第20話 真剣勝負

「始める前に、ひとつだけいいですか」

「ああ。なんだ?」

「この遊び。ボクは本気で勝ちたいと思っています。だから、勝利条件については、ボクから提案させて下さい」

「もちろんだ。その方がフェアだしな」

「ボクの勝利条件は、タツミさんの体に一撃でも入れること。例えどんなに非力な攻撃でも、タツミさんの体に当てられたら勝ち。そうさせて下さい」

「ああ、構わん。元からそのつもりだ」

「ありがとうございます」


 力比べでは絶対に勝てない。でも、コレは力比べじゃ無い。攻撃を当てればいい。そのための武器が、ボクにはある。種子島を握った。

 僅かな瞬間だった。

 タツミさんの身体が前に傾いたと思った次の瞬間。

 2m近い巨体が、影が伸びるよりも早く、真っ直ぐボクに向かってきた。

 純粋に力だけで押し出される拳。

 あまりにもシンプルな攻撃は、判断の余裕を与えてはくれなかった。

 反射的に種子島を立てて、左腕を添え、身体にあてる。

 種子島、左腕、体。その3つでタツミさんの一撃を受けた。

 それが間違いだった。

 牛頭鬼ミノタウロスの圧倒的な膂力は、まるで葦を薙倒すように、ボクを簡単に吹き飛ばした。ほとんど真横に吹き飛ばされながらと、それでも上下の感覚だけは働いていたのは幸運だった。足を無理やり地面につけて勢いを摩擦で弱めると、なんとか止まった。

 左腕が熱く、うまく動かない。体の左側も、動くたびに、みしみしと音を立てて熱くなる。

 攻撃を受けた種子島は、目に見える変形こそなかった。けど、あの威力を直接受けたことを考えると、ちゃんと動くは分からなかった。

 ただひとつだけ分かった。

 タツミさんは本気だ。


「全然ダメだな」


 タツミさんは右手を開いたり握ったりしながら言った。


「頭で考えてから、動こうとする癖がある。これがその結果だ。今回はなんとか耐えられた。が、それじゃいつか死ぬぞ。敵なんてヤツはほとんどが初めて見る相手だ、初めて見る攻撃だ。初見で対応できないとこの先やっていけなくなる。ボスを倒すためには、力も、経験も、技術も。何も足りてないな」


 その言葉に、ボクは初めて痛みを感じた。

 ボクが一番怖かったこと。

 キリさんも、キジナさんも、言わなかったこと。

 それを、タツミさんは言ってくれた。 


「ありがとうございます」

「ん? なんだ?」

「いえ、ボクが弱いって。キリさんも、キジナさんも、言ってはくれませんでした。タツミさんに、初めて言ってもらえました」


 タツミさんは、はんっと鼻を鳴らし言った。


「なぜだと思う? 師匠も、キリも。なぜ言わなかったと思う?」

「事実だから。それから、どうしようもないことだから」

「――本当に、そう思っているのか?」

「はい。ボクは弱い。種族的にもそうですし。それに」


 ボクの気持ちは、結局言葉にならなかった。


「ボクは弱い」


 タツミさんは、ふん、と息をついて言った。


「それ、本気で言ってるのか?」


 ボクが頷くと、タツミさんは面倒そうに「違うんだけどなぁ」と頭を掻いた。それから何か良い事でも思いついたように、両手をうった。


「なぁ、テル。なぜ、師匠やキリがそれを言わなかったのか、本当の理由を知りたくないか?」

「ボクが弱いから、じゃないんですか?」

「ああ、違う。ちゃんとした理由がある」

「教えて下さい!」

「ああ、いいぜ。ただしな。この勝負に勝ったらな」

「わかりました」


 ボクは、みんな大好き種子島を構えて「疾く、貫け」撃った。

 弾丸は真っ直ぐにタツミさんに向かって飛んで行く。それを、タツミさんは拳で殴り落とした。


「いいねぇ。それそれ。そういうことだよ。湿気た顔して『弱い』なんて言っても、何もならねぇんだよ。そんなんよりも、今みたいに躊躇なくぶっ放す意気込み。そう言うのを待ってたんだよ。存分にやってくれよ。俺には全然通用しないから」

「弾丸も殴り落とせるなんて、反則じゃないですか」

「その武器作ったの誰だと思ってんだよ。どういう構造で、どういった攻撃をするのか。作った本人が一番知ってるのは当然だろ」


 そんな。そんなのって。

 頼みの綱だった種子島は、どうやらタツミさんには効かないらしい。ボクの勝ち目は紙よりも薄くなったようだった。

 でも。


 ──楽しい。


 勝てない勝負ほど、ワクワクするものは無い。決まった未来より、作り出す未来の方が、断然面白い。もし本当に、種子島のことを全部知ってるなら。タツミさんの知らない使い方をするまでだ。

 ボクの口元が吊り上っていくのが分かる。


「なんだよ。ちゃんと牙が付いてるじゃねぇか。そうこなくちゃな、幼獣人。楽しもうぜ、なっ!」


 タツミさんの突進を、地面を転がるように飛んで避けた。

 不格好な形だけれども、避けれたのは大きな収穫だった。最初よりも、動きが見える。最初は予備動作なんてなかった様に見えたが、今回はちゃんとそれらしい動きが見えた。突進前に、わずかに腕を後ろに引く。それが分かれば、先手で避けることができる。

 とりあえず、この攻撃は当たらない。

 攻略のために一歩前進した。

 タツミさんの攻撃で、周囲には土煙を上がっている。ここからではその中にいるタツミさんは見えない。それは向こうも同じはず。なのに、ボクはその土煙の中、タツミさんがこちらをみたような気がした。

 種子島を構えて、「真っ直ぐに、貫け!」その方向に打った。

 弾が発射されるのと、タツミさんが土煙の中から突進してくるのは、同時だった。

 放たれた弾丸をタツミさんは殴り落とし、なおも突進してくる。それを横に転がり、避ける。

 ──っ!

 全身に変な衝撃が走った。まるで急ブレーキでもかけられた時のような。それ理由はすぐに分かった。

 足が、固定されていた。

 ミノタウロスの手が、

 ボクの片足を掴んでいた。

 ギラリとしたミノタウロスの目が「捕まえた」を告げていた。

 やばい。

 そう思った次の瞬間。世界は目にも止まらない速さで周り、灰色の線だけになった。ボクの体は空中に投げ出されて、地面にぶつかり、城壁にぶつかり、そこで止まった。

 全身が熱い。その熱さのせいで、身体中の感覚が無い。種子島を握り締めた手も、痺れたように感覚が無い。握り締めてみると、動きはした。でも、力加減が分からない。トリガーを弾けるのか、怪しい。

 そんな状況を確認しながら、ボクは口の端を上げた。


 ──幸運だ。


 まだ、動ける。

 まだ、負けていない。

 その幸運を噛み締めて、立ち上がった。


「ありがとうございます。手加減をしてもらって」

「あ、わかる? 相手が手加減しているのがわかるのも実力だからな。でも、無理しなくていいんだぜ。致命傷にならないように戦うの、結構大変だからさ。分かるだろ。テルとは生物が違うからな」

「お手数かけます。でも、もう終わりが近いみたいです。ボクの体はもうボロボロなんで、これが最後っぽいです」


 そう言って空に向かって種子島を向け。


 「飛べ、蜂のように」空を打った。


 放たれた弾丸は、ボクを守るように、周りを不規則に飛び回る。その音は、蜂が敵に対して行う、威嚇音のようだった。


 それから、残りの一発を種子島に込めて、タツミさんに向けた。

 タツミさんは顎を撫でて。


「一発は護衛に。もう一発は攻撃に、か。考えたな。まさに攻防一体だ」

「ボクにできる全部です」だから「遠慮なく食らって下さい」

「吠えてろよ、幼獣人シャルカ!」


 ミノタウロスが突進をしてくる。それに合わせて「槍よ貫け、貫け」最後の弾丸を放った。


ミノタウロスの咆哮。それから右の拳を弾丸にぶつけた。方向の違う力が、互いに譲らず真ん中で震える。


「ぅ、らあぁあぁあぁぁ」


 タツミさんが烈迫の意思が、力な変えられ、強引に拳を動かした。猛り吠え、弾丸を地面に撃ち落とす。その隙を見逃さず、蜂が飛びかかるように、弾丸が牛頭鬼ミノタウロスに向かって飛んでいった。タツミさんの体制は、弾丸を殴り落としたせいで、前のめりになっている。避けるのは無理だ。

 当たる。その言葉が頭に浮かんだ。

 タツミさんは、

 恐ろしいことをして見せた。

 前のめりの体制から、ほとんど勘だけであたりをつけ、振り下ろした拳を引き戻し、裏拳を使って弾丸を払い落とそうとした。

 蜂は、すんでのところでタツミさんの拳をかわした。でも、それまでだった。タツミさんの左手が伸び、蜂を握りつぶした。

ひゅぅぅぅ。と、タツミさんの方からかすれた空気が漏れた。


「さて、勝負はついたな」


 ボクは膝と種子島を地面つけた。

 もう、立っていられないほど消耗していた。

 そんな体とは別に。


「まだ、勝負はついてないですよ」

「もう立ってさえいられないやつが、何言ってんだよ。魔力の使いすぎだ。もう打てやしないよ。それに、見てみろ。その種子島」


 そう言われて、手の中の種子島を見た。その姿に、唖然となった。

 砲身が、裂けていた。


「もう戦えないんだよ」それから「お前の負けだよ。もう認めろ」


 ははっ。と、乾いた笑いが出た。

 種子島が壊れた。

 その理由に心当たりがあった。


「タツミさん」

「ん?」


 ありがとうございます。

 感謝の言葉を想いに、想いを言葉に。


「貫け」


 瞬間、地面から弾丸が弾けるように飛び出して、タツミさんの左胸に当たった。

 短い沈黙。

 それから笑い声。

 豪放磊落な、気持ちの良いタツミさんの声。


「おいおい、何が起こった? 何をやってくれた? テル! お前、どんな魔法を使いやがった!」


 嬉しそうに響くタツミさんの声を聞いて、ボクはやっと気を抜いて、そのまま意識が途切れてしまった。

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