武器と防具と

第17話 城塞都市ギラゼル

 城塞都市ギラゼル。その広場の噴水の前。

 ボクは一人でぽつねん、と立っていた。

 なんでこんなことになってしまったのか。

 敗因を思い出す。

 最初はそう。

 キリさんがこの城塞都市ギラゼルの説明をしてくれたところだ。


「ギラゼルは城塞都市といわれていてな、都市の周囲に石壁で囲っていて、堅牢な守りを敷いている。守りが堅いってことは安全ってことだ。安全が保障されている所には人が集まる。人が集まれば物の行き来が起こり、物流が活発になる。そしてここには、大陸中の物が集まるようになった。交通の要所にもなっているから、8方位に一つずつ、合計8つの門があって、入ってくる門によって人や品物にも特色が別れている。ギラゼルはひとつの都市にながら、この大陸の縮図にもなっているってわけだ。だからまぁ、なんだ。金さえあれば、手に入らないものは無い。それがこのギラゼルだ」


 キリさんからの説明と、目の前に実際に広がる、辺り一面を埋め尽くす人を見て、ギラゼルの賑わいをひしひしと感じた。お祭りでもやっているのかと思うほど人と活気であふれている。

 まっすぐ歩くなんて絶対に無理だし、二人で一緒に歩けるのか怪しい。


「テルは迷子になったことはあるか?」

「はい。小さいころに何度か」

「そうか。じゃあ、手をつなぐか、抱っこか、肩車。どれがいい?」

「え? ……どれか、ですか?」


 ボクの頭のなかに、けも耳ちびっ子とダークエルフが登場し、手を繋いだり、抱っこされたり、肩車される絵が浮かぶ。

 なんか、ほのぼのする。

 でも、自分がされるとなると話は別だ。恥ずかし過ぎる。

 いやまて──、ここはゲームの中の世界だ。ゲームのキャラクターになりきって行動するのがロールプレイングだ。だとしたら。これは抱っこや肩車されるのが、正解なのではないだろうか。

 ──正解は、どっちだ。


「ん? どうした? そんなに考え込んで」

「──どれが一番いいか、考えていました」

「いや。抱っこと肩車は冗談だぞ」


 キリさんの言葉に、ボクは両手で顔を覆った。

 恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。

 そんなボクの手を、キリさんは握る。


「ほら、行くぞ。絶対に手を離すなよ。もし最悪はぐれた時は、中心に噴水があるから、その前に集合にしよう」

「頑張って、はぐれないようにします」

「そうしてくれ」


 ──そんな会話をしてから5分もしてない今。

 ボクの手は空を掴んでいる。

 思っていたよりも簡単に、はぐれてしまった。

 ボクは言われたとおりに、広間の噴水の前にぽつんと座っていた。


「どうしよう」


 特にすることもなく、通りすぎる人をぼんやり眺めていた。

 人、と言っても人間ヒューマン以外の人種もいた。

 ドワーフ。エルフ。ホビット。それにミノタウロス。

 その他にも、兎のような種族や、カエルのような種族。

 鳥のような翼の生えた種族もいた。


 今更ながら、すごい世界だ。

 そんなことを考えながらぼんやり通行人を見ていると、声をかけられた。


「おい。そこの幼獣人シャルカ


 声の方を見る。

 そこには2mはゆうにある巨大な牛頭鬼ミノタウロスが立っていた。

 ファーのついた皮のベストに肩に大きな袋を下げている。


「その背中の武器」


 そういって、みんな大好き種子島を指さした。


「どこで手に入れた?」


 ボクのなかで警戒レベルが一気に上がる。

 この牛頭鬼ミノタウロスは種子島を武器だと言った。ボクの記憶では、キジナさんはこの世界には、銃はまだないと言っていた。にもかかわらず、このミノタウロスは種子島を見て、武器だと言った。

 この牛頭鬼ミノタウロスは、普通じゃない。

 ボクは立ち上がり、身構えた。


「あー。やり合おうって言うんじゃないだ」


 ミノタウロスは両手をあげて見せる。


「ただ、お前さんがそれをどこで手に入れたか。それを聞きたいだけだ」

「貰い物です」

「誰から貰った?」


 その言葉に、口をつむぐ。

 ミノタウロスは、お構いなしにつづけた。


「竜人の錬金術師か」


 肯定すべきか否定すべきか迷った。

 迷いの沈黙を、ミノタウロスは肯定と受け取ったようだ。

 にやりとして、あごを撫でた。


「そいつを受け取った経緯を、是非話してもらいたいだが、どうだ?」

「嫌です、と言ったらどうしますか?」

「こうするさ」


 ミノタウロスは懐に手を入れた。

 ボクは、短剣ダガーの柄に手をかける。

 戦ったら多分、勝てない。でも、そのまま背中を向けるのは危険すぎる。であれば、戦う素振りを見せてから、うまく逃げるしかない。

 そう思い、素早く周囲を確認した。


「逃げる気か」


 ミノタウロスはそう言って鼻を鳴らした。


「良い判断だ。でも視線には気を付けた方が良い。何を考えているかバレバレだ。目は口ほどに物を言う、ってな」


 その言葉に、警戒心を最大まで上げた。

 戦ったら勝てないどころじゃない。

 対面した時点で、すでに負けている可能性まである。

 緊張するボクに対して、牛頭鬼ミノタウロスは余裕を見せて言った。


「そんなに身構えるなよ。別にお前とやり合うつもりはないだ。ただ、こいつを貰ってくれ、って話しだ」


 ミノタウロウは、懐から小さな四角い紙を取出し、それをボクの前に差し出した。

 ボクは差し出された紙と、ミノタウロスの目とを交互に見た。

 その目には騙し討ちの意志は無いようだ。


「しばらくはそこにいる。気が向いたら訪ねてくれよ」


 ボクは手を伸ばしその紙を受け取った。


「じゃあな、勇敢な幼獣人シャルカ。訪ねてくるのを待っているぞ」


 牛頭鬼ミノタウロウはそう言うと、ようようと立ち去って行った。

 ボクは渡された紙を見た。小さな四角い紙に、何やら文字のようなものが書いてあった。たぶんこの世界の言葉だ。ボクには読めない。でも、形や文字の大きさや配置から、名刺みたいなものらしい。

 その紙を持って、ぼんやりしていると「迷子みっけ」と声が聞こえた。

 キリさんだ。


「すみません。はぐれてしまいました」

「いや、想定内だ。集合場所も役に立ったしな」


 そういうと、手に持った紙を指さし「それは?」と聞いた。


牛頭鬼ミノタウロスが話しかけてきて、これを渡してどっかに行っちゃいました」

「テルじゃ読めなかっただろ。見せてみろ」


 その紙をキリさんに渡す。

 受け取ったキリさんは、その紙を見ると、にやりと笑った。


「そのミノタウロスだがな、なんか言っていたか?」

「ここに書いてある場所で待ってるって」

「なるほどな。じゃあ行くぞ」

「知り合いですか?」

「知り合いも知り合いだな。このミノタウロスな」

「はい」

「タツミさんだ」

「タツミさんって、キジナさんが神器の鍛冶屋って、言ってた人ですか?」

「そう。その種子島とテルの持っている短剣ダガーを作った人だよ」


 どうりで。

 作った本人なら、武器と分かっても不思議はない。それに、種子島を持っているボクに声をかけてきたのも頷ける。


「さて、タツミさんの所に顔出すのは久しぶりだしな。折角だから色々買っていくか」


 そういうとキリさんは、買うものを指折りながら、歩き出した。

 ボクはその背中に追いついて、また手をつないだ。


 ──もう、この手を離さない。


 と思っていたら、体をひょいと持ち上げられ、そのまま肩車になった。

 恥ずかしすぎて、顔をあげられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る