第16話 師匠2

 影の動きは早かった。

 でもそれ以上に、慣れの方が大きかった。

 動きも早さも、想定できる。

 もう、怖さは無くなっていた。

 走ってくる影を、落ち着いたまま見ていた。

 飛び掛かってくる。

 真っ赤な口を開ける。

 牙が襲い掛かる。

 そんな一連の動きを見ながら。


「貫け」


 弾丸に言葉をのせて、引き金を引いた。

 放たれた弾丸は夜を走り、真っ直ぐに影を貫く。

 撃ち抜かれた影は吹き飛び、そのまま泥になった。


「さすがだな」


 キリさんの言葉に振り向くと、影が地面に倒れ煙を上げながら消えている所だった。


「残り1匹だ。外すなよ」


 弾を装填して、襲いかかってきた2匹目に銃口を向ける


「絶対に、逃さない」


 弾丸は、真っ直ぐ飛んでいく。

 影は地面を蹴って躱したが、弾丸は鋭角に曲がり、影を逃がさなかった。

 背後から迫る弾丸を、影狼は宙を蹴り避けた。

 でも、それまでだった。

 弾丸は再度、鋭角に曲がり狼の頭部を斜めに打ち抜いた。

 影は音を立てて地面に倒れ落ち、そのまま泥になって溶け消えた。


 それを確認すると「ふぅ」と息をつきながら、肩の力を抜いた。

 キリさんが、ボクの肩に手を置く。


「一丁あがり、だな」

「こんなにも簡単に倒せるなんて」

「経験と意志は力になる。この世界では特にな。あとは相性だな」


 キリさんはこちらをみて、口の端を上げて言った。


「テルとの相性が、なかなかみたいだな」


 その言葉に、どきりとしてしまう。

 相性が良いと言われて、心臓がドキドキしてしまう。


「流石、師匠だ。武器選びも完璧だな」

「――相性って、武器のことですか」

「それ以外に、何かあったか?」

「なにもないです」


 勘違いに顔が赤くなる。

 一体どうして、キリさんとボクの相性が良い、だなんて勘違いしたのか。

 自分が恥ずかしくなった。


「じゃあ、帰るぞ」

「は、はいっ!」


 振り向かず、前を向いて歩くキリさん。

 ボクは走って、その横に並んだ。

 二人で、星空の下を歩いて行く。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ただいま」


 キリさんがそう言って扉を開けると「おかえり」とキジナさんが迎えた。

 キリさんはキジナさんを見ると、目の前に立ち両手を腰に当てて言った。


「師匠。私の負けだ。テルのチューターを引き受ける。でも、これで貸し3つだ」

「おめでとう、キリ。だが残念。これで借りはチャラだ」

「なんだよそれ」

「テルのチューターをやることは、キリにとって、それくらい大きな意味があるってことだ。それともなんだ、テルと一緒に居るのは嫌か?」

「うわぁ。相変わらずズルい!」


 キジナさんは鼻を鳴らす。

 それから、笑顔を作って言った。


「おめでとう。お前は過去の自分を乗り越えた。師として誇りに想う」

「やめてくれよ、なんだか恥ずかしい。ただチューターをやるだけだよ」

「ああ、そうだな。──それはそうと、次はどうするつもりだ?」

「それだけど。師匠の武器のお蔭で、テルの攻撃面は結構マシになった。だから次は防具を揃えたいと思ってる」

「なるほどな、どこに向かう?」

「少し遠いけど、ギラゼルに行こうと思う。あの都市なら、テルにぴったりの防具も置いているだろうし」

「良い判断だ。それに今だったら、神器の工匠がいるって噂だ。尋ねてみると良い」

「神器の、って。タツミか」


 キジナさんはニヤリと笑って肯定した。

 それから、蜜蝋で封をされた手紙をキリさんに渡す。


「会う機会があれば渡してくれ」

「わかったよ、絶対に会って渡すよ」

「それと、これはテルへの餞別だ。キリに預ける、必要な時に、必要なものに使え」


 そう言って、キリさんに赤く輝く石を投げ渡した。

 キリさんがキャッチして、それを確認すると、急に驚いた顔になって。


「師匠。コイツは受け取れないって!」

「お前にやるわけじゃない。それに、コレはテルには必要なものだ。素材は棚に飾る物じゃない。誰かに使われるためのものだ。正しく使えるように、助けてやれよ」


 そう言って、突き返されたキリさんの手を取り、赤い石を握らせた。


 「お前の弟子のために、お前が遠慮してどうする?」


 キリさんは何かを噛み締めるような、難しい表情をして。

 それから。

 小さく笑って。


「ありがとう」


 そう言った。

 師弟の絆。そんなタイトルが付きそうな、良い雰囲気だった。

 そんな空気を。

 カシャリ、という音と、強い光が引き裂いた。

 キリさんとボクが、何事かと目をパチクリさせる中、キジナさんが叫んだ。


「キリの貴重なデレシーンゲットォォォ! フゥゥゥゥゥゥ!!」


 その手には、カメラのような物が握られている。

 そういえば、キジナさんはカメラを作っていると言っていた。

 きっと完成していて、そのカメラで写真を撮ったのだろう。

 キリさんの顔が、だんだんと赤くなった。

 それから怒りで口の端を吊り上げ、八重歯を覗かせた。


「返せっ!」

「えっ、返しても良いけど、じゃあその石も返せよ」

「知るかっ!」


 そう言ってキジナさんに飛びかかる。

 キジナさんはそれをスルリとかわして逃げた。


「待てっ!」キリさんの怒声に、キジナさんはカラカラ笑いながら応えた。


 ボクにはわかった。

 そんな楽しい騒がしさが、キジナさんの送り出しなんだ、と。

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