第18話 神器の工匠

 陽が沈み、城壁の影が街を覆い始めた。

 夜の風は衰えない街の活気を乗せ、通り過ぎていく。

 その場所に着いたのは、そんな時間帯だった。


 外から見ると、決して大きくない、簡素な家だった。中に入ると、壁には大きものや小さいものまで、様々なハンマーが掛けられている。金床や炉まである。立派な工房ワークショップだった。手入れの行き届いた道具たち。それを見ていると、タツミさんが、金属を叩き鍛える姿が浮かんできた。でも。床に無造作に転がっている武器のようなものはどれも途中のように見えた。

 タツミさんは工房の奥にいた。テーブルに鉱石を広げて、選別をしている。キリさんはタツミさんを見つけると声をかけた。


「タツミさん、お久しぶりです」


 敬意を込めながらも、ざっくりとした挨拶だ。

 その声にタツミさんはこちらを見た。


「おお、キリ。随分久しいな」

「師匠からタツミさんがいるって聞いて、挨拶に来ました。あと、弟子がお世話になったと聞いて」


 そういって、キリさんはこちらを見る。

 ボクはタツミさんの前に行って、挨拶をした。


「さっきは失礼しました。テルです。種族は」


 言い終える前にタツミさんは言葉を重ねた。


「おお、勇敢な幼獣人シャルカ。名前はテルか。俺はタツミ。一応、鍛冶屋の端くれだ。俺もキジナさんにお世話になった身でな、つまりは兄弟子だ。よろしくな、テル」


 そういって手をさし出した。

 タツミさんの手は大きく、赤ん坊と大人ほども違っていた。

 握手をする。大きくて分厚い手のひらは、力強く、そして優しく握ってくれた。


「実は、タツミさんに頼みごとがありまして。酒も買ってきましたし、上がらせてもらっていいですか?」

「酒か。やっぱりキリは気が利くな。奥に小屋があるんで、そっちで飲もうか」


 タツミさんはそういって、奥に歩いて行った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 キリさんとタツミさんは、まるで仲の良い先輩後輩みたいだった。

 お酒を酌み交わしながら、お互いの話に花を咲かせる。

 世界を旅して歩くキリさんの話や、この大陸の情勢の話など。

 ボクは二人の話を、面白く、興味深く聞いていた。

 そんななか、キリさんが、「そうそう」と話を切り出した。


「タツミさんに、お願いがありまして」

「キリが頼みごとなんて珍しいな。なんだ?」

「テルの防具を作って欲しいんです」


 キリさんの言葉に、タツミさんは一瞬眉をしかめた。


「それは、テルの防御面をしっかりしたい、ということか?」

「はい。見ての通り小柄ですから、当たれば致命傷になる確率が高いです。ですので、それを防げるような防具を持たせてやりたいんです」


 タツミさんは、「ふむ」と息をついた。

 それからボクの方に目を向け、職人の目で、上から下まで見た。


「まぁ、体格と筋肉量から、前衛では無いな。種子島を持っている所から見ても、遠距離武器を使った後衛タイプ。だとすれば動きやすいように胸当てか強化ジャケットか、そんな感じか」

「確実に急所を守りたいので、胸当てを考えていました」

「まぁ、それが妥当だな。金はあるのか? 一応材料は融通してやれる。スチール。ダマスカス。チタン。あとはさっき仕入れてきた金剛鋼アダマンタイトもある。キリとテルのためだ。材料は特別にサービスするよ」

「それなんですが、材料は持参しました。こいつを使って下さい」


 そういうとキリさんは、師匠から預かった、赤みがかった石を取り出した。

 改めて見て、綺麗な石だ。光の当たる加減で、燃えるような赤に見えたり、うずみびのような静かな輝きにもなる。

 その石を見たタツミさんは、あんぐりとしてしまった。それから、大変なことでも確かめるように、聞いた。


「お、お前、それ」

「はい。正真正銘、あかミスリルです」


 余程貴重な物なのだろうか? ボクは聞いて見た。


「その石、高価な物なんですか?」

「なぁまぁ、な」


 そう軽く答えるキリさんに対して、タツミさんは。


「そこそこ、なんて話じゃねぇだろ。天然下にしか存在しない、ミスリル合金。ミスリルだって貴重なのに、更に稀少なヒヒイロカネが混じりあった奇跡の金属だ。これ一つで、小さな国が買えるかもしれん位の値がつくぞ。どこで? どうやって見つけた?」

「師匠から預かって来ました。テルの為に使え、と。なのでコレで防具を作ってください」


 タツミさんは、大きく息を吸って、それから吐き出した。

 それからボクを見てた。何かを見ようとしているのが分かる。でも何も見つからなかったようで、キリさんを見た。


「一体どういう、経緯いきさつだ?」

「色々ありまして。私は今、テルのチューターをやっているんですよ。その時に、ちょっと誓約を立てまして。テルを生かしてクリアさせるって誓約を。だから安全面の強化をってことです」


 タツミさんは何か言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。


「それにしても、やりすぎだ」


 呻くように言うと、手で顔を覆った。


「やってくれますか?」


 キリさんの言葉に、タツミさんは沈黙した。言葉を探しているようだった。


あかミスリルを鋳潰すなんて、一生に一度の幸運だ。何より、キリの役に立てるなら、喜んで受けるところなんだがな。──でっけぇ問題が、ひとつあるんだ」


 そういって、タツミさんは杯に酒を注いで、一気に煽った。

 それから、明るい笑顔を作って、元気よく言った。


「今さ、絶賛スランプ中で、まともな物が作れねえんだ」

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