第19話 遊びましょう

 深夜。

 酒盛りが一段落して、キリさんもタツミさんも眠ったのを見て、ボクは都市を囲う城壁の外に出た。


 2つの月が、黄色に光っている。

 風が少し肌寒い。

 城壁を背にして、少しだけ待った。

 そいつらは、足音も立てずに姿を現した。

 2匹の影。

 今日もボクを追って来ていた。

 影はギラゼルの中には入れないらしい。

 だから、倒すためには、ボクがギラゼルからないといけなかった。

 別にやり過ごしたってよかった。

 でも、気が変わった。ボクはキリさんやキジナさんに支えられている。それに、甘えっぱなしじゃダメだ。ボクも、自分で出来ることをしないと。

 だから、その相手に影を選んだ。

 影を自分の力だけで倒す。無傷で倒す。

 3度目の対決。

 影は左右に分かれて走ってきた。

 両方を追う事は出来ない。

 左の方に狙いをつけて走る。

 一気に距離が縮まる。

 影が飛びかかる。

 更に踏み込んで、影の下に潜り込む。

 そのまま、顎の下に短剣ダガーを突き立てる。

 影は勢いそのままに、引き裂かれる。

 力なく四肢が垂がり、泥になった。

 空を切り払い、泥を落とす。

 これで1匹目。

 すぐさま2匹目の牙が迫ってくる。

 種子島を構えて、襲い掛かってくる赤い口を目掛けて「散れ」弾丸を放った。

 放たれた弾丸はショットガンのように広範囲に散らばるように飛んでいく。散弾は水袋が弾けるような音を立てて、影狼の首から上を根こそぎ吹き飛ばした。残りの体が地面に落ちて、すぐに泥に変わった。

 これでおしまい。

 夜の風に、ふぅと息をのせた。


「お見事」


 声と拍手。

 振り返ると、城壁の上からタツミさんがこちらを見ていた。


「夜中にどこに行くのかと思えば、影退治か。感心だな」

「すみません。起こしちゃいましたか?」

「いや、眠れなくてな。ちょうどテルが外に出るのが見えたから、何をするのかと思って、尾行したってわけだ。それにしても見事だったな」

「ありがとうございます。もう3度目だったんで、動きにも慣れました」

「そっか。そいつは重畳。でもこうもあっさり勝てると、つまらないだろ。折角だから、俺と少し遊ばないか?」


 タツミさんはそういうと、城壁から飛び降りた。大きな岩石のような体は、予想に反して身軽に飛び降り、そして静かに着地した。それから、本当に遊びに誘うような気軽さで。


「ちょっと遊ぼうぜ」


タツミさんにそのつもりはないと思うが、その言葉は、怖いお兄さんが「お金貸して(笑顔)」と言っているのと同じに聞こえた。身体がぷるぷる震えてしまう。


「なんだよ。そんなにビビるなよ。なんか申し訳なくなってくるだろ」

「ご、ごめんなさい。ボクにタツミさんの相手は」

「できないってか。まぁ、普通はそうだよな。幼獣人シャルカ牛頭鬼ミノタウロスだ。見てくれだけで勝負にならないのは分かるよな。でもな〜」


 タツミさんはわざとらしく、困ったように見せた。


「俺もテルのために、やれることはしてやりたくてな。テルの防具を作ることは俺にはできないが、防具の型だったら作ってやれると思っててな。テルの動きを見れたら、弱い所を補える、テルにとって最高の防具にできるかと思ったんだ。それには、実際に戦ってみるのが一番だと思ったんだが──」

「やります!」


 自分でもびっくりするくらい即答していた。

 それから遅れて、恐怖感と心配感が押し寄せてきた。

 押し寄せてくるやってしまった感に身もだえする。

 そんなボクに向かって、大きな笑い声が飛んできた。


「いいねぇ。実に良い。やっぱり冒険者はそうでないとな」


 そういって、また大きな笑い声。

 ひとしきり笑うと、次は真剣な眼差しになって、ボクを見た。


「なんだ、不思議そうな顔してるな。もしかしてあれか。なんでこんなに、よくしてくれるのか、不思議か?」

「はい」

「奇遇だな。俺もだ。そもそもだ、テル。お前は何者なんだ?」


 ボクにはその言葉の意味が分からなかった。

 タツミさんは、ボクを見ながら続ける。


「だってそうだろ。テルは普通じゃない。キジナさんは種子島とあかミスリルを預けたし、キリはあんなに嫌がっていたチューターをしている。本来なら有り得ない。でもそれが起こってる。なんでか、って。相手がテルだからだろ。――だったらよ、テル。お前は何者なんだ?」


 ボクは、返せる言葉が無かった。

 キジナさんも、キリさんも、ボクに良くしてくれている。でも、その理由は分からない。だから、タツミさんに返せる言葉が見つからなかった。

 その沈黙を見て、タツミさんは言った。


「いいんだ。テル自身にも分からないことなんだろ。よくあることさ。だから戦ってみたいんだよ。いつだって、本気は正直だ」


 タツミさんの目に炎が灯っている。

 まるで、獲物を前にした捕食者。

 思わず生唾を飲みこむ。

 タツミさんは。いや、目の前の牛頭鬼ミノタウロスは。

 両手で拳を握り、打ち付けた。


「さぁ、遊ぼうぜ」

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