったまま向こうに帰れるわけだ。現実の方でいろいろ聞かれると思うから答えてやってくれ。そんな感じだ」

「そうなんですね」

「湿っぽい顔をするな。向こうの奴らも生粋のゲーム好きだ。テルがこっちに来たい、っていったら快く送ってくれるよ」「どうだ、安心したか?」

「ありがとうございます!」

「そうと分かれば後はボスを倒すだけだな」

「はいっ!」

「さて、それじゃあ今日は体を休めて、出発に備えろ」 



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 キジナさんの家を出て、ボクとキリさんは廃城に来ていた。

 ここで、装備の確認と休息をとることにしていた。


 今は夕食を食べていた。

 言葉には出さないが、たぶんキリさんと最後の食事になる。

 そんなことを考えると、なんだか変な感じがする。

 それは、キリさんも同じみたいだった。

 なんとなく、ギクシャクした空気だった。


「キリさん」

「なんだ?」

「今日のごはん、美味しいですね」

「そうか。良かった」


 そう言うキリさんの言葉には力がない。

 半分上の空のような感じだ。


「キリさん、元気ないですね」

「そんなことはない。と、思うけどな」


 そう言いながら髪を梳く様子は、いつものキリさんとは違う。


「何か考え事ですか?」

「考え事といえば、そうだな」

「なんですか? ぜひ聞きたいです」


 そういうと、キリさんは少し驚いたような顔をした。


「どうしましたか?」

「いや、昔な、師匠が難しい顔をしていた時に、今のテルと同じように聞いたことがあってな。それを思い出した」


 それからキリさんは小さく笑った。


「その時、師匠が言ったんだよ。キリは優しいな、って。私にはそんなつもりはなかったんだけどな。でも、今になって師匠の気持ちが分かった気がした」


 それから「テルは優しいな」


「そんなことはないですけど」

「そりゃそうだ。そう言ったことは自分で決めることじゃなくて、相手が勝手に思うことだからな。だから、納得しなくて良い」

「難しい話ですね」

「だな。私もそう思う」


 キリさんは鼻を鳴らして小さく笑った。


「テルが心配してくれるのは嬉しいな。まぁ、テルがゲームをクリアした後のことを考えていた。どうしようかな、って。どこで何をしようか考えていた」

「何か決まりましたか?」

「いいや。まだ決まっていない。でも、候補はある」

「何をするんです?」

「知りたいか?」

「はい。興味あります」

「そうだな、タダでは教えてやらないよ」

「じゃあどうすれば教えてくれますか?」

「夜に私の部屋に来い、そこで教えてやる」


 そう言うと、食器を持って「ご馳走様」下げて、行ってしまった。

 お部屋にお呼ばれしてしまった。

 なんだろう。

 なんだろう?

 なんで夜にキリさんの部屋なのだろう。あらぬ妄想が止まらない。

 顔が赤くなって「うひゃぁ」と変な声が出た。

 確かめようにも、もうキリさんはいない。

 もう一度「うひゃぁ」と声を上げてから、とりあえず晩ご飯を食べ切ってお皿を下げた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 夜。

 言われた通りキリさんの部屋を訪ねた。扉をノックすると、「空いてる。入れ」と声が帰ってきた。

 扉を開け、「失礼します」中に入る。

 キリさんの部屋はさっぱりしていた。書物机に本棚、ベッド。それ以外には何もなく、物が少ないせいか広く感じられた。

 キリさんは眼鏡をかけて、ベッドに座って本を読んでいた。


「来たか」


 そういうと、眼鏡を外して本を閉じ、その二つを書物机に置く。

 それからベッドに座り直して。


「いつまで突っ立っているつもりだ」


 そう言って、キリさんの横にポンポンと手を置いた。

 ここに座れよ。そう言われ、ボクは「失礼します」と言ってキリさんの横に座った。


 キリさんはボクの頭に手を乗せると、優しく撫でた。頭を撫でられるのは気持ちが良い。思わず頭をキリさんの方に傾ける。


「なんで呼ばれたんだと思う?」


 その言葉に顔が赤くなる。


「わわわかりません」

「そんなに緊張するなよな」


 そう言ってボクの頭を引き寄せて、優しく抱く。


「実はさ、テルを見た時からずっとしたかったことがあったんだ」


 はゃゃょょ。

 あらぬ妄想が爆発して、変な声になって出て行く。


「一応自制してたんだけどな。コレが最後になるかもしれないと思ったら、もう我慢出来なくなった」


 急な展開に目が回り始める。

 妄想力がキャパシティを超えてしまい、もうよく分からない。


「痛くはしないから、付き合ってくれよ」


 キリさんはそう言ってボクを後ろから抱きしめると、布団を被った。

 それから頭やお腹や尻尾を撫で始めた。

 その手つきは、とても優しかった。

 むしろこれは。


「ペットと一緒にお布団で寝てみたかったんだ。テル暖かい。幸せ」


 キリさんの顔は見えないが、さぞかし幸せそうにしているんだろう。かく言うボクの方も、種族的な性質なのだろうか、全く嫌じゃない。むしろ嬉しい。


「なぁ、テル。テルがゲームをクリアしたら後のことなんだけどな。ちょっと迷ってて。このまま旅を続けるか、それとも」


 言葉を切って、小さなため息。

 それから。


「少しだけ、現実に戻ろうかな、って。迷ってる」

「いいですね! じゃあ、現実の方に戻ったら、一緒に喫茶店に行ってパフェでも食べません?」

「テルはパフェが好きなのか?」

「はいっ!」

「そうか。それもいいかもな。それもこれも、明日の戦いに勝ってからの話だな」

「ボクは勝ちます」

「そうでないと、こっちが困るんだよ」


 キリさんはそういって、笑った。

 それから、ボクの首に手を回し、ペンダントをつけてくれた。

 チェーンの先には指輪がついている。


「これは壊れた短剣ダガーを溶かして作った。まぁ、お守りだ。持っておいてくれ」


 ボクは、その指輪を握って言った。


「ありがとうございます」

「じゃあ、もう寝よう」


 そういうと、キリさんはすぐに寝息を立ててしまった。

 いつもより暖かいベッドはとても寝心地が良く、すぐに眠りについてしまった。

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