第7話 世界の姿

 食事を食べ終わると、キリさんはお茶のような飲み物を出してくれた。ボクはそれを飲みながら、一息をついた。

 そうして落ち着くと、ふと気になる事があった。


「今、何時ですか?」

「時間か? 時計はないが。夜空の色からすると、21時くらいだな」

「結構遅いですよね。もうそろそろ切り上げないと」

「それなら大丈夫だ。こちらの1日が現実世界での1時間ぐらいだからな。リアルの方では、まだ10分も経ってないよ」

「そう、なんですか」


 なんだろう。

 ボクの中に小さな波を作り広がっていく。眼鏡についた薄い汚れのように、一度気がついてしまうと、妙に気になる違和感。

 その感覚の原因を、キリさんに確かめる。


「聞いてもいいですか」

「なんだ?」

「キリさんはどれくらい、このゲームをやっているんですか」

「正確な時間なんて覚えていないな。ただ、結構な時間を遊んでいるよ。それこそ、こんなに強くなるくらいに」

「このゲームをクリアしたんですよね」

「ああ、ボスは倒したよ」

「どうしてまた、ここに来たのですか?」

「どうして、か。答えにくいな。まぁ、あえて言うなら、楽しかったからだ」


 キリさんはそう言うと、悪戯気に目を細めて。


「テルは回りくどいな」


 口元を小さく上げた。


「そんなことしなくたって、私にわかる範囲なら答えてやるよ。何に気がついた? 何を聞きたい? 何を知りたい?」


 ボクはキリさんを見た。それから、自分でも突拍子もないと思いながら、否定して貰いたくて、それを聞いた。


「この世界は、本当にゲームなんですか?」


 キリさんの口が、きゅぅと音を立てるように、三日月に釣りあがる。


「面白い疑問だな。どうしてそんな疑問を?」

「このゲームには、おかしなところが多いんです。最初に時間です。ゲームの中の時間と現実で流れる時間。それが同じじゃないことは、ゲームの世界ではお約束になっています。でも、キリさんに助けられてから今まででの時間が、10分も立っていないというのはちょっと信じられません。1秒は、どこにいても、誰にとっても、1秒のはずです。伸ばしたり縮めたりすることなんて、そんなことがVRで出来るとは思えないんです」


 キリさんは頷く。

 その先を無言で勧める。


「次に嗅覚です。これは先輩に聞いた話ですけど、嗅覚は表現が発達していないんです。味覚をそのまま嗅覚にしたものだって多い。甘い香りとか、酸っぱい匂いとか。嗅覚に関しては、まだ解明されていない部分が多いそうです。にもかかわらずです。この夕ご飯の香りは、あまりにもリアルでした。いくら技術が発達してもここまで再現できるとは思えません」


 キリさんはテーブルに両肘をついて、口の前で手を組んだ。

 まるで、真意を隠すように。


「続けてくれ」

「これが最後です。そして、ボクの中では一番決定的なことでした。木の葉です。落ち方が自然だったんです。木の葉が落ちる様子は、理論的に再現不可能なはずなんです。温度、湿度、空気の流れにその他もろもろ。ちょっとでも違うと、それが大きな違いになって、全く別の結果になる。自然で違和感の無い木の葉の動きは、ゲームの中では存在しません。でも、ボクが見た木の葉の落ち方は自然でした。とてもゲームとは思えないくらいに」


 ボクはキリさんの様子を見た。

 キリさんは静かな双眸で迎える。


「この世界は本当にゲームなんですか?」


 ボクの言葉に、キリさんは、ふっ、と鼻を鳴らした。前髪をかきあげて面白そうにこちらを見て笑う。


「随分と早くに気が付いたな。なかなかやる。さすが幼獣人シャルカだ、よく見ている。まぁ、なんだ。その種族で、ココで生きていくなら、そのくらいじゃないとな」


 キリさんはそう言って話を始めた。


「結論を言おう。ココはゲームの世界じゃない。誰かが作った創り物じゃない。本物の世界だ。私も師匠から聞いた話だがな。このAWアナザーワールドが、広い宇宙の片隅なのか、それとも夢の世界なのか、それは分からない。でもひとつだけ分かっていることがある。あの機械を使うことで精神だけを飛ばして、この世界でキャラクターとして再構築できる、ってことだ。それだけのことだ。傷の治りは尋常じゃなく早く、死んでしまっても現実世界に戻されるだけ。こんな優しい世界を、ゲームって呼ぶんじゃなかったか?」


 キリさんはボクを見て言った。


「まぁ、もっとも。本当はもっとややこしい話なのかもしれない。でも、私には考えてもわからないことだからな。気にしない事にした。この世界をゲームとして楽しむ。それだけのことだ」


 キリさんは肩をすくめて見せた。


「どうだ? テルの期待には沿えたか?」

「あ、はい。ありがとうございます。なんというか、キリさんってサバサバしていますね」

「ありがと。ほかに聞きたいことはあるか?」

「はい。この世界で痛みを感じないんですか?」

「ああ、師匠曰く、この体は精神系で構成されているらしい。簡単に言うと、見えるし触れるオバケ、みたいな感じらしい。だから肉体的な痛みは感じない。もっとも、精神的な痛みはべつだ。心の痛みは痛覚として感じる。肉体的なそれよりも強くな。そして、強すぎる痛みは時に死につながる事もある」

「死んだ時のデメリットはありますか?」

「ココでの記憶が無くなる。死んだらここでの記憶を全て失って、現実世界に戻される。ボスを倒して現実に戻れれば。要はこの体が消滅しなければ、そのまま記憶を持ち帰れる。クリア時の記憶が持ち帰れることは保障するよ。ただ死んだ時に関しては、本当なのかは分からない。私は死んだことがないからな」


 死亡時の大きなデメリットは無い。

 帰りたいならゲームオーバーになればいい。

 やろうと思えば、今すぐにだって帰れる。

 ゲームオーバーのデメリットは無い。

 確かにこれじゃあ、まるっきりゲームの世界だ。


 キリさんは「他には?」と聞いてくる。

 真っ先に確認したいことはそれで全部だった。


「いえ、取りあえずは大丈夫です」

「それは良かった。聞きたい事があったらいつでも聞いてくれ。答えられることなら答えてやるさ。さて、私はもう休むよ。明日は朝が早いからな。半日近く森の中を歩く予定だ。テルもしっかり休めよ」


 キリさんはそういうと、立ち上がった。


「じゃあな。お疲れ」


 そういってテーブルを後にした。

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