第29話 ボス戦

「行くぞ、テル」

「はいっ!」


 昨晩ぐっすり眠れたせいか、今日のボクは調子が良かった。

 ボスと戦うにはベストの体調だ。

 まだ少しの不安はあるけれども、もう以前のボクじゃない。きっと勝てる。そう思いながら、キリさんのお守りに手を当てた。


 廃城から沼地に移動する。

 静かな泥沼には、ボクとキリさんの足音だけしかなかった。黒いスライムが湧く気配はない。その静けさは、この後の嵐を予感させる。でも、きっと大丈夫だ。


「一応、作戦を確認する。基本的に私はサポートだ。ボスを倒すのはテル自身だ。ボスには必ず弱点がある。そしてそれを補うように何かに特化している。そこをうまく見極めれば攻略は難しくない。攻撃もある程度パターン化されていることが多い。気を抜かず、観察しながら戦えば勝てる。いいか」

「はいっ」

「さて、じゃあそろそろ始まるかな」


 キリさんがそう言うと、地面が揺れ始めた。

 あたり一体の泥が目の前に集められていく。巨大な噴水が起こり、それが一つの形を作っていく。


 人のような形。


 目や口、鼻の無い、つるりとした頭部。

 太くて長い腕。

 細長いミミズのようなものが無数に集まって出来た体。

 生理的な嫌悪感しかしない、気持ちの悪い怪物が出来上がると揺れが収まった。


「お久しぶり」


 ボクの軽口に応えるように、怪物は欠伸でもする様に、大きな咆哮を一つ。

 それはボクの体を揺らした。まるで貨物列車が目の前を通るような風と恐怖心。でも耐えられないほどじゃ無い。

 それが過ぎ去ると、怪物はこちらを見た。

 それから手のない腕を後ろに引いた。


「来るぞ」


 キリさんの声を合図に横に飛んで回避する。足元が悪く気を抜くと滑ってしまうが、意識していれば大きな障害ではない。

 しっかりと攻撃を避けた。

 ボスの腕が沼面を叩き、周囲が弾け飛ぶ。泥が舞い上がり、黒い雨となって泥沼を打つ。体についた泥を払って落とした。

 ボスは再び咆哮。それからこちらを向いて、再び腕を振り下ろした。単調な攻撃だ。避けるのは難しくない。避け切った後に、クリムゾンの一撃を放つ。


「貫け」


 弾丸はボスの体に当たり、水袋が弾けるような音をさせた。

 ボスは声を上げて身を捩る。ただダメージはそこまで大きくないらしく、すぐに攻撃に移った。

 3度目の攻撃を避けたところで気がついた。

 このボスは強くない。

 巨大さと、気持ち悪い外見と、派手な攻撃に目が行き、気がつかなかった。

 でも今なら分かる。攻撃は単調でしかも予備動作が大きい。こんな攻撃じゃ、まず当たらない。そして、こっちの攻撃は通る。

 大きさこそ違うが、本質的には黒いスライムと一緒だ。勝てないわけがない。と、同時、黒いスライムの発狂を思い出し、気を引き締める。何が起こるか分からない。それがゲームだ。

 怪物の攻撃を避けながら、クリムゾンでダメージを与えていく。そんなことを7回繰り返した時だった。

 ボスが咆哮をあげると、沼漫が泡立ち始めた。そこから無数の黒いスライムが湧いて出てきた。やはり、ある程度のダメージが通ると、攻撃方法が変わるみたいだ。

 ボスの攻撃に加えて、黒いスライムの様子も注意しなければならなくなる。スライムの槍は避けるのは難しくないが、タイミングが問題だ。ボスの攻撃の前後に重なると、避ける難易度が上がる。

 実際に、ボスの攻撃を避けた瞬間に、スライムの槍が飛んできた。避けきれないタイミングだったが、キリさんが間に割って入り、小型の盾を使って弾いて落としてくれた。


「ありがとうございます」

「こう言う連携が、ゲームの醍醐味だろっ」

「はいっ」


 ボスの攻撃とスライムの槍。キリさんのと連携で、これらの攻撃も被弾することなく、敵にダメージを蓄積できた。

 ボスが大きな咆哮をあげると、スライム達は溶けて消え、かわりにボスの攻撃間隔が短くなり、攻撃範囲が広くなった。

 なぎ払い。

 槍の雨。

 泥の津波。

 そのどれもが、ボクを中心に展開された。気は抜けないが、分かりやすい攻撃に変わりはない。回避し続けるしか無くなったが、常にボスの背中側に回るような移動すれば当たらない。ほんの少しの隙を見て、クリムゾンの銃弾を放つ。その繰り返しだ。

 5度目の銃弾で決着がついた。

 ボスが断末魔を挙げて、崩れ落ちた。


 やったか。

 そう思ってすぐに、いやまだだ。と思い直す。


 ボスの崩れて後に、立っている者がいた。

 人狼だ。

 でもその姿は狼というよりは、かなり人間に近くなっている。

 まるでボクを大きくしたような、そんな姿だった。

 青い目がこちらを見た。

 そこに怒りや恨みといった感情はないように見える。

 ただ、ボクを倒すと言う目的だけが、純粋に輝いていた。

 ボクも一緒だ。

 アイツを倒さないと、終わりじゃない。

 ボクはクリムゾンに弾丸を込めた。多分向こうは真っ直ぐ来る。

 だからボクは真っ直ぐ迎え撃つ。

 大丈夫だ。ボクは1人じゃない。

 キジナさんやタツミさんがいる。

 それに何よりキリさんが。

 ボクは左手でお守りを握った。


『想いを言葉にして、銃弾に込めろ』

 キジナさんの声が聞こえた。


『ゲームは楽しいんだよ』

 タツミさんの笑い声が聞こえた。


『この子を、テルに使ってもらえるのが嬉しいんだ』

 フウカさんの声に、楯無をそっと撫でる。


『テルが怪物を倒す時まで。この血に誓って』

 キリさんの声が、ボクの血を沸かせる。


 みんなの想いを乗せて、


「貫け」


 引き金を引いた。


 真っ直ぐに突っ込む影が、拳を固く硬く握り、全力で弾丸に突き立てた。

 ぶつかった力が音と光になって弾けた。

 眩い光、それに目が慣れると、そこには影が立っていた。右肩から先がない。吹き飛んでしまったのだろう。

 残った体を見つめている。それが泥に変わっていくのを見て、影は顔を上げた。

 ボクを見て、それから初めて笑った。

 泥になって崩れていく中で、声にならない声で、


「     」


 何かを言って。

 そうして消えた。


 泥が崩れ落ちると、そこには輝くクリスタルが浮かんでいた。


「それが、道だ」


 声の方を振り向くと、キリさんが腰に手を当てて立っていた。


「クリアおめでとう」

「みんなのお陰です。そして、キリさんには特にお世話になりました」


 キリさんは「ふっ」と鼻を鳴らして言った。


「昨日の晩、テルを抱いておいて正解だった。流石にもう、1人用のベッドには入らないな」


 一体どういう事だろう?

 そう思ったが、すぐに答えがわかった。

 見上げていたキリさんの顔が、今は少し下にあった。

 いつの間にか、身長が伸びていた。


「もう幼獣人シャルカじゃないな。立派な獣人ルカだ。一丁前に私より大きくなって。ちょっと悔しいな」


 そう言って笑うキリさんは目に涙を溜めていた。

 ボクが慌てると、それが面白かったのか、涙をしまって、笑顔を作った。


「さぁ、あのクリスタルにさわれ。それで現実に帰れる」


 ボクは迷った。何故だか、これがキリさんとのお別れになってしまうような気がしていた。キリさんにもそれがわかったのだろう。


「一生のお別れじゃないんだ。暇な時にまた来いよ。待ってるから」


 そう、一生のお別れじゃない。でも、ボクはキリさんと別れたくなかった。


「キリさんも一緒に行きましょう」

「悪いな。私はまだ行けない」

「だったら一緒に行けるようになるまで」


 全部を言い切る前に、「テル」言葉を遮られた。


「まだ行けないんだ。大丈夫だよ。別れを怖がるなって。会いたい時に、いつでも会えるんだから。だから今は、現実に帰りな」


 そう言って、キリさんは首を横に振った。

 もう、これ以上言うな。そう聞こえた。


「必ず会いにきます」

「ああ、待っている。テルは私の、初めての弟子だからな」

「はいっ」


 そう言うとキリさんは、背中を向けた。


「じゃあ、またな」


 キリさんの背中に「ありがとうございます」を言った。


 背中で手を振るキリさんに礼をして、それから輝くクリスタルにさわった。

 クリスタルから光が溢れて、そうして視界をさらに埋めていった。

 白の世界の中で、意識が遠くなっていった。

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