影はどこまでもながく

第6話 朽ち捨てられた廃城


「ここから先に行くと森になっていてな、入ってすぐの所に廃城がある。今日はそこで休んで、明日の朝出発するぞ」


 そう言って足早に進んでいくキリさんの背中を、見失わないようについて行った。

 森にはすぐについた。その入り口に立って、キリさんは木々の間を指さした。


「アレだ、見えるか」


 言われた先を見ると、緑の森の木々の間からほんの少し、石造りの建物が見えた。


「さっ、行くぞ!」


 そういうと、キリさんはスタスタと歩いていってしまう。ボクは慌てて、走ってついて行った。


 石造りの古びた廃城。

 使う人がいなくなって、もう長いこと経つのだろう。植物のツタが絡みつき、場所によっては傷み、壊れている。


「お化け屋敷みたいだろ」

「はい。なんか、オバケとか幽霊とか、出そうな雰囲気があります」

「実際、ぞ」


 ──えっ? 本気ですか?


 そう思いながらキリさんの顔を見ると、笑って「嘘だよ」と返された。そうして、廃城の中に入って行ってしまう。ボクはまた、慌てて背中を追った。

 外から見れば壊れた窓や崩れた壁が目立っていた。でも、中に入ってみると内部の傷みはそこまで酷くない。

 キリさんは階段を上がり、廊下の突き当たりにある一室を開けた。湿ってホコリっぽい空気だ。でも、部屋自体は傷みはなく、寝泊りする分には不自由はなさそうだった。

 部屋の奥には窓があった。木々に遮られて光は入ってきていない。キリさんはその窓を開けて、空気を入れた。森の冷たい空気が入ってきて、ホコリっぽい空気が追い出されていく。


「快適、とは言えないがな。一晩休むだけなら大丈夫だろ」

「はい。ありがとうございます」

「私は今から、食料の調達をしてくる。食事の用意が出来るまで、テルは体を休めていろ」

「何か手伝えませんか?」

「邪魔をしないのが一番の手伝いだよ」


 そういわれてしまい、困ってしまう。

 キリさんからは貰ってばかりだ。だからこそ、ボクに出来ることだったらなんでもしたいのに。ボクにできることは一つしかなくて、こうしてただ立っていることだけだ。申し訳ない気持ちを持て余していると。


「なんだよ、そんな暗い顔して」


 ボクの頭に、ぽんっと手を置いて。


「気持ちだけもらっておくよ。なに。1人分用意するも2人分用意するも手間は同じだ。テルの分はついでだよ。用意が出来たら呼びに来てやる。それにな、今は分からないかもしれないが、自分で思っている以上に体の方は疲れているはずだ。休める時に休むのも大切なスキルだからな」

「ありがとうございます」


 キリさんはボクの頭を撫でると、軽く手を振り部屋を出て行った。部屋に残されたボクはベッドに座った。

 布団は固く湿っていたけれど、程よく冷たくて気持ちが良かった。そのまま、ころん、と倒れる。


──色々あったな。


 漠然と、今まであったことを思い出していると、まぶたが重たくなっていった。


──少しだけ目を瞑ろう。


 そう思い、目を瞑った。

 疲れを吐き出すように深く着いた息は、すぐに寝息へと変わっていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「起きろよ、テル。夕食だ」


 キリさんの声で目を覚ました。

ベッドから体を起こすと、キリさんがボクの頭を撫でた。


「ちゃんと休めたみたいだな」

「はい」

「じゃあ下で待っている」


 そう言って、すぐに行ってしまった。


(ゲームの中で眠るって、なんか不思議な感覚だ)


 寝起きで緩んだ顔を両手で擦りながら、起き上がって一階に向かった。

 一階に下りると夕食の香りがした。その香りを辿り、右に左にふらふらしていると食堂らしき場所があった。

 その部屋の真ん中にあるテーブルにはキリさんが座っている。


「よく眠れたか」

「はい。疲れも取れたみたいです」

「可愛い寝顔だったな」

「えっ」

「冗談だよ。席はそこだ」


 キリさんに促されて、ボクは椅子に座った。テーブルの上には、スープと丸焼きの肉、小さいサラダがあった。「頂きます」と言って、口をつける。

 スープは程よい塩気があり、体の中に染み込むように流れていく。

 丸焼きの肉を口に入れると、香草の香りと一緒に肉汁が口の中に広がった。


「おいしい」

「そいつは良かった」


 キリさんの料理はおいしく、次々と手が伸びてしまう。そんなボクの様子を、キリさんが笑顔で見ているのに気がついた。


「すみません、自分ばっかり食べちゃって」

「いや、いいよ。しかし、テルは本当に幸せそうに食うな。作った方としては、嬉しいよ」

「すごく美味しいです」

「料理は師匠からみっちり仕込まれたからな。

 『食べることは生きることだ。

  味を楽しむのは生きることを楽しむことだ。だからお前は、何よりも最初に料理を覚えろ』って。

 正直、何を言ってるのか分からなかったけど。テルが美味しそうに食べてるのを見ると、少し分かるような気がするよ」

「師匠さんってスゴイ人なんですね」

「まぁ否定はしないけど。でも、まるっきり善人って訳じゃないかな。料理の話だって、本当は私のためじゃない。昔の私は素直だったからさ、師匠の言葉を信じて、これも大事なことだと思って一生懸命やった。でも、良く考えたらアレなんだ。師匠は自分で作るのが面倒だから、私に作らせたってだけなんだよ。

 ホント、チューターだけあって人の扱いが巧いんだ」


 そう話すキリさんの表情は、嬉しそうだった。その笑顔は、師匠さんへの尊敬と信頼だと分かった。


「キリさんの話を聞いて、師匠さんに会うのが楽しみになってきました」

「ああ、私も楽しみだ」


 キリさんはそういうと、急に苦笑いを浮かべて。


「私ばかり喋りすぎたな。テルもなんか喋ってくれよ」

「ボクですか?」


 ボクがキリさんに喋るような、何か面白いことなんてあるだろうか。

 考えてみる。探してみる。掘り起こしてみる。

 ダメだ、見つからない。。。


「そんなに眉間にしわ寄せて。難しい質問だったか?」

「いえ。考えてみたんですけど、話せるようなことが何もなくて」

「そんなことないだろ。テルの趣味は?」

「趣味は……。読書? です」

「それ、無趣味の代名詞な。だったら、好きなものは?」

「ゲームです」

「だろうな。だからココにいるんだよな」

「はい」

「このゲームは楽しいか?」

「はい。すごく楽しいです」


 それを聞いたキリさんは、なぜかカラカラと笑った。


「楽しそうな顔して。ホント子供みたいだな。でもいいんじゃないか。そんな楽しそうな顔を見れたら、こっちも手伝って良かったと思える」

「キリさんには本当に感謝してます」

「ああ、でもまだ途中だ。そういう事は、師匠の所に着いてから言ってくれよ」

「師匠さんの所まではどれくらいかかるんですか?」

「半日だな。朝早くに出発して夕方に着く、そのくらいの距離だ」

「明日中には着くんですね」

「ああ、そうだ」


 明日には師匠さんの所に着く。それ自体は嬉しい。でも、それと同時に。キリさんとお別れになると、寂しいような気もする。


「そんな不安そうにするなよ」


 ボクを見て、キリさんは言った。


「師匠はきっと、テルに親身になってくれるよ。私よりも、ずっとさ」

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