第27話 成長
クリムゾンを構えて。
「蜂のように飛べ」
銃弾を放った。
放たれた銃弾はボクの周りを飛び回る。
これで不意の一撃を防ぐ。それから銃口を人狼に向けた。
そいつは、半身になって構えると無言に「来い」と言った。
「蛇のように追え」
放たれた弾丸は蛇行しながら敵に向かって飛んでいく。狼人はそれを最小限の動きで避ける。避けられた弾は急カーブをして、人狼を背後から襲う。
人狼は見向きもせずに、その弾を握り潰した。
相手に攻撃させて、それをきっちり潰す。そうすることで、自分の強さを示してしてきた。
「いままでとは、違うってことね」
ボクの言葉を肯定するように、狼人の構えが変わった。今度はこちらの番。そう言っているように見えた。
緊張に喉が鳴る。
人狼は地面をひと蹴り。車のような勢いで突進してきた。
でも、それをしっかり視認できた。
タツミさんとの戦いのお陰で、目が慣れていた。真横に飛んで避ける。それから無防備な背後に、銃口を向け、「貫け」引き金を引いた。同時に蜂を攻撃に向かわせる。
2つの攻撃はあっけなく人狼に当たった。狼人の体は弾丸で削られたが、すぐに再生した。きっと、
「生半可な攻撃は無意味か。やるなら、一撃で沈めなきゃだね」
ボクは息を整えた。
敵は強い。でも、負ける気はしない。
相手の攻撃は避けられるし、こちらの攻撃はいつかは当たる。
こちらが有利だ。
そんな考えはすぐに、消えた。
人狼は、ゆらり、と立ち上がる。
それからこちらを見て、口の端を割いて曲げた。
──笑っている。
まるで、危機的な状況が楽しい、とでも言うように。
そのようすに、ボクは同じく、笑って返した。
「ボクも、楽しいよ」
挨拶は終わり。
きっと、お互いに、そう思っていた。
人狼は、月を見上げて遠吠えを一つ。
人狼の体が、僅かずつ左右に震える。その幅が段々に大きくなり、距離が開いていく。それはまるで、人狼が2匹いるよう見えた。
「──冗談、でしょ」
そう言いたくもなる。でも、遠吠えが終わると、人狼は2匹になっていた。
分身を生成して攻撃する技。ゲームでは技として、受け入れていた。でも、実際目の当たりにすると、反則級の強さだ。1体ならなんとかできる自信があったが、2体同時はなかなかに無理だ。
「蜂のように飛べ、鷹のように狩れ」
銃弾を空に向けて打つ。放たれた弾丸はボクの周りを飛び回る。簡易的な防御壁。どのくらい有効かは分からないが、ないよりは良いはずだ。
2匹の人狼は左右に分かれ、時間差で攻撃を仕掛けてきた。初撃を飛んで避けると、着地を狙って2匹目がきた。弾丸が2匹目の頭部を貫き体勢を崩したが、それでもボクを狙った鉤爪が、頬をかすった。
──あぶなっ
息をつかせる間もなく、1匹目が再度攻撃を仕掛けてきた。ボクの周りを飛んでいた弾丸が飛びかかる影を貫く。それは影の飛びかかる勢いを殺すとともに、位置を把握させる時間を作った。ボクは飛びかかる人狼の口に銃を向けて「爆ぜろ」引き金を引いた。
狼の後頭部と首が膨れ上がり、それから弾けた。
やった。
と、同時に。
やられた。
弾丸が貫いたのは人狼ではなく、1匹の影狼だった。
──2匹の影狼に分かれて、1匹を盾にしたのかっ!
さっ、と血の気が引く。
そしてそのまま、行動が取れないボクの左肩口を、影が伸びて通り過ぎていった。
金属がぶつかりあうような高い音がした。それが、
ダメージはない。なにを失ったのかはわからない。そんなことよりも、目の前の敵だ。
転がるように横に飛びながら、体勢を立て直した。
1匹目を盾にして、2匹目で仕留める。
賢いやり方だ。でも、その2匹目で致命傷を与えられなかったのは、ボクにとって幸運だった。ネタが割れれば、そこまで怖くはない。
それに、収穫もあった。盾にされた影狼が復活する様子はない。復活しない影狼が損傷している部分は、後頭部から首の間にかけて。おそらく頸椎にあたる場所。きっと、そこが
「蜂のように飛べ、鷹のように狩れ」
準備を整えてから、ボクは改めて敵を確認した。
人狼1匹、影狼1匹。
人狼の青い目は冷たく、鈍く光っている。その目は次で最後だと告げていた。
「行くぞ」そんな声が聞こえたような気がした。
人狼の突進。
ほぼ同時。ボクは地面を撃ち抜く。
砂煙が人狼とボクの視界を遮る。
人狼はそれでも真っ直ぐ突っ込んできた。
ボクは避けない。相手に避けさせる。
「
弾丸は人狼の下顎から入って、首から抜けた。青い目からは光が消えて、そのままボクにぶつかってきた。避ける余裕はなかった。人型と質量にぶつかられ、ボクは弾き飛ばされた。視線が宙を舞う。
その先には、影狼がいた。
人狼の背中を踏み台に、ボクの首元に迫っていた。その影狼を、蜂の一撃が貫く。
影狼はそれでもボクの首に食らいついた。
でも、それまでだった。首筋に歯を立てたところで力尽き、泥になった。
ボクはひと息ついて、それから言った。
「どうしたの? 今がチャンスだと思うけど」
ボクは夜空に言った。
それから、そいつの方を見た。そこには人狼が、泥にならずに倒れている。
その人狼が形を変えて1匹の影狼になった。ちょこんと座って、こちらを見ている。
その影狼は、青い目をしていた。
「敗けだ」
影狼はそう言った。それから。
「沼地で待つ」
そう言い残して、泥になった。
まったく、やれやれだ。
敗北を認めることは勝つことよりも難しい。
でも、影狼はそれを認めた。
敵も成長している。
「コレは苦戦しそうだなぁ」
そう呟いて、夜空を見上げた。
空には星が輝き、月が笑っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
戦いのあと、キジナさんの家に戻った。
キリさんとキジナさんが、出迎えてくれた。
キリさんは、ボクの頭に手をおき、笑顔で言った。
「やるじゃないか」
「ありがとうございます。でも」
ボクは言葉が喉につまりながらも言った。
「一回被弾しました。ボクは無事だったんですが、呪いの効果で」
そういいながら、ボクが大切にしていたものを取り出した。
キリさんから貰った
酸でもかけたように溶けてボロボロになっていた。
それを見たキリさんは、 ボロボロになった
「形あるものは、いつかは壊れる。それに、こいつは役割を果たしたんだ。こいつも、テルの役に立てて嬉しかったと思うよ。だから気にするな」
そういって、布にくるまれた
ボクはキリさんの手のなかの
──ありがとう。
キジナさんが、話題を変えるように鼻を鳴らした。
「どうだテル。ボス戦は、まだ不安か?」
ボクは正直に答えた。
「はい、ちょっと。でも不安よりも、楽しみの方が大きいです」
「だろうな。テルはそういうタチだ。目標がしっかり定まれば、突き進んでいける。鉄砲玉みたいなヤツだ」
そういわれて、なぜかちょっと恥ずかしかった。
でも、悪い気はしない。
照れ隠して笑ったあと、キジナさんに言った。
「ここまで準備できたのも、キリさんとキジナさんのお陰です。ありがとうございます」
そういって頭を下げると、2人に笑われてしまった。
それから。キジナさんが言った。
「礼なら
キリさんも。
「勝って当然だ。私と師匠、それにタツミさんやフウカさんのサポートまであるんだからな。だから、気負わずに行け」
そうだ。ボクだけの力じゃない。みんなの助けがあったからここまで来れた。
その想いを胸にしまって、ボクは返事をした。
「はいっ! 必ず勝ちます」
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